韓国における二つの欲望について

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首都大学東京名誉教授 鄭 大均

二つの欲望 
 今は亡き人類学者のクリフォード・ギアーツ(Clifford Geertz)が言っていたことだが、第二次世界大戦後に独立した「新興国」(new state)に生きる人々には、2 つの欲望(動機)に同時に駆り立てられる状況があって、両者の間に良い緊張関係が維持されるとき国家は発展の推進力を得るが、2 つの欲望は屡々対立するものであり、それは国家の発展を妨げる最大の障害になるものでもある。 
 2 つの欲望とは何か。一方が国際社会で重んじられる存在、名のある存在になりたいという欲望であるとしたら、他方は有能で活力ある現代国家を建設したいという欲望である。一方が一人前の存在として認知されたいという自己主張であるとしたら、他方は国民の生活水準を向上させ、効果的な政治体制を作り、社会正義を拡大したいというプラクティカルな欲望であり、本稿では前者を「自尊の欲望」、後者を「実利の欲望」と呼んでおくことにする。 
 「統合的革命」(『文化の解釈学』岩波現代選書所収、1987 年)と題するこの論考で、ギアーツが念頭においていたのは多民族、多言語、多宗教のアジア・アフリカ諸国であり、2 つの欲望は、2 つの理由で深刻で慢性的な緊張関係を生みだすようになるという。1 つは人々の自己意識が血縁や人種、地域、言語、地域、宗教といった原初的感情(primordial sentiment)と深く結びついているからであり、もう1 つは集団の目的を実現するために、独立国家の重要性が増しているからである。ギアーツの論考の初出は1963 年である。アジアやアフリカに多くの独立国家が誕生し、厳しい現実に向き合わざるを得なくなかった時期に書かれたものである。 
 この論考に筆者が接したのは80 年代末、韓国で暮らしているときのことで、「原初的感情」という言葉が心に響いた。それを手がかりに何か面白い韓国論が書けそうな気がしたが、果たせないまま、時が過ぎ、やがて論考のことも忘れていた。