澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -77-
習近平政権による軍改編の"失敗"と北朝鮮

政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 昨年9月3日、中国で華々しい「抗日戦争勝利70周年記念式典」が行われたことは記憶に新しい。
 その後、北京政府は従来からの7大軍区(瀋陽軍区・北京軍区・済南軍区・南京軍区・広州軍区・成都軍区・蘭州軍区)改編を模索した。
 その最大の狙いは、習近平政権(「太子党」)が、(北京の言う事を聞かない)瀋陽軍区潰しにあったと思われる。同軍区は基本的に「上海閥」であり、辺境に位置するため精鋭部隊が配備されている。
 周知のように、瀋陽軍区は北朝鮮と関係が深い。実際、今の金正恩体制を支援しているのは瀋陽軍区である。ここから、食糧・エネルギー等が北へ流れている。
 だからこそ、金正恩第一書記は習近平主席に対しても国際社会に対しても強気なのではないか。瀋陽軍区が北朝鮮の命運を握っていると言っても過言ではない。恐らく日米韓が北に厳しい経済制裁を行っても、あまり効き目はないと推測される。
 実際、北京政府は金書記の核実験・ミサイル発射実験を苦々しく思っているに違いない。面子を失うからである。けれども、瀋陽軍区が北を支えている限り、北京は如何ともしがたい。
 そこで、習近平政権は北京軍区と瀋陽軍区を合併させ、直接、北京が新戦区全体をコントロールしようと目論んでも不思議ではない。
 ただ、今年2月に発足した5戦区体制(「北部戦区」「中部軍区」「東部戦区」「南部戦区」「西部戦区」)を子細に見る限り、習体制による解放軍改編は“失敗”したと言えよう。当初案である北京軍区と瀋陽軍区の完全統合ができなかったからである。
 それどころか「北部戦区」は、習政権が目指した北京からの瀋陽軍区コントロールが効かない体制となっている。と言うのも、旧瀋陽軍区は北京軍区の一部、内モンゴル自治区を取り込んで、拡大版「北部戦区」へと生まれ変わったのである。
 恐らく、習政権が意図していた北京軍区と瀋陽軍区の統合案が、党や軍の反対で流れたに相違ない。
 他方、北京軍区は内モンゴル自治区を失った。ただ、同軍区は、予定通り済南軍区等を併合して「中部軍区」となり、お茶を濁している。これでは、北京政府は何のために解放軍改編を実施したのかわからない。

 ところで、北朝鮮は、今年1月6日に“水爆実験”を強行した。更には、翌2月7日には、「人工衛星」と称する大陸間弾道ミサイルを打ち上げている(経済的には、北の対中東“ビジネス”の手段と考えられよう)。※澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」-75- 参照
 国際社会も、大半の日本人論客も、金正恩政権が国際社会に“挑戦”していると見なしている。だが、果たしてそうだろうか。
 そもそも中国は“一枚岩”だと考える傾向があるが、それは思い込みによる“誤解”である。
 この北の一連の動きは、政治的に、中国の軍改編と密接に関わっていると見るべきだろう。旧瀋陽軍区(現「北部戦区」)が北朝鮮を使って、故意に北京政府を揺さぶっている公算が大きい。
 恐らく真の構図は、中国共産党内の「太子党」対「上海閥」(プラス「共青団」?)の権力闘争である。その党内闘争に北が利用されているに過ぎないのではないか。

 実は、今世紀に入って、北朝鮮は、「ミサイル発射実験後に核実験を実施する」という興味深いパターンを踏んでいる(また、約3年毎にそれを実行している)。
 @2006年には、7月にミサイル発射実験(3回目)を行い、同年10月に核実験(1回目)を実施した。
 A2009年には、4月にミサイル発射実験(4回目)し、同年5月に核実験(2回目)を行っている。
 B2012年には、4月にミサイル発射実験(5回目)を行ったが、これは失敗したと見られる。そこで、同年12月、再度ミサイル発射実験(6回目)を実施し、それに続き、翌2013年2月に核実験(3回目)を行っている。
 ところが、今年に限っては、核(水爆)実験(4回目)後にミサイル発射(7回目)を実施した。今までに見られない“逆パターン”で、極めて異例である。当然、北朝鮮に何か別の原因・意図があるに違いない。

 ひょっとすると、旧瀋陽軍区が北朝鮮を使って習近平体制に対し脅しをかけているのかもしれない。もしも、北京政府が旧瀋陽軍区を解体、あるいは金正恩体制を打倒しようとした場合、「北部戦区」が北朝鮮の核やミサイルを北京に打ち込む算段なのかもしれない。既に旧瀋陽軍区と北朝鮮は“一体化”しているのである(軍事ジャーナリスト・鍛冶俊樹氏)。


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