澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -103-
タイム・エコノミストも閲覧不可にする中国

政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年4月3日、「パナマ文書」の一部が公表され、世界中がパニックに陥っている。各国のVIPや機関・企業らが脱税・資産隠し・資金洗浄等に関わっている可能性があるという。
 目下、中国では、「反腐敗運動」が展開されている。習近平政権も「パナマ文書」に敏感に反応した。早速、北京政府は、国内で「パナマ文書」を閲覧できないようにしている。
 習近平主席の親族(長姉の夫、ケ家貴)が、タックスヘイブン(租税回避地)のペーパーカンパニーで脱税・資産隠し(マネーロンダリングも?)を行っているのが知れ渡れば、大スキャンダルとなる。
 習主席(「太子党」)は、自分の一族が必ずしも清廉潔白でないにもかかわらず、多くの政敵を失脚させ、裁判にかけている。中には取調べに耐えかねて自殺した高官も少なくないだろう。
 一方、習政権から攻撃を受けている「上海閥」(「パナマ文書」には、劉雲山・張高麗の親族名も記載)や「共青団」は、習近平主席に対し虎視眈々と反撃のチャンスを窺っているに違いない。

 さて、ほぼ時期を同じくして、北京政府が、今度は、米『タイム』誌・英『エコノミスト』誌電子版の閲覧を不可にしたのである。前者は今年3月31日、「(仮訳)中国主席が個人崇拝を打ち立てる」というタイトル記事を掲載した。また、後者は翌4月2日、「(仮訳)全能の主席」というタイトル記事を掲げている。
 『タイム』誌は、習近平主席が、経済・安全保障・外交からインターネット・環境・東シナ海や南シナ海での紛争に至るまで、すべて自分で指揮を執っていると指摘した。
 他方、『エコノミスト』誌では、あのケ小平でさえ長老に対しては気を遣い、慎重に振る舞ったが、習主席は毛沢東同様、自分の好きなように振る舞っていると酷評した。
 確かに、昨年秋から今年にかけて香港で起きた「銅羅湾書店事件」(引金は、同書店が『習近平とその愛人たち』を出版か)を見ればわかる通り、中国公安が外国籍・香港籍を持つ人間でも海外や香港で勝手に拉致・拘束し、中国大陸で取り調べている。『タイム』誌・『エコノミスト』誌の指摘は正鵠を射ているのではないか。
 これらの記事は、習近平主席を不愉快にしただろう。ひょっとして、習主席の側近らが、主席の気持ちを“忖度(そんたく)”して、『タイム』と『エコノミスト』の閲覧を不能にしたのかもしれない。
 ただし、中国での閲覧を制限する「グレート・ファイア・ウォール」(防火長城)が、海外からの情報をどれほどシャットアウトしているのか不明である。また、中国の「ネット・ポリス」がどれくらい国内に侵入した情報を探し出し、消去しているのかわからない。

 ところで、かつて薄熙来が重慶市で「唱紅打黒」(共産主義革命を賛美し、マフィアを撲滅する)運動を起こした。薄の政策は、多くの市民から熱狂的な支持を得ていたのである。
 だが、胡錦濤政権は、薄熙来が「第2の文化大革命」を企図している“危険人物”だとみなした。たまたま、2012年2月、「王立軍事件」(薄熙来の片腕だった王が成都の米領事館へ逃亡)が起きている。その翌3月、胡政権はそれを口実に薄を失脚させた。
 その頃、胡錦濤主席は、自分の身の周りにいた習近平副主席(当時)こそが、“真の危険人物”(集団指導制を無視し、独裁制を敷き、「第2の文化大革命」を起こそうとしている)だとは見抜けなかった。
 今や、習近平主席は「第2の毛沢東」を目指し、“個人崇拝”を官製マスメディアにも強要している。

 既報の如く、今年2月19日、習近平主席が新華社・人民日報社・CCTVを訪問し、党(正確には習主席自身)への絶対的忠誠を求めた。だが、すぐに一部のマスメディア(例えば『南方都市報』や「新華社」)から反発が起きたことは記憶に新しい。※参照:チャイナウォッチ-92-
 さらに、4月10日、北京市委員会宣伝部が管轄する『新京報』が、「記者の正常な報道と国家の安全は、何の関係があるのか?」という一文をネットに掲載している(まもなく、その文章は削除された)。
 『新京報』は、本当の脅威は往々にして、国家の安全ではなく個人の安全である、と言明した。そして、官僚と記者間の衝突はごく正常な事であり、もし(両者間にある種の)「暗黙の了解」があれば、犠牲になるのは公衆の知る権利である、とも主張している。
 文章の終わりには、この文はすでに国家の安全部門へ送っていると書かれていた。そこには、記者らの名前と連絡先が明記されている。矜持を持つ彼らは、職を賭して、あるいは、自分(や家族)の生命を危険に晒しながら、覚悟の抗議をしている。これこそが、ジャーナリストの鑑ではないか。


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