澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -109-
ケニア、台湾人容疑者を中国大陸へ「送還」

政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年3月下旬、マレーシアで“ネット詐欺”集団が当局に摘発された。マレーシア警察は中国警察の協力の下、119人の容疑者を逮捕した。内訳は、中国人65人、台湾人52人、マレーシア人2人である。
 マレーシアは中国と国交があるが、台湾との国交はない(現時点では、世界で中台両国ともに外交関係を持つ国は存在しない。例えば、台湾がA国と国交を樹立すれば、中国は即座にA国との国交を断絶している)。けれども、ナジブ政権は北京の圧力にも屈することなく、まず第1陣として20人の台湾人容疑者を台湾へ送還している。
 ただし、マレーシア警察は押収した物証を全て中国警察に渡した。よって、「容疑者は台湾へ、物証は中国へ」行く結果になっている。
 この場合、たとえ台湾検察が彼らを起訴したとしても、島内での裁判では物証がないので、どうしても容疑者の自白に頼らざるを得ない。果たして、島内で公判の維持が可能なのだろうか。

 一方、東アフリカのケニアでも、2014年11月、中国人・台湾人らによる「ネット詐欺事件」が摘発された。首都ナイロビを拠点として、中国大陸へネット電話で詐欺を働き、100人以上から1億人民元(約17億円)以上詐取したという。
 内訳は中国人48人、台湾人28人、タイ人1人である。ケニアはマレーシア同様、中国との国交はあるが台湾とはない(ちなみに、ケニアは中国から多額の援助を受けている)。今年4月5日、ケニアの裁判所は37人(うち23人は台湾人)を無罪とした。
 その3日後の8日、ケニア警察は別のネット詐欺集団を逮捕した。当日、ケニア当局は、前出の「ネット詐欺事件」容疑者を含めた中国人容疑者32人と台湾人容疑者45人を、中国大陸へ「送還」することを決定したのである。
 また、同日、第1陣で無罪判決が確定した8人の台湾人容疑者(その中の1人は米国籍を持つ)は広州市へ送られた。さらに、4日後の12日、第2陣で37人の台湾人容疑者も中国大陸へ送られている。
 恐らくナイロビは北京の主張に従って、台湾人容疑者を中国大陸へ「送還」したに違いない。しかし、これは面妖である。いくらケニアが台湾と国交がないと言っても、台湾と中国は別の国家である(同じ「一つの中国」だと主張しているのは、中国共産党と台湾の国民党の一部だけだろう)。
 改めて言うまでもないが、中国共産党は台湾を統治したことがない。そのため、たとえ「属人主義」(法の適用するに当たり、犯罪場所を問わず、人の属性<国籍>に着目して法を適用しようとする考え方)の立場を採るにしても、共産党は台湾人が海外で犯した罪を中国の刑法で裁けるのだろうか。大きな疑問符が付く。

 実は、中国共産党は、すぐさま2人の台湾人容疑者をCCTV(中国中央電視台)に出演させ、罪を認める供述をさせている。
 これは香港「銅羅湾書店事件」で、店主の桂民海(スウェーデン国籍。昨年10月、タイで中国公安に拉致される)が今年1月、CCTVに出演し“自白”したのと同じ手法である(正確には、中国当局によって桂は“自白”させられた)。桂民海は、2003年、中国大陸において酒酔い運転で自動車事故を起こし、若い女の子を死亡させたという。桂は今頃になって、それを自首するため、わざわざ中国当局へ出頭したと説明されている。

 さて、4月20日、台湾法務部(法務省)国際・両岸法律司長の陳文hら一行が中国入りした。陳文hらは、中国当局と協力して「ケニアネット詐欺事件」の解明を急ぐとしている。
 翌21日、陳文hは台湾人容疑者らと面会した。そして、陳は「彼らの健康は良好」だとインタビューに答えている。
 現在の馬英九台湾総統は、すでに残り任期1ヶ月を切っている。恐らく「ケニアネット詐欺事件」は蔡英文次期政権に委ねられる事案となるだろう。
 最終的に、同事件に関与した台湾人容疑者らは、中国大陸から台湾へ送還され、台湾で裁判が受けられるようになるのだろうか。それとも、中国共産党はあくまでも自国での裁判を決行するのだろうか。
 もし、台湾人容疑者らが、中国国内で裁判を受ければ、台湾人も海外での犯罪を中国法で裁きを受けることになる。習近平政権としては「一つの中国」の恰好の証となるに違いない。


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