「近年の日本政治を振り返って」

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会長・政治評論家 屋山太郎

岸信介・田中角栄番
 ある時期を区切って「どんな時代だったか」と感想を求める企画が多い。こういう企画は人を立ち止まらせて、じっくり考えさせるから好きだ。強烈な悪い思い出があるとどうしても許せないが、主人公が既に亡くなっていると恨みや憎しみは急速に薄まってくる。私が社内の配置換えで政治記者に配転したのは、岸信介内閣の時だ。世界では憎い奴だ、悪い奴だという評判だったが、“岸番” でくっついて歩いていると、親切で立派な人だと気付いた。特に立派というのは日米安保を支持して貰いたくて、番記者の横に座って説明し出すと実に熱心だった。
 この後、官邸長になって田中角栄氏と付き合ったのは不運だった。所謂、叩き上げの人だからまるっきり教養はなかった。べらんめぇ調で話すというより、歌っているような調子があった。人柄はともかく、私が今でもこの人物を許せないのは、政治家のくせに倫理観がゼロだったということだ。
 南魚沼川の脇に広大な河川敷が広がっていた。田中氏はそこを二束三文で買い占めた。後に公費で埋め立てられ、そこは一等地に変身した。新幹線やハイウェイなどの計画を知って先買いし、後で売って儲けるのが田中金脈獲得の手口だった。
 私は田中氏から「オイ、これは秘密だからナ」と言われて何度も金脈図を見せられたことがある。先に「秘密だからナ」というのは、相手を黙らせる手段だ。オフレコと言われると政治記者は続いて秘密を貰いたくても、約束は守る。
 自分の政策を熱心に説く岸さん。儲け話を自慢する角さん。世論調査をやってみると常に角さんの方が上だった。世論調査は政治のバロメーターにはならない。
 冒頭に田中角栄氏を持ってきたのは、角さんのあぶくのような金が政界に溢れ、世は金権政治の様相を呈し始めた。5当3落などという選挙用語が流行った。5億円注ぎ込むと当選するが、3億円では落選する。政治家は役所に計画を立てさせて、その計画通りにやれば自分の資金箱にカネが入ってくる。
 ある時、中堅の議員が“陳情”(お願い)があると言って、「保安林」を普通の林に格下げしてくれというのだ。私に頼んできた理由は、私と農林(農水)大臣が特に親しいから、言うことを聞いてくれるとでも思ったらしい。下っ端の議員は地元の小学校にエアコンを付けるのに懸命になっていたものだ。しかしこういう仕事は市議会議員の仕事だろう。
 角福戦争という総裁争いがあった。角さんについたのが中曽根康弘氏と三木武夫氏。このほかに10~20人単位の小派閥が5つほどあった。福田赳夫氏を応援していた倉石忠雄氏は村上勇派の福田一氏に応援を頼みに行った。