「ベトナム戦争世代」の読書遍歴

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顧問・元ベトナム・ベルギー国駐箚特命全権大使 坂場三男

<div> ベトナム戦争とは何だったのか。この疑問は、私のように、青春の多感な折に「ベトナム戦争」を同時代の出来事として生きた者にとっては、容易に答えが得られない疑問である。私がかつて外交官という不釣り合いな職業を選択した一因もこの疑問と無関係ではないし、やがて大使としてベトナムという任地を望んだのも同じ理由からである。外務省を退官して大学の教壇に立ち、学生に「ベトナム戦争」を語っても彼らの反応は鈍く、歴史の一コマとしてしか理解されなかった。思えば、あれから既に半世紀近い歳月が過ぎようとしており、自らの老いをしみじみと感じるばかりである。</div><div> </div><div><b><font color="#3a3a3a">南ベトナム民族解放戦線(ベトコン)の実像</font></b></div><div> 日本の各地からベトナムに飛ぶ定期便には3種類の日本人が搭乗している。第1のグループは仕事でベトナムに赴く中年の男たち。その数は日本とベトナムの経済関係が年々深まる中、着実に増えている。</div><div> 第2のグループは若い女性たち。彼女たちは、何人かで連れ立って旅を楽しむ人たちだが、名所旧跡の観光というよりは、グルメと割安な買い物に関心を向けている。ベトナムは総じて治安が良いので、ハノイやホーチミン市なら女性だけで夜道を安全に散策できるのも魅力の一つかも知れない。</div><div> そして、3番目のグループが60歳代後半から70歳代と見受けられる初老の男女の一群である。彼らの関心は唯々「今のベトナムの姿」を見ること。若かりし日にベトナム戦争のニュース映像を毎日のように見、そのあまりに凄惨な光景にただただ心を痛めた世代である。反戦運動に身を投じた者もいよう。そうした人たちが、今、活気に満ち溢れ、平和に暮らすベトナムの人々の姿を見て、心の奥深くに沈殿し続けている「後ろめたい思い」を昇華させる。ただ、その目的一つのためにベトナムを「巡礼」するのである。</div><div> かく言う私も、この第3のグループに属する一人である。個人的にはかつて3年近くハノイに在勤して、現代ベトナムの良い面も悪い面も色々と見てきたし、多くのベトナム人とも知り合ったが、常に「ベトナム戦争とは何だったのか」という思いに取り憑かれ、退官した今もこの疑問が完全には晴れずにいる。そうした悶々たる日々の中で最近偶然読んだのがバオ・ニン著「戦争の悲しみ」(めるくまーる刊)である。</div><div> 南ベトナムのジャングルで戦った北ベトナムの若者の半自伝的小説だが、狂乱するばかりにもがき苦しむその姿は、これまでの北ベトナム兵士像、即ち「民族解放の使命感に燃え、雄々しく戦う戦士」というステレオ・タイプなイメージとは全く異なるものであった。</div>