去る5月4日、米国のジェームズ・クラッパー国家情報局長(DNI)がソウルを秘密訪問し、米朝平和協定の交渉と関連して韓国側の立場を打診した。同局長は韓民求国防部長官や国家情報院の当局者に会って、米国が北朝鮮と平和協定に関する交渉を行う場合、韓国が譲歩できる範囲についても尋ねたという。
これまで米韓両国は北朝鮮が非核化を決定しない限り平和協定の議論はしないと表明してきた。中国も最近、非核化を前提に米朝平和協定の締結を提案したともいわれる。しかし北朝鮮は36年ぶりの党大会で改めて核保有国宣言を行った。
ここで米韓両国が忘れてはならない教訓は1973年、米国が北ベトナムと和平協定を締結したが、1975年、南ベトナム政府が北ベトナムの侵攻を受けて崩壊した先例である。ベトナムでの悲劇は朝鮮半島でも繰り返される危険性がある。
北朝鮮は平和協定による米軍撤退後の南ベトナム政府崩壊先例を真似ている。北朝鮮は先の党大会で南北軍事会談や米国との平和協定を提案しながらも、核開発と経済発展の「並進」を示す矛盾を見せている。平和攻勢を通して在韓米軍を撤退させ韓国を赤化統一する北朝鮮の戦略は永遠に変わらないのだ。
米国と北ベトナムの和平協定を推進した当時のキッシンジャー米国務長官は、回顧録で「ベトナム共産化を阻止できなかったのは、米国の反戦・平和運動のためであり、結局、北ベトナムに騙されたからだ」と後悔した。米の政策ミスでベトナムが共産化され106万人の難民(ボートピープル)が発生、うち11万人が海上で命を失った。さらに900万の南ベトナム人が逮捕され、北ベトナムに協力した反政府系の5万人処刑された。「反政府左派の連中は共産国家に変わっても再び裏切る」ということで、北ベトナム側への協力者たちが優先的に処刑されたのだ。
当時、南ベトナムでは北ベトナムの工作員に包摂された人々が5万人もいて、その中には大統領秘書室長、野党指導者、宗教指導者、軍将校も多かった。現在、韓国には左翼・左派系の人物が5万人いて、親北左派を含めると約500万人と推定されている。
過去のベトナム反戦・平和運動と現在の韓国の平和ボケの雰囲気は似ている部分が多い。米韓は南ベトナム滅亡の教訓を忘れず、半島の危機発生を前もって遮断すべき時期である。