チョン書記長の権力強化とベトナムの中国傾斜

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顧問・元ベトナム・ベルギー国駐箚特命全権大使 坂場三男

はじめに
 昨年初頭以来、ベトナムの中国寄りの姿勢が一段と鮮明になって来た。きっかけは1月のグエン・フ―・チョン共産党書記長訪中である。この訪中では両国間で15本の協力協定が締結されたようだが、いずれも公表されていない。ネットで暴露された内容から見る限り、メディア規制手段を含め国民生活統制に関わる諸分野で「中国がベトナムを指導する」という性格のものらしい。チョン書記長はもともとベトナム共産党内随一の理論派と言われた人物で、共産党一党独裁の堅持を標榜し、対外的には親中派の代表格と見られてきた。しかし、2016年1月の党大会まではグエン・タン・ズン首相という嫌中派の強力なライバルが存在したため、ベトナムの対外姿勢が中国に大きく傾くことはなかった。寧ろ、ズン首相が推進した親米・親日路線の方がやや優勢で、米国主導のTPP交渉に真っ先に参加を決めるなど、中国包囲網の一翼を担うのではないかと見る向きもあったほどである。
 しかし、この党大会で「チョン書記長の留任、ズン首相の解任・政界引退」という驚天動地の決定が行われたことで潮目が変わった。これに拍車をかけたのが先ずフィリピンにおけるドゥテルテ大統領の登場である。それまで、ベトナムは南シナ海の問題でフィリピンと共に対中牽制の軸になって来たが、同大統領が対中融和路線に大転換することで、ベトナムは梯子をはずされた格好になり、中国と単独で対峙するという厳しい局面に陥った。そして決定的なダメージとなったのが、米国におけるトランプ大統領の登場である。昨年1月、同大統領が就任早々に表明したTPP離脱方針はこの協定を軸に米越関係強化を図ろうとした親米派の目論見を破綻させ、安全保障面でも米国が頼りにならない状況が生まれるや、親中派が一気に巻き返しに出た。その後の展開は以下に詳述するように、チョン書記長主導の下、中国寄りの対外姿勢が益々顕著になる情勢である。
 昨年11月にダナンで開催されたAPEC首脳会議はこうした流れに拍車をかけたように見える。トランプ大統領の東南アジア安保戦略は不鮮明で貿易不均衡の是正を要求するばかり。同月12日にハノイ入りして行われた同大統領とクアン国家主席の会談も中身の薄いものだったようだ。ところが、同じ日に隣の建物で行われた習近平国家主席とチョン書記長の会談は演出効果も相俟って注目を集め、ベトナム内外に中越接近を印象付けた。