はじめに
地球表面の約71%を占める海洋(seas and oceans)の特質は、あらゆる陸地領域と繋がっていることであり、この事実は、海洋に関わる問題が全ての沿岸国の共通の問題となることを意味している。世界の漁獲量の85%は海洋漁業が占め、世界商業貿易の80%以上の商品輸送を海運が担っており、原油や天然ガス、観光事業、造船、海上輸送貿易等の海事産業の振興に伴って、海洋は人類にとって極めて重要かつ不可欠な存在である。
また海洋は、古来より人類に水や食糧、エネルギーを供給するだけでなく、気候や気温の変動原因であり、科学技術が進歩した今日、海洋環境の保全、海洋資源の保存と敵詐綱管理、安全な通航の確保などの問題は、人類が将来に亘り豊かな海洋の持続可能な開発を行なう上で重要な課題であり、あらゆる国に共通な関心事となっている。
広大な海洋は、世界各地を結ぶ便利な交通路であり、かつ重要な資源供給源であったことから、海洋秩序は、今日まで続く交通路としての海洋利用国と資源供給源としての海洋利用国の対立とともに、完全保障上の必要性が加味されて、徐々に形成されていったのであった。人類全体の利益を考慮に入れて作成された国連海洋法条約(UNCLOS)は、公海と領海の性質を併せもつ200 海里の排他的経済水域(EEZ)と大陸棚の制度を取り込むことで、長年の懸案であった領海の幅員を12 海里に決定できたのであった。
1 中国の南シナ海進出と「九段線」主張
南シナ海は、中華民国(台湾)、中華人民共和国(中国)、フィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイ、インドネシアに囲まれた海域で、西沙群島(Paracel Island)、南沙群島(Spratly Island)、中沙群島(Macclesfield Bank & Scarborough Shoal)、東沙群島(PratasIslands)が点在している。また南シナ海は、漁業資源のほかに石油、天然ガス、希少金属等の豊富な資源のd 存在が見込まれるとともに、東西の海上輸送ルートの要衝であり、沿岸国のみならず海外貿易に依存する日本や韓国、世界に軍隊を展開する米国にとっても、航行の自由の確保は重要な関心事である。
日本は、第二次世界大戦後の対日平和条約(1952 年4 月28 日発効)の第2 条(f)項で、それまで領有してきた新南群島(現在は南沙群島)と西沙群島に対する「すべての権利、権原及び請求権を放棄」した。日本領有当時、南シナ海に在るこれら島嶼の行政区分は、台湾県高雄市に置かれていた。しかし、日本が同島嶼の権利、権原、請求権を放棄したため、沿岸国間に今日まで続く領有権の争いが発生することになる。