最近注目されている南シナ海問題を筆者は平成23 年5 月から平成26 年9 月まで駐フィリピン大使として事態が展開するのをマニラで観察することができました。本誌の読者各位におかれては問題の経緯や法的、安全保障上の側面を研究、議論されていることと思いますので、ご参考までに現地に駐在した大使として感じた事態の進展状況、フィリピン、中国などの思惑、今後の展望につき印象を纏めてみました。
●事態の進展状況
≪着任当時≫
筆者が大使としてマニラに着任したのは2011 年5 月でした。当時、フィリピン国内での南シナ海問題は如何に自国の排他的経済水域(EEZ)内の石油、天然ガスを開発するのかが焦点でした。
背景にはフィリピンの重要なエネルギー源であるパラワン沖のマランパヤガス田が2020 年までに枯渇するという状況がありました。その代替エネルギー供給源としてリード・バンク海域(マランパヤガス田の南西方)の開発は急務でした。然るに、フィリピンに鉱区開発を認められた探査船が海域に近付くと中国の艦船に接近を阻止され開発は進まない状況でした。
中国が行動を正当化したのは歴史的権利とされる九段線の主張でした。しかし、法的根拠は曖昧でした。各国の要請にも拘わらず中国も説得力のある説明をしませんでした。他方、1995 年に中国はミスチーフ礁を力で実効支配しています。九段線を実効あるものとするその意図と能力は明らかでした。どこまで、どのような時間軸で中国がこの政策を進めるのかにつき筆者を始め多くの外交当局者が漠然とした不安を持っている状況でした。
フィリピン国内の雰囲気も確たる見通しもなく様子見が主流だと感じていました。中国は力で押してくるという不安はあるものの大国としてもう少し鷹揚な態度に出るのではないか、という希望的観測がありました。また、過去の歴史問題を抱える我が国の尖閣諸島問題に比べて中国は柔軟な態度を示す期待もありました。
一方、2010 年のバス・ハイジャック事件で犠牲者を出した中国人観光客の補償問題、麻薬運搬役だった比人が2011年に中国で死刑執行されたこと、前政権時代に中国が借款供与を約束したルソン北鉄道整備計画が入札不正疑惑で事業が中断するなど比中関係はギクシャクしていました。中国への期待と同時に対中警戒感もありました。