今回は、防衛省大臣官房審議官の松尾友彦氏をお招きし、令和8年版『防衛白書』についてご説明いただいた。その概要を以下に記す。
令和8年版防衛白書は「未来につながる安全保障」をテーマとし、特に①新しい戦い方 ②防衛生産・技術基盤 ③人的基盤強化――を重点的に記載した。日本周辺の主要な安全保障上の懸念としては中国、北朝鮮、ロシアがあり、中国を「これまでにない最大の戦略的挑戦」、北朝鮮の核・ミサイル開発を直接的な脅威として位置付けられる。また、東アジアでもロシアによるウクライナ侵攻のような深刻な事態が起こり得るという認識を持っている。
中国の動向
中国軍が宮古海峡を通過して太平洋へ活動範囲を広げ、硫黄島・南鳥島周辺まで空母機動部隊を展開して訓練したことを重視している。太平洋正面では、戦闘機を展開できる拠点やレーダー網が限られるため、太平洋防衛、レーダー整備、施設整備が喫緊の課題である。
中国の国防費と海空軍力は急速に増大し、日本は装備数で優位に立てない。また、中国は数量だけでなく、第4・第5世代戦闘機などの性能も向上させており、台湾周辺の演習も実戦的・常態的なものへ変化している。
中露協力
中露軍事協力は共同航行段階から、爆撃機・戦闘機・情報収集機を連携させるより高度な共同活動へ進展している。ロシアもウクライナ侵略を継続しながら極東での軍事活動を低下させておらず、オホーツク海や北方領土周辺を含む地域で軍事態勢を維持している。
北朝鮮の動向
北朝鮮が多数の弾道ミサイル発射を続ける一方、近年は発射数よりも能力向上に重点を移し、飛行中に機動するミサイルなど次世代技術を追求している可能性がある。また、北朝鮮がロシアへ弾薬・兵員を提供する見返りに、ミサイル・核技術やウクライナ戦争の戦闘経験を得る可能性が懸念される。
新しい戦い方
「新しい戦い方」の中心として、安価で大量運用できる無人機、AI、ネットワーク化、サイバー・電磁波・宇宙領域が挙げられる。ウクライナ戦争では民生用ドローンへの爆発物搭載、電波妨害に対抗する光ファイバー操縦、自爆型・長距離型無人機による後方インフラ攻撃が進展している。数百万円程度の無人機を撃墜するために数千万円から数億円規模のミサイルを使用する場合もあり、防御側の費用負担が極めて大きい。従来の「攻める側が守る側の3倍の兵力を要する」という考え方は当てはまらない。AIとクラウドを用いて各種情報を統合・分析し、指揮官の意思決定を支援することで、情報収集、判断、命令、効果評価の循環である「バトルリズム」を高速化することが戦闘上の優位につながる。
日本の防衛政策
日本の防衛政策は、①日本自身の防衛体制の強化 ②日米同盟による共同抑止・共同対処、③同志国等との連携――という3つのアプローチで構成される。国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画から成る戦略3文書は年末に改定予定だ。防衛関連経費を2022年度GDP比2%程度へ5年間で引き上げる計画については、4年間で到達した。ただし、防衛省・自衛隊に直接使われる額はGDP比約1.7~1.8%程度で、残りには海上保安庁や港湾・空港の整備等が含まれる。令和8年度当初予算は約8兆8,000億円であり、その多くが人件・糧食費、教育訓練、燃料、修理などの維持費に充てられる。装備品購入等に回る割合は19.4%程度で、予算増だけでは自由に最新装備を増やせない構造がある。物価高・円相場・部材価格上昇により、艦艇や哨戒機の調達価格が当初計画より約5割上昇した例もある。防衛力整備計画を達成するには、限られた予算を効率的に執行する必要がある。
同盟国・同志国との連携
米国の「アメリカ・ファースト」政策下でもインド太平洋における対中抑止と日米協力の重要性は維持されている。日米共同訓練は即応性を重視し、南西地域での長距離ミサイル・システムなども活用する、より実践的な内容へ深化している。
同志国連携ではオーストラリア、フィリピン、ASEAN諸国を重視する。日本は最上型護衛艦をオーストラリアへ供給し、初期の3隻を日本で建造、残りを豪州国内で建造する方針である。また、フィリピンへの練習機・レーダー供与や、退役予定のあぶくま型護衛艦移転も協議を進めている。また、日英伊共同の次期戦闘機開発GCAPは、政府間・企業間双方の共同枠組みを整えた重要な国際共同開発である。
防衛生産と技術基盤
防衛生産・技術基盤は「防衛力そのもの」と位置付けられ、民間企業、スタートアップ、デュアルユース技術の向上に積極的に取り込む方針だ。装備移転5類型の撤廃により輸出の選択肢が広がったが、目的は利益ではなく、装備の共通化を通じた同志国との安全保障協力の強化である。
以上が、松尾氏が説明による今年度の防衛白書の概要だが、政府は年末に戦略3文書を改定する方針であり、それによって来年の白書の記述は大きく変更される可能性がある。今回の防衛白書では「新しい戦い方」をめぐる動向に多くの紙幅が割かれたが、現在、無人機(ドローン)、AI、サイバー、宇宙領域が活用されているウクライナ戦争を通じて、次々に戦い方が更新されている。各国もこの外交力、情報力、軍事力、経済力、技術力(DIMET)を最大限活用する「新しい戦い方」への備えを急いでいる。日本の新3文書がどのような進展を見せるのか、その発表を待ちたい。