米中の覇権争い
―長期化する米中の葛藤―

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政策提言委員・金沢工業大学虎ノ門大学院教授(元海将) 伊藤俊幸

1. はじめに:米中パワーシフトとはなにか?
 2017年7月24日、国際通貨基金(IMF)のラガルド専務理事が「中国の経済成長が続けば10年後にはIMF本部を北京に移す可能性がある」と発言したことで、経済規模で中国が米国を追い抜くという予想が改めて注目された。国内総生産(GDP)による比較において、世界経済に占める割合が、2030年に中国が米国を凌駕するというものは、既に2014年の経済協力開発機構(OECD)がEconomic Outlook No.95で発表しており、内容は以下の通りである。
 2010年 米国23.6%、ユーロ圏17.1%、中国15.8%、日本6.9%、インド6.3%
 2030年 中国23.7%、米国20.2%、ユーロ圏12.2%、インド10.0%、日本4.4%
 これらのデータは、その後の米国衰退論などの議論を生むこととなった。
 しかし筆者は、いくらGDPが逆転したとしても、GDP以外の経済分野は全て卓越している米国の優位は変わらないとする、所謂「米国卓越論」の立場をとる。
 その理由は、①基軸通貨としてのドルの価値を背景とした金融市場と金融ネットワークにおける圧倒的パワー ②大きな経済規模を誇る最終消費地としての地位 ③サプライチェーンをグローバルに運用する力 ④軍事、経済など様々な力の統合により生み出させるシナジー効果 ⑤国際的なアジェンダを方向付ける公共財提供能力―などである。
 こうした中、昨年7月から9月にかけて、中国からの輸入品2,500億ドル分に対し、10%~25%の関税を上乗せする、所謂、制裁措置を米国が発動し、中国側も、アメリカからの輸入品およそ1,100億ドル分に対する関税を上乗せする対抗措置をとり、貿易戦争と言われる情勢にあることはご存じの通りである。
 しかし日本の論調は、「米中間選挙用のトランプのパフォーマンスであり、それ以降は終息する」との観測が多かった。また昨年12月1日のブエノスアイレスでの米中首脳会談において、貿易不均衡の是正に向けた新たな協議を始めることが合意され、関税引き上げが一時凍結されたが、だからといって貿易戦争そのものが終息する様子はない。この一時凍結とは、2,500億ドルのうちの第三弾(2,000億ドル相当の日用品)の関税引き上げを、今年の1月1日から25%に引き上げるとしていたものを10%に据え置くが、90日以内に協議で成果が得られなければ、予定通り25%に引き上げるという内容だ(中国からの全輸入品に関税を上乗せする第四弾制裁については言及されなかった)。
 このように、今年もまだまだ米中貿易戦争は終わりそうにない。