今回はJFSS特別顧問のケビン・メア氏をお招きし、第二次トランプ政権における閣僚人事や日米同盟への影響などについてお話いただいた。
以下、同氏の発言を簡単に記す。
第二次トランプ政権の「危うい」閣僚人事
世界が注目した米大統領選から2週間が経ち、いよいよ来年1月に発足する第二次トランプ政権の閣僚候補が次々に発表される中で、メア氏は国務長官に指名されたマルコ・ルビオ氏と大統領首席補佐官に指名されたスーザン・ワイルズ氏の2名を高く評価している。ルビオ氏は「伝統的な共和党員」であり、中国やロシアの脅威をよく理解している。ワイルズ氏も「仕事が出来る」プロフェッショナルとして評判が良い。
但し、メア氏は一部の閣僚に危険な人物が指名された点も指摘した。司法長官に指名されたマット・ゲーツ氏は過去にFBI(米連邦捜査局)の捜査、現在も米下院倫理委員会の調査対象となっており、未成年女性の買春容疑に関してはFBIによる起訴こそ免れたものの今も下院倫理委員会の調査は続いている。ゲーツ氏はトランプ氏と共に過激な「FBI解体論」を掲げている。
国家情報長官に指名されたトゥルシー・ギャバード氏も危うい。下院議員時代の2017年にシリアを訪問した際、同地のアサド独裁政権やロシアに米の機密情報を提供した疑いが持たれている。元民主党員のギャバード氏は親露派、親ISIS派としても知られており、ギャバード氏が米の国家機密を一手に取り扱う国家情報長官としては「最も不適格な人物」であるとメア氏は指摘した。
トランプ氏は選挙中から「報復」という単語を繰り返し使っており、「大統領に当選した暁には自身の政治的ライバルを攻撃する」と明言してきた。今回の閣僚人事も第一次政権時代に「反トランプ」を掲げていた人物や組織への報復の一環であろう。
第二次トランプ政権の国防長官人事と米軍上層部との確執
メア氏が第二次トランプ政権の閣僚人事の中で特に危惧しているのは、国防長官に指名されたFOXニュースの元司会者、ピート・ヘグセス氏だ。
トランプ氏は来年1月の大統領就任後、委員会を立ち上げて米軍高官全員の「審査」を行い、不適格者は審査後1ヵ月以内に退役させると言っている。但し、国防長官の主な役割は議会との関係や国務省との調整など政治的なものが多く、実際に組織としての国防総省を動かすのは副長官になる。国防副長官に誰が就任するかによって、審査への影響も出て来るだろう。
第二次トランプ政権が委員会の設立を焦る背景には近年、米社会で台頭している「DEI」(多様性・公平性・包含)と呼ばれる「黒人活躍のためのイニシアチブ」やこれを支持する「ウォーク」(「目覚めた人々」)に対する米保守派の反発がある。現在の米軍統合参謀本部議長は「DEI」に理解を示した黒人のチャールズ・ブラウン空軍大将であり、第二次トランプ政権は社会的少数者として同種の思想を支持する黒人・ラテン系の軍高官の多くを退役させる可能性がある。
また、第二次トランプ政権下で設立される委員会が軍の人事に介入することは「軍の政治化」につながる恐れがあるとメア氏は述べる。これまでの軍は大統領にアドバイスを行う際、政治的な意図を排除しどのような軍事的オプションがあるのかを冷静に提案してきた。だが今後は軍全体が大統領による「クビ」を恐れて委縮し、米が正しい軍事的選択を採れなくなる可能性がある。
日米同盟の今後
第二次トランプ政権下の日米同盟の今後に関し、メア氏は多くの可能性を示唆した。特に台湾を含めた東アジア情勢へのウクライナ戦争の影響は想像以上に大きい。トランプ氏は「ウクライナ戦争を直ちに停戦へ導く」と常々語っているが、どのような方策で実現するか不透明だ。米のウクライナ軍への兵器供与停止については共和党内でも意見が割れているが、もし供与が止まる場合はロシアが戦争に勝利するだろう。「米が不介入主義に回帰した」と習近平が見做す場合、それは即、台湾海峡危機の激化から中国による台湾侵攻の可能性が高まる。
対中抑止の観点から日米同盟を深化するためのステップは多岐にわたる:例えば、1)「基地の共同利用」、2)「自衛隊と米軍のシステム統合」、3)「武器・弾薬の共同生産」である。基地の共同利用については日米地位協定に関係なく相互に行うことが出来る。
一方、日本の中には自衛隊のシステムを米軍のものに接続することで「米に指揮権を奪われてしまうのではないか」という声もある。だが、メア氏は「指揮権は日本側に残る。米側は誰も日本の防衛ネットワークを取り上げたいと考えていない」とこの可能性を強く否定した。むしろ計画中の「日米統合火力ネットワーク」(JFN)のためにも「米とのシステム統合を急いだほうが良い」とメア氏は語る。武器・弾薬の共同生産では世界的に不足している米製空対空・地対空ミサイルの日本でのライセンス生産、そして重厚長大な新兵器はもはや古く、ドローンなど先端装備開発に注力すべきである。
日米同盟に関し、石破氏は自民党総裁当選直後から「日米地位協定の改正」を掲げているが、弁護士でもあるメア氏は同協定を熟読した上で「これは日本の一部世論が言うような、犯罪を犯した米兵が“米軍基地に逃げ込めば無罪”というような『不平等条約』では無い」と結論付けた。また同協定は改正手続きの煩雑さから正式に改正されたことが無いが、解釈変更等で日米は協力関係にある。犯罪者は米軍側で起訴された後に日本へ身柄を引き渡すだけのことである。
毎度ながら、石破氏のズレた「安全保障観」には閉口させられる。
『防衛白書』(以下、白書)は昭和45(1970)年から毎年発行され、「国内外の出来るだけ多くの方に出来るだけ平易な形で我が国防衛の現状と課題、防衛省・自衛隊の取り組みについて周知を図り理解を得ること」を目的としている。
今年は自衛隊発足70周年であると共に防衛白書が初版から50回目の発行を迎えた節目であり、表紙のコンセプトには我が国の防衛力、抑止力が戦略三文書を踏まえて順調に強化されつつある様と今後もたゆまぬ努力を続ける決意を表明する意味で「刀鍛冶」の絵が採用された。
今回は防衛省から弓削州司大臣官房審議官をお招きし、『令和6年版防衛白書』についてご説明いただいた。
令和6年版白書は下記4つの点に重きを置いている。
①不確実性を増す我が国を取り巻く安全保障環境
②防衛力の抜本的強化の7つの分野の進捗
③防衛生産・技術基盤、人的基盤
④国全体の防衛体制強化のための取り組み
我が国を取り巻く安保環境の中で、白書は特に中露軍事協力の深化と中台軍事バランスの変化を取り上げている。ロシアは台湾独立に反対し、中国もNATOの動向に重大な懸念を示すなど中露両国は互いの「核心的利益」を相互に支持する姿勢を確認し、国際社会に対して「戦略的連携」を広くアピールしている。中台軍事バランスは全体的に中国側に有利な方向に急速に傾斜しつつあり、特に2024年5月の中国による台湾周辺での軍事演習では海警船の演習参加や台湾離島周辺での演習実施が初めて公表された。人民解放軍と海警の連携や台湾離島での作戦を含む台湾侵攻作戦の一部が演練された可能性が高い。
このような風雲急を告げる周辺情勢に対処するため、我が国は戦略三文書を踏まえた「7つの分野」での防衛力の抜本的強化を引き続き推進している。このうち、令和6年度はスタンド・オフ防衛能力において12式地対艦誘導弾能力向上型(地上発射型)の配備とトマホーク巡航ミサイルの取得を1年前倒して令和7年度から行うことを決定し、統合防空ミサイル防衛能力では極超音速滑空兵器(HGV)対処のための滑空段階迎撃用誘導弾の日米共同開発も決定。また、日豪・日英円滑化協定の発効、日米韓による北朝鮮ミサイル警戒データのリアルタイム共有など同志国などとの連携も深化しつつある。指揮統制面でも、今年度末には陸海空自衛隊の一元的な指揮を行い得る常設統合司令部として「統合作戦司令部」の新設が予定され、「7つの分野」の1つである領域横断作戦の平素からの能力練成が可能になる。
我が国を巡る安全保障環境は過去に例を見ないほど厳しい状況に陥っている。白書表紙の「刀鍛冶」には自衛隊が発足以来、「刀を抜かないために」必死で抑止力たる刀を鍛え上げ、我が国に対する武力侵攻を未然に防いできたという意味も含まれている。その「抜かずの刀」はスタンド・オフ防衛能力や領域横断作戦能力といった新しい要素を取り入れつつ、時代と共に進歩してきた。これから変化が求められるのは我々国民の安全保障に対する意識であろう。
質疑応答では、今年も「専守防衛」不要論の話題で白熱した議論が交わされた。
参考:防衛省ホームページ 『令和6年版(第50号)防衛白書』(PDF)
https://www.mod.go.jp/j/press/wp/wp2024/pdf/R06zenpen.pdf