澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -152-

様々なドラマが生まれた香港立法会選挙


政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年(2016年)9月4日、香港では立法会選挙が行われた。
 香港5地区―香港島(定員6)・九龍東(同5)・九龍西(同6)・新界東(同9)・新界西(同9)―から35議席、区議会議員へ割り振られた5議席、合計40議席が比例代表制(拘束名簿式<初めから各党で決めた当選順位>、最大剰余方式=後述)で選ばれる。
 香港では政党が乱立傾向にあるので、比例代表制と言うよりも、事実上、中選挙区制に近い。
 結果は、地区選挙では、「建制派」(=「親中派」)が16議席、「泛民主派」(=「反建制派」)は19議席獲得した。また、区議会議員から立法会議員を選出する選挙では、前者が2議席、後者が3議席獲得している。
 (職能団体を含めた)全体では、「建制派」が前回の43議席から40議席へと3議席減らした。他方、「泛民主派」が前回の27議席から29議席と2議席増やしている(残りの1議席は無所属)。
 立法会では、今まで通り「建制派」が多数を占めたが、重要法案を通過させるには、全体の3分の2の議席(47議席)が必要である。「泛民主派」が24議席以上占めれば、その重要法案通過を阻止できる。従って、今回も「泛民主派」がそれ以上の議席を占めた事は大きな意味を持つ。
 ただし、依然、28の職能団体(主に「建制派」)から30議席(労働界は3議席)が選出されている。だが、無投票で当選している議員が12人もいた。
 また、漁農業界から2人が立候補したが、たったの98票で当選している。同様に、航運交通界でも、2人立候補したが、126票で当選した。
 さて、今度の立法会選挙では、様々なドラマが生まれた。紙幅の関係上、ここでは主なモノを挙げておきたい。
 第1に、今回、投票率が58.3%(前回比5ポイント以上の増加)と史上最高となった。そのため、太古城西選区では、投票時間が終了する夜10時30分でも、約1000人が投票所に並んでいた。結局、日付が変わった翌日2時半まで、有権者が投票を行っている。前代未聞の事態だった。
 第2に、2014年の「雨傘革命」を主導した「香港衆志」(デモシスト)の羅冠聰が23歳の史上最年少の若さで当選した。羅は、5万票余りを獲得している。また、「民主自決」を唱える朱凱廸(「土地正義連盟」)は、地方区で8万4000票余りも獲得し、35人の当選議員中最高得票となった。朱は欣喜雀躍して、嬉し涙を流している。
 第3に、香港の有権者は事前登録が必要だが、今回、61歳以上の有権者が110万人以上、選挙登録をしている。特に、66歳から70歳の有権者は、前回と比べ60%(10万人)以上も多くの人が選挙登録を行った。ひょっとして、この多くの中高年が「建制派」を支持しているのかもしれない。
 反対に、18歳から20歳の若者は、14%(2万人)以上、選挙登録者が減っている。ただ、SNSと共に育った多くの若者達は、一般に、郷土愛が強い。彼らが、若い“急進的”な候補者を当選に導いたと思われる。
 第4に、九龍西区では当選した6人全員が女性だった。偶然にしても珍しい。その中で「小麗民主教室」の劉小麗と「青年新政」の游將(史上最年少女性議員)は、「雨傘革命」と関係が深い。
 最後に、香港型比例代表制(拘束名簿式、最大剰余方式)について説明しよう。九龍西区(有効票数=27万8871票。定員6)の例をとりたい。
 まず、有効票数を6(議席)で割ると4万6479(小数点以下、四捨五入)という基数(「ヘア基数」)が得られる。
 各政党が獲得した票数を「ヘア基数」で割る。例えば、民主建港協進聯盟(「民建聯」。名簿筆頭は蔣麗芸で、5人の候補者を擁立)の場合、九龍西区で1番多くの票(全部で5万2541票)を獲得した。
 この「民建聯」の得票数を「ヘア基数」で割ると、1.1304(小数点以下、切り捨て)の値が得られる。すると、1以上なので、無条件に1議席が与えられる(もし2以上ならば、無条件に2議席獲得)。しかし、1.1304から1を引くと、残りは0.1304しかない。
 一方、「青年新政」の游將(同地区で1人だけの立候補)は、2万643票獲得した。同票を「ヘア基数」で割れば、0.4441(同)が得られる。この値は、「民建聯」の剰余部分の0.1304よりも上位となり、游將が当選した。
 周知のように、我が国の場合、比例代表制では「ドント方式」を採用している。
 ある地域(定員2)でA政党が10万票獲得したとしよう。これに対し、B政党は3万票しか得られなかったとする。「ドント式」だと、獲得票を整数の1、2、3と順に割っていく。
 すると、A政党の得票数は、2で割ると5万票なので、B政党の3万票よりも多い。そのため、A政党は2議席獲得することになる。
 したがって、かりに香港で「ドント方式」で当選が決まるならば、游將は当選できなかったのである。

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