冷戦終結後の日韓関係と「進歩主義」の挑戦

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防衛大学校教授 倉田秀也

<strong style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: Century; font-size: medium; line-height: 32px;">ヴィクター・チャの言説</strong><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: Century; font-size: medium; line-height: 32px;">&nbsp;</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: Century; font-size: medium; line-height: 32px;"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: Century; font-size: medium; line-height: 32px;"> 今から10余年前になる。米国の友人の著書を翻訳する機会があった。彼の名はヴィクター・チャ、韓国系米国人の気鋭の学者とされ、現在ジョージタウン大学で教鞭を執る。ブッシュ米政権第2期、ホワイトハウスのアジア研究部次長を務め、米国側首席代表クリストファー・ヒル国務次官補と共に6者会談に臨んだ経緯から、北朝鮮問題の専門家と見られがちだが、彼の国際政治学者としての原点は日米韓3国間の安全保障関係にある。&nbsp;</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: Century; font-size: medium; line-height: 32px;"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: Century; font-size: medium; line-height: 32px;"> その書名はAlignment Despite Antagonism、邦題を『米日韓 反目を超えた提携』としたが、そこには韓国の反日感情を所与と捉えた上で、日韓関係が改善するのは、いつでそれはいかなる条件かという問題意識が表れている。韓国の反日感情が高まることで日韓関係が悪化することはあっても、日韓関係が好転するのは韓国の反日感情が収まったからではない。チャ氏は米国の対韓軍事コミットメントという現実主義的な契機を韓国の対日関係の決定要因と捉えた上で、朴正熙、全斗煥政権期における米韓関係と日韓関係の相関関係を考察した。&nbsp;</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: Century; font-size: medium; line-height: 32px;"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: Century; font-size: medium; line-height: 32px;"> その結果得られた経験則は、ニクソン、カーター政権期に見られた在韓米軍削減・撤退計画など、米国が対韓軍事コミットメントを弱めるとき、韓国は米国から「見捨てられる」という懸念を抱き、その懸念を相殺する為に敢えて日本との関係改善を試みるというものであった。これとは逆に、フォード政権期、米国が対韓軍事コミットメントを強めるとき、安全保障上の安心感から韓国は日本への反目を表出させたという。&nbsp;</span><br style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: Century; font-size: medium; line-height: 32px;"><span style="color: rgb(0, 0, 0); font-family: Century; font-size: medium; line-height: 32px;"> もとより、この経験則から逸脱する事例もないわけではない。1980年代のレーガン政権期、米国は在韓米軍の維持、韓国軍現代化計画への協力を約束し、全斗煥政権が日本に求めた「安保経協」も、中曽根康弘首相との初の日韓首脳会議で、40億ドルで決着した。米国の強固な対韓軍事コミットメントが寧ろ、日韓関係の好転をもたらすという経験則は――チャ氏も認めているように――1970年代に限定されるのかも知れない。</span>