はじめに
金正恩体制における北朝鮮の軍事的脅威の変化を評価するには、北朝鮮の軍事力に加え、昨年の中頃からこれまでの軍事動向と今年5月の第7回党大会(36年ぶり)や7月の最高人民会議での党や軍の人事とを、詳細に分析する必要がある。
北朝鮮は、昨年から今年の5月に行われた第7回党大会頃までの主な軍事動向について、昨年5月「水中から潜水艦発射弾道ミサイル発射に成功」、今年1 月原爆の実験を「水爆実験成功」、2月「米国本土に届くミサイル実験が成功」と、実験結果以上の成果を報じた。
その後も、ミサイルの実験を重ね、6回目にムスダン弾道ミサイル発射、4回目にSLBM発射実験をやっと成功させた。同時に、これら実際の軍事的挑発の他に、金正恩第1書記(当時)は、「自国を守る道は、断固たる先制攻撃だけだ」、「進軍してソウルを破壊する」、「最初の標的は韓国大統領府(青瓦台)だ」と指示した。これらの言動に合わせて、通常兵器である長距離多連装の射撃や新型地対空ミサイルも発射した。そして、(青瓦台)に北朝鮮のロケット弾を撃ち込む映像を放映した。
その後に、第7 回党大会などが開催され、党や軍の要人の人事が示された。これにより、金正恩体制の意思決定に影響を与える権力構造が見えてきた。
これらの動向や人事を分析して、北朝鮮の意思決定機関の特徴・性格、軍事力の実態と変化を正確に分析し、その狙い、朝鮮半島でそして日本に何をしようとしているのかを明らかにしたい。そのために、①和平の道を塞いだ北朝鮮の恫喝、②金正恩取り巻き達の変化とその影響、③軍事恫喝から軍事戦略や軍事力の変化が見える、④北朝鮮は今後、韓国や日本に何をしてくるのか、の順序で考察する。
1.和平の道を塞いだ北朝鮮の恫喝
北朝鮮は、昨年5月、「水中から(実際は水面上)潜水艦発射弾道ミサイル発射に成功」、今年1月、原爆の実験を「水爆実験成功」、2月には、「米国に届く(実際には届かない)ミサイル実験が成功した」と報じた。金正恩は、満面の笑顔で写真に写り、「どうだ」と言わんばかりに国営メディアで恫喝する映像を公開した。
今年の3月上旬から4月末まで、米韓軍は、毎年恒例の合同軍事演習を韓国各地で行った。今年の演習は過去最大規模であった。韓国は、例年の約1.5倍、米国は約2倍の規模で、米軍からは原子力空母、原子力潜水艦、ステルス戦闘機、ステルス戦略爆撃機など最新鋭兵器が多数投入された。さらに、米軍は、イラク戦やアフガニスタン攻撃に投入された「敵の要人を暗殺する」特殊部隊の韓国上陸と「斬首作戦」の名をあえて公表して、金正恩に心理的圧力をかけた。
金正恩は、米韓軍合同演習の動向に敏感に反応し、「『斬首作戦』に投入される特殊部隊がわずかな動きでも見せれば、韓国の大統領府(青瓦台)やアメリカ本土などへ先制攻撃を行う」、また、「米国の先端兵器や特殊部隊の奇襲攻撃を無力化し自国を守る道は、断固たる先制攻撃だけだ」と、挑発のトーンを高め威嚇した。
また、「ソウルを無慈悲に踏みつぶして進軍すべきだ」などと指示した。第1番目の攻撃対象として韓国大統領府を挙げ、次にアジア太平洋地域の米軍基地などへの攻撃も警告した。