第161回
「台湾海峡危機と日本の安全保障」
―ウクライナ戦争から透けて見える中国の台湾侵攻戦略とは―

長野禮子
 
 今回は、前回から引き続き河野克俊前統幕長と台北駐日經濟文化代表處の蔡明耀副代表をお招きした。ロシアによるウクライナ侵攻から2ヵ月が経った今、この戦争によって国家間の覚書、条約、同盟がいかに心許ないものかが浮き彫りになった。国連憲章第1条には「国際の平和及び安全を維持すること。そのために、平和に対する脅威の防止及び除去と侵略行為そのほかの平和の破壊の鎮圧のため友好な集団的措置をとること(中略)」とあるが、ロシアは常任理事国としてのプライドを捨て、主権国家ウクライナに攻め込み、無辜の民を虐殺し、核の恫喝をした。これにより「分別をもって核を管理する5大国に分別の無い国の存在が明らかとなり、NPT体制は壊れてしまった」。このことは、北朝鮮に核保有国としての正当性を与え、それを認めさせる交渉のベースにされるのではないかと、河野氏は懸念する。
 蔡氏は、昨年4月の日米首脳会談で台湾海峡の平和と安定の重要性が謳われたことは、中国に対する明らかな警告になったと歓迎。よって、米国の曖昧戦略は関係国に不安を与え、曖昧が続けばインド太平洋における米国の地位を下げ、中国の暴走に棹差すことになる。日米台の制服同士の共同作戦計画が堂々と語られる状況作りが急務であることは、言うを俟たない。
 蔡氏による台湾の対中貿易に対する分析によれば、台湾は貿易の40%を中国市場に依存しているが、それを止めれば中国にも大きな損害が生じる。中台の1年間の貿易額は1,500億ドル以上で、台湾は800億ドルの黒字となっている。これを全面的に見直すことは台湾にとって容易ではない。資源の少ない小国台湾は、まずは経済力をつけ、その上で軍事力を強化させるという2つを柱として国家運営に当たっていると言う。
 習近平主席はロシアのウクライナ侵攻と終結の時期を知っていたようだ。結果も十分想定していたようだ。だが、想定外のウクライナの反撃と、自由を守るために立ち上がった国民の強い愛国心の前に、プーチン氏の思惑は見事に崩れた。国際社会のロシア・ウクライナを見る目とその対応は、自由・民主主義を掲げる国家群と独裁・専制国家とに大きく分かれた。この状況を何よりも注視し今後の東アジア戦略を練っているのが中国である。
 台湾海峡の平和と安定を希求する台湾。「その実現のために台湾は最大限の努力を惜しまず、その重要性を世界に訴えていく。その意志がなければ米国や日本は助けに来ないだろう」と、蔡氏は締め括る。
 この2ヵ月、米国を始めとする主要国首脳や国連事務総長などがプーチン大統領との接触を図っているが、全く埒が明かない。
 「ウクライナ戦争」による教訓は、中国による台湾侵攻に直結する。軍事力で比較にならない中台だが、台湾は中国に侵攻の口実を与えないよう慎重な姿勢を保ちながら、「自分の国は自分で守る」という強い結束と、価値を共有する国際社会を背景に、自主独立の国家として突き進むであろう。人命を殊更に重視し隷属の平和に甘んじる国家には決してならないだろう。
 今次の戦争に見る米国の動きは当初から消極的なものだった。核保有国を隣国に持つ日本は、これまで「唯一の被爆国」として核問題を封印してきたが、今、安倍元総理の「核共有」発言への関心が徐々に高まっている。同時に、米国の「核の傘」への信頼に疑問を持ち始めた日本は、改めて「同盟」の在り方を考えるきっかけとなったのではないだろうか。中国の台湾侵攻に米国がどこまで関与するのか、尖閣問題を抱える日本にとって「ウクライナ戦争」は決して対岸の火事ではなく、台湾と共通する脅威として強く認識すべきである。「平和ボケ日本」が今後どのような形で「教訓」を活かすのか。岸田総理の政治力を注視したい。
テーマ: 「台湾海峡危機と日本の安全保障」
―ウクライナ戦争から透けて見える中国の台湾侵攻戦略とは―
講 師: 蔡 明耀 氏(台北駐日經濟文化代表處 副代表)
講 師: 河野 克俊 氏(JFSS顧問・前統合幕僚長)
日 時: 令和4年4月26日(月)14:00~16:00
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