5Gの地政学

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政策提言委員・元陸自東部方面総監 渡部悦和

 証券業界を中心として「地政学的リスク」という用語が頻繁に用いられている。地政学的リスクとは、ある特定の地域が抱える政治的・軍事的な緊張の高まりが、世界経済全体の先行きを不透明にするリスクのことだ。
 2018年に勃発した米中貿易戦争は、「米中覇権争い」の一環であるが、まさに世界経済全体にとってのリスクであり、多くの識者や研究機関が「米中覇権争い」を2019年における最大の地政学的リスクだと指摘している。
 そして、この米中覇権争いは、「米中のハイテク覇権争い」の様相が濃くなってきている。現在焦点になっているのは「中国製造2025」であり、中国が2049年の中華人民共和国建国100周年までに「世界の製造大国」としての地位を築くことを目標に掲げている。「中国製造2025」を批判する米国トランプ政権からは、そこに列挙されている第5世代移動通信システム(5G)などのハイテク10分野で、中国が米国に追いつき追い越す事態を何が何でも阻止するという強い決意が伝わってくる。
 本稿で焦点を当てる5Gは、中国が「中国製造2025」で重視している10の技術分野の中でトップに記述されている最重要な技術だ。5Gが普及した暁には、情報通信、自動運転、ロボットなどの無人システム、医療、セキュリティなど多くの分野で革命的な変化が起こると期待されている。
 最近、5Gに関連して、「5Gの地政学(The Geopolitics of 5G)」という表現を使う論考が増えてきた。例えば、国際政治学者イアン・ブレマーが社長を務めるコンサルティング会社「ユーラシア・グループ」が、昨年11月15日、“The Geopolitics of 5G”という報告書を公表した。また、中国人民解放軍の研究者で有名なエルサ・カニアが中国における5Gの軍事活用に関する論考[1]を1月8日に発表している。これらの論考では、「5Gの技術とその応用において中国の企業(ファーウェイやZTEなど)が他の諸国をリードしている。中国5Gの優勢を阻止しようとする米国等の動きにより、世界が5Gをめぐり2分され、世界の経済や安全保障に大きな影響を及ぼす。米中覇権争いの象徴である5Gが引き起こす地政学的リスクが今後焦点になる」と指摘している。
 
ユーラシア・グループの「5Gの地政学」
 「ユーラシア・グループ」は、毎年世界の10大リスクを発表しているが、2019年の10大リスクの中で、「米中の覇権争い」がリスクの2番目に挙げられている。米中の対立は、5Gを巡る主導権争いから安全保障全般まで多岐にわたり、「5Gなどの技術革新が停滞する」冬の時代になるという危機感が表明されている。
 以下、「ユーラシア・グループ」が発表した報告書「5Gの地政学」の結論部分のみを紹介する。
●中国が5Gの先行者利得を獲得する
 中国が2020年、他国に先駆けて商業ベースの国内5Gスタンドアローン・ネットワーク(4G以前の技術とインフラではなく、5Gの技術とインフラのみを使ったネットワーク)を構築するため、先行者利得を獲得する可能性が高い。ちなみに、日本や米国等の商業5Gスタンド・アローン・ネットワークの構築は2025年になると予想している。
 中国の他国に先駆けた5Gネットワークの実現は、政府一丸となった努力( 例えば、「インターネット+計画(2015)」と「第13次5カ年計画」)の賜物だ。
●中国製5Gは米国等の国家安全保障上のリスク
 米中貿易紛争や技術紛争が収まる兆候が見えないなか、中国製5G機器がもたらす国家安全保障上のリスクが中心テーマになっている。このような状況下で、米国及び米国の同盟諸国(日本や欧州諸国など)は、自らの5Gネットワークから中国製の技術や機器を排除する動きを継続するであろう。
 ある国が中国製の5G機器を使わないと決心すると、その国における5Gの導入は遅れることになる。なぜなら、中国企業にとって代わる企業(バックアップ・サプライヤー)は、品質の高い大規模な次世代ネットワークを開発・導入するために、新たな製造能力と人材を必要とするからだ。
●5Gを巡る二つのエコシステム(経済的な依存関係や協調関係)が世界を分断する
 下図を見てもらいたい。色がついた諸国は、何らかの形で外国製の5G機器を制限する国々だ。5Gのエコシステムは2つになる。一つは米国主導のエコシステムで、シリコンバレーの技術でサポートされる。もう一つは中国が主導するエコシステムで、ファーウェイなどの非常に能力の高い中国企業によりサポートされる。

図「重要な通信インフラの提供者に対する制限を検討している国々」
 
  出典:ユーラシアグループの「The Geopolitics of 5G」

 中国と中国以外の2つの陣営に分断されることは、相互運用性に問題が生じるとともに、スケール・メリットが低下し、コストが増大する可能性がある。
 米国と中国は、5Gネットワークを巡る政治闘争を行うのみならず、5Gネットワークの上で実行される革新的なアプリケーションの開発でも競争している。米国はイノベーション能力の点で有利だが、中国は国内に5Gエコシステムを構築し、海外市場シェアを獲得するための競争を行っていて、先行者利益を得るだろう。
 5Gの導入が成功すれば、最終的には商業規模の次世代技術の展開が可能になる。これは勝者総取りのゲームではないが、5Gとその関連アプリケーションが才能ある人材と資本を引き付ける一方で、5Gネットワーク上で実行されるアプリケーションによって生み出される膨大なデータが更なる革新をもたらす好循環が実現するであろう。
 この好循環を利用したい第三国は、「どちらの5Gネットワーク技術と関連アプリケーションを採用するか」という難しい選択に直面する。各国政府は、米国と同盟諸国から5Gに対する中国への依存を避けるように圧力を受ける可能性が高い。
 同時に、コストに敏感な途上国は、中国の技術とその他の魅力―例えば、一帯一路構想を通じて利用可能なインフラやプロジェクトに対する資金提供を受けること―を諦めることは難しいだろう。特に中国が、最先端の技術アプリケーションを安価に提供できるので、これを排除することは難しいであろう。

デジタル・シルクロード(DSR: Digital Silk Road)[2]
 一帯一路構想は、習近平主席が2013年に発表した壮大な経済圏構想であり、中国から欧州に至る海の「21世紀海上シルクロード」と陸の「シルクロード経済ベルト」からなる。
 この一帯一路構想の評判は良くない。発展途上国のインフラ(道路、空港、港など)の整備を行うのはいいが、その結果として発展途上国には支払い困難な膨大な借金が残り、その負債を払えなくなると、中国がその空港や港を管理下においている。そのため、中国には「債務帝国主義」という悪いレッテルが張られている。
 一方で、中国が重視するデジタル・シルクロードは、将来的に有望なダイナミックな構想である。このデジタル・シルクロードの狙いは、一帯一路加盟国(特に発展途上国)に中国の企業が建設する通信ネットワーク(光ファイバーやWIFI網など、将来的には5Gネットワーク)を整備し、結果として中国が統制可能なサイバー空間をそれらの国々に構築することだ。
 デジタル・シルクロードでは、一帯一路の沿線国に中国企業(ファーウェイやZTEなど)主導の通信ネットワーク構築によりブロードバンド接続を実現し、電子商取引をはじめとするデジタル化経済を推進する。また、AI、ロボット、スマート・シティーの建設分野での協力も推進している。その結果、中国は、これらの国々からビッグデータを獲得するとともに、これらの国々に対するデジタル支配を確立することが可能となる。
 デジタル・シルクロードは、中国による「ディジタル覇権」を可能にする非常に優れた構想ではあるが、発展途上国にとっても中国と覇権を争う米国にとっても非常に危険な構想だ。このデジタルシルクロード構想は、「5Gの地政学」に基づく中国独自の雄大な構想である。米国とその同盟国には、中国のデジタル・シルクロードのような、世界的に技術的影響力を拡大するための構想がなく、米国の危機感がここにある。

中国の5Gと「軍民融合」 
 習近平国家主席は、「軍民融合」を国家戦略として推進している。習近平主席の軍民融合は、米国の軍産複合体をお手本として、人民解放軍と企業の人材や技術の密接な交流により、軍民のデュアルユース技術(軍と民がともに使用できる技術)の発展を促進し、経済建設と国防建設の促進を目指している。中国にとって、5G分野での米国などとの競争は、常に軍民融合と密接な連携の下で行われている。
 主要な中国企業(ZTE、チャイナユニコム、中国航天科工集団公司(CASIC))は2018年11月、「5G技術軍民融合応用産業連盟」を設立した。この連盟は、軍民の統合的発展を促進し、5Gの軍と民への応用を強化するもので、軍と民のシナジー効果を発揮するであろう。
 例えば、「CASIC第一研究アカデミー」は、5Gの航空宇宙における活用に焦点を当てて活発に活動している。また、国営の軍事企業である中国電子科技集団(CETC)は、5Gに必要な特殊なアンテナ、マイクロ波装置などの通信装置を開発している。
●5Gは「軍事智能化」を可能にする
 5Gは、戦場における通信を改善し、より速く・より安定した情報の伝達を可能にし、情報の時系列管理と統合を強化する。
 5Gは、戦場におけるIOT(モノのインターネット)や人工知能を実現するために必要な「伝送スピードと帯域幅」を提供することができる。その意味で、5Gと軍事分野におけるAI技術の連携により、人民解放軍が目指している「軍事智能化」が実現可能だ。中国の5G開発は、国防の情報化と軍事智能化に深い関係がある。
 5Gは、民のスマート・シティーにおける機器の間でやり取りされる膨大な通信量の処理を可能にするが、5Gはまた、軍事における各種センサーや各種装置で構成されるネットワーク間の膨大な通信量を処理し、軍における「情報化から智能化への戦い方の転換」を可能にする。そして、データ分析を促進することにより、状況認識の改善を可能にし、リアルタイムの調整や指揮・統制を可能にする。そのため、膨大で統合された5Gインフラは、民のスマート・シティーと人民解放軍に将来的な可能性を提供することになる。
 5Gはまた、より安全なネットワークを提供することになる。何故なら、5Gによる広帯域化により、より複雑な暗号の使用が可能となり、複雑な電磁環境における秘密保全の強化がなされるからだ。
●5Gは国家の国防動員に寄与する 
 中国が享受する5G時代の到来により、有事におけるより大規模な国家動員が可能となり、軍に対する国家全体の支援能力が増大することになる。
 将来の紛争シナリオにおいて、地方自治体レベルまでカバーする国家システムの構築により、膨大な物資が迅速に動員され、人民解放軍の戦争遂行が支援される。民の経済及びインフラから軍隊が支援を受け取るという形態の軍民融合は、米国をはじめとする中国の敵対国に対する中国の優位性を示している。中国政府による中央集権が、地方の発展を国家動員に連結させている。報道されるところでは、2012年以来、スマート・シティーの建設が国防動員と連結されている。まさにスマート動員は、5GやAIの導入による相互融通性、リアルタイムの情報交換などを可能とする知能化ネットワークによって可能となる。
●地方レベルでの5G軍民融合[3]
 中国における軍民融合の進展により、5Gの発展を国防情報化融合する試みが各地で進行中だ。例えば、重慶市は5Gネットワークの開発と適用のデモンストレーションを、チャイナ・テレコム、チャイナ・モバイル、中国航天科技集団(CASC)の参加を得て行っている。同じように、四川省では、5Gにおける軍民融合のパートナーシップの促進を行っている。
 民間企業の一部は、5G関連の軍民技術とその応用におけるビジネスチャンスを認識している。例えば、5Gを活用した高周波フェーズド・アレイ・レーダー(位相配列レーダー)で使われるチップを市場に提供しようとしている。
 つまり、中国では5G軍民融合を国を挙げて行っている。

おわりに
 5Gの軍事利用に関しては、中国だけではなく米国等でも計画されている。5Gは既に記述した軍事利用の分野のみならず、兵站(補給や整備など)やサプライ・チェインの可視化を可能にする。また、5Gにより次世代のC4ISR(指揮・統制・通信・コンピューター・情報・監視・偵察)は飛躍的に発展するであろう。そして、5G及びその関連技術とAIの相乗効果は、将来の軍事戦略・作戦・戦術を大きく変えるであろう。
 5Gは、その重要性故に米中の覇権争いの象徴的存在になっている。米国は、5Gのトップ企業であるファーウェイやZTEを米国市場から締め出し、同盟国や友好国にも同様の行動をとるように促している。結果として、5Gが2つのエコシステムが存在する分断された世界を作ることになる。
 米国の中国製5G排除の試みは今後とも長く継続するであろう状況において、我が国が5Gに関していかなる選択を行うかである。米国政府は、ファーウェイ製の通信機器の使用中止を我が国にも要請していると報道されている。我が国は、米国政府の要請を受け入れて、中国製の5Gネットワークを拒否し、米国の陣営に入るべきだと私は思う。
 また、我が国の通信機器メーカーは、4Gまではそれなりの存在感を示してきたが、5Gになると中国企業の技術と安さに対抗するのが難しい状況になっている。しかし、米国とその同盟諸国がファーウェイ等の中国企業を排除する状況に鑑み、5Gの分野における政府及び日本企業の特段の努力により、我が国の5Gネットワークは日本の技術と機器で構築してもらいたいと思う。そして、中国のデジタル・シルクロードに対抗して、世界市場においても影響力を及ぼす企業になってもらいたいものだ。
 我が国にとっての「5G地政学」の教訓は、5Gは我が国の安全保障の骨幹に関わる重要な技術であり、AIと共に将来の日本の安全保障に直結する技術だということだ。今後とも最先端の技術に焦点を当てた技術安全保障が重要になるであろう。以上の理由により、重要な技術分野に関しては、政府や一部官庁・民間企業のみの取り組みではなく、日本国家挙げての取り組みが切に求められている。


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[1]  Elsa Kania、“Why China’s Military Wants to Beat the US to a Next-Gen Cell Network”
[2]  Nyshka Chandran、“Surveillance fears cloud China’s ‘Digital Silk Road”
[3]  この部分は、Elsa Kania、“Why China’s Military Wants to Beat the US to a Next-Gen Cell Network”を参考にしている。