書評:福山 隆著『尖閣を奪え!―中国の海軍戦略をあばく』

特別研究員 関根 大助
  
 強大な大陸国家が強大なシーパワー(seapower)を得ることは、世界史においても極めて稀だといわれている。その道を強引に進もうとする中国と、それによって引き起こされるアジア・太平洋地域と日本の危機について、元陸将である福山隆氏が情報将校として勤務した経験を生かして執筆したのが本書である。この本のユニークなところは、中国海軍のトップが習近平にブリーフィングを行っているという想定で書かれていることである。
  本書の大まかな内容は、中国が海洋進出する背景とそのための戦略、アルフレッド・セイヤー・マハン(Alfred Thayer Mahan)が唱えたシーパワーの重要性と影響、アメリカの国家安全保障戦略、中国の尖閣諸島問題にたいする具体的な作戦計画案、そしてあとがきとしての日本の生存戦略についてである。どれも分かりやすく丁寧に説明されており、尖閣の問題だけでなく日本の安全保障環境全般を理解することができる。。
  この本の内容について特筆すべき点は何といっても、マハンと彼のシーパワー論について多くが割かれていることである。米国海軍の将校だったマハンは1890年に『海上権力史論』を刊行し、シーパワーという概念を提唱した。そこで彼は、国家にとっての海洋と海軍、それらに関連した国際関係の重要性を主張した初めての人間になり、その名前を歴史に刻むことになった。マハンの理論では「生産、海運、植民地」の循環とそれらをつなぐ商船隊、そしてそれを守る海軍の総和がシーパワーとなる。若い国家であるアメリカは、「明白な天命(マニフェスト・デスティニー)」というその戦略文化を形成する大きな要因となった考え方に加えて、シーパワー論に強い影響を受け、市場(植民地)を求めて海外へ進出するために拡大主義を国是とすることになる。
  著者はグローバル性や経済的な側面をはじめとした海洋空間の価値について論じ、マハンのシーパワー論の基本やシーパワーの重要性と表裏一体の中国の海洋進出について説明している。また、その理論のために膨張主義者といわれているマハンに影響を受けた国家同士が必然的に衝突することについて解説している。一般向けの図書でこれほどマハンについて触れられることは日本ではもちろん海外でもほとんどない。このような戦略の理論を下敷きにしつつ、中国とアメリカの規模の大きい包括的な上位の戦略レベルの話から、尖閣諸島問題にたいする中国の実践的で詳細な作戦計画へと話が進んでいく構成には思わず引き込まれる。また著者のアメリカを見つめる視線が一貫して冷めている点も注目すべき点だといえる。
 なかなか理解されていないが、「海軍戦略」より広い意味を持つ「海洋戦略」というものは海洋空間で完結するものではない。海で利便性のある多様なパワーを獲得し、人間のいる陸上へその影響力を行使することによって海洋戦略は完遂されるのだ。現在日本では、前述のように元陸将がマハンを論じながら海洋からの脅威について訴え、そして防衛大綱見直しにおいて政府は海兵隊的機能の強化について議論している。このような事象を俯瞰すると、海洋戦略の真の意味を理解し、陸・海、そして空をはじめとしたあらゆるパワーの統合をもって、日本が主体的な戦略を遂行することを考える時が来たのではないかと思える。そんな総合的な国力こそが、著者の主張する国際社会を生き抜くためのしなやかさやしたたかさを日本が身につけるための基盤となるだろう。こういった目標を見据え、この本で述べられているように憲法改正への取り組みや、偏向したマスメディア・教育といった戦後の悪しき申し子たちと対峙することが我々一人一人に求められる。
  元陸将が中国の立場に立って海軍戦略を論じた異色作であり、シーパワー論という日本では珍しい戦略研究の観点から特定の国の動向を分析した意欲作である。この本が世に出た意味について多くの日本人が考える必要があるだろう。



   
         
    著 者: 福山 隆 
  出版社: 潮書房光人社
  発行日: 2013年8月6日
   定 価: 本体1,900円+税
  
    
 

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