敗戦国体制の本質を考える(上)

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政策提言委員・高知大学名誉教授 福地 惇

<div><font color="#4e4e4e"><b>Ⅰ 19世紀後半期における日本の国際的地位</b></font></div><div><font color="#4e4e4e"> 平成時代最末年の今年は明治政府成立から150年の節目の歳である。艱難辛苦は有ったが、今や「自由で民主的な豊かな国」になったと奉祝の気分の人々が少なくないようである。しかし、筆者は嬉しい気持ちには全くなれない。今の我が国は敗戦直後に占領軍に強要されて押し付けられた「敗戦国体制」を維持し続ける以外の選択肢を失った御手上げ状態にあると判断せざるを得ず、絶望の淵に沈んでいる。維持し続けるのは、はっきり言えば連合国=国際連合の支配に服し続けざるを得ない「独立主権国家」に回復する芽を摘まれた疑似国家である。そんなことはないだろうと怒る向きも多いだろう。筆者のような言説を弄する者を世間的に言えば、単なる臍曲がりの変人と言うところであろうが、「思しき事言わぬは腹ふくるゝ業なれば」、絶望の理由を語りたい。</font></div><div><font color="#4e4e4e"> 国際政治力学である勢力均衡論研究の大家ヘンリー・キッシンジャーが、その著『World Order』2014刊( 邦訳:『国際秩序』伏見威蕃訳、日本経済新聞出版社、2016刊) で次のように説明する。</font></div><div><font color="#4e4e4e">「ヴェストファーレン平和条約は、素晴らしい倫理的な見識などではなく、現実に実際的な適応そのものだった。すべての当事者の力をおおむね均等にするという方式(システム)で、独立国がよその国の国内問題に干渉するのを控えさせ、互いの野望に歯止めを掛けようとした。ヨーロッパの論戦では真理や万国共通のルールを唱える主張は優勢ではなかった。寧ろ、各国家はその領土のみに主権を有するとされていた。それぞれが他国の国内構造や宗教使命を現実として認め、存在を脅かすのを控えるようにした。力の均衡(バランス・オブ・パワー)が常態になり、望ましいと観られれば各支配者の野望の釣り合いがとれて、理屈の上では紛争の規模が制約される筈だった」(10頁)。「筈だった」とキッシンジャーが言うのは、西洋世界とその影響下に置かれる世界に戦争や紛争は絶えず続いたからであろう。欧米世界は19世紀には「帝国主義時代」に突入していた。キッシンジャーが主張したいことは、「真理や万国共通のルール」に前進すべき時期は今である、つまり勢力均衡体制は400年の歴史を経た今、各国は新世界秩序に進むべきであると言っている――と理解すべきであろう。新世界秩序については後段で解説する。</font></div><div><font color="#4e4e4e"> さて、「帝国主義の時代」に欧米列強は世界各地に植民地を求めて勢力拡大競争を続けた。その荒波が我が国に厳しい外圧として押し寄せて来たのも19世紀に入った時分であった。</font></div><div><font color="#4e4e4e"><br></font></div>