Key Note Chat 坂町

第185回
第二次トランプ政権を見据えた今後の日米同盟

 今回はJFSS特別顧問のケビン・メア氏をお招きし、第二次トランプ政権における閣僚人事や日米同盟への影響などについてお話いただいた。
 以下、同氏の発言を簡単に記す。

第二次トランプ政権の「危うい」閣僚人事

 世界が注目した米大統領選から2週間が経ち、いよいよ来年1月に発足する第二次トランプ政権の閣僚候補が次々に発表される中で、メア氏は国務長官に指名されたマルコ・ルビオ氏と大統領首席補佐官に指名されたスーザン・ワイルズ氏の2名を高く評価している。ルビオ氏は「伝統的な共和党員」であり、中国やロシアの脅威をよく理解している。ワイルズ氏も「仕事が出来る」プロフェッショナルとして評判が良い。
 但し、メア氏は一部の閣僚に危険な人物が指名された点も指摘した。司法長官に指名されたマット・ゲーツ氏は過去にFBI(米連邦捜査局)の捜査、現在も米下院倫理委員会の調査対象となっており、未成年女性の買春容疑に関してはFBIによる起訴こそ免れたものの今も下院倫理委員会の調査は続いている。ゲーツ氏はトランプ氏と共に過激な「FBI解体論」を掲げている。
 国家情報長官に指名されたトゥルシー・ギャバード氏も危うい。下院議員時代の2017年にシリアを訪問した際、同地のアサド独裁政権やロシアに米の機密情報を提供した疑いが持たれている。元民主党員のギャバード氏は親露派、親ISIS派としても知られており、ギャバード氏が米の国家機密を一手に取り扱う国家情報長官としては「最も不適格な人物」であるとメア氏は指摘した。
 トランプ氏は選挙中から「報復」という単語を繰り返し使っており、「大統領に当選した暁には自身の政治的ライバルを攻撃する」と明言してきた。今回の閣僚人事も第一次政権時代に「反トランプ」を掲げていた人物や組織への報復の一環であろう。

第二次トランプ政権の国防長官人事と米軍上層部との確執

 メア氏が第二次トランプ政権の閣僚人事の中で特に危惧しているのは、国防長官に指名されたFOXニュースの元司会者、ピート・ヘグセス氏だ。
 トランプ氏は来年1月の大統領就任後、委員会を立ち上げて米軍高官全員の「審査」を行い、不適格者は審査後1ヵ月以内に退役させると言っている。但し、国防長官の主な役割は議会との関係や国務省との調整など政治的なものが多く、実際に組織としての国防総省を動かすのは副長官になる。国防副長官に誰が就任するかによって、審査への影響も出て来るだろう。
 第二次トランプ政権が委員会の設立を焦る背景には近年、米社会で台頭している「DEI」(多様性・公平性・包含)と呼ばれる「黒人活躍のためのイニシアチブ」やこれを支持する「ウォーク」(「目覚めた人々」)に対する米保守派の反発がある。現在の米軍統合参謀本部議長は「DEI」に理解を示した黒人のチャールズ・ブラウン空軍大将であり、第二次トランプ政権は社会的少数者として同種の思想を支持する黒人・ラテン系の軍高官の多くを退役させる可能性がある。
 また、第二次トランプ政権下で設立される委員会が軍の人事に介入することは「軍の政治化」につながる恐れがあるとメア氏は述べる。これまでの軍は大統領にアドバイスを行う際、政治的な意図を排除しどのような軍事的オプションがあるのかを冷静に提案してきた。だが今後は軍全体が大統領による「クビ」を恐れて委縮し、米が正しい軍事的選択を採れなくなる可能性がある。

日米同盟の今後

 第二次トランプ政権下の日米同盟の今後に関し、メア氏は多くの可能性を示唆した。特に台湾を含めた東アジア情勢へのウクライナ戦争の影響は想像以上に大きい。トランプ氏は「ウクライナ戦争を直ちに停戦へ導く」と常々語っているが、どのような方策で実現するか不透明だ。米のウクライナ軍への兵器供与停止については共和党内でも意見が割れているが、もし供与が止まる場合はロシアが戦争に勝利するだろう。「米が不介入主義に回帰した」と習近平が見做す場合、それは即、台湾海峡危機の激化から中国による台湾侵攻の可能性が高まる。
 対中抑止の観点から日米同盟を深化するためのステップは多岐にわたる:例えば、1)「基地の共同利用」、2)「自衛隊と米軍のシステム統合」、3)「武器・弾薬の共同生産」である。基地の共同利用については日米地位協定に関係なく相互に行うことが出来る。
 一方、日本の中には自衛隊のシステムを米軍のものに接続することで「米に指揮権を奪われてしまうのではないか」という声もある。だが、メア氏は「指揮権は日本側に残る。米側は誰も日本の防衛ネットワークを取り上げたいと考えていない」とこの可能性を強く否定した。むしろ計画中の「日米統合火力ネットワーク」(JFN)のためにも「米とのシステム統合を急いだほうが良い」とメア氏は語る。武器・弾薬の共同生産では世界的に不足している米製空対空・地対空ミサイルの日本でのライセンス生産、そして重厚長大な新兵器はもはや古く、ドローンなど先端装備開発に注力すべきである。
 日米同盟に関し、石破氏は自民党総裁当選直後から「日米地位協定の改正」を掲げているが、弁護士でもあるメア氏は同協定を熟読した上で「これは日本の一部世論が言うような、犯罪を犯した米兵が“米軍基地に逃げ込めば無罪”というような『不平等条約』では無い」と結論付けた。また同協定は改正手続きの煩雑さから正式に改正されたことが無いが、解釈変更等で日米は協力関係にある。犯罪者は米軍側で起訴された後に日本へ身柄を引き渡すだけのことである。
 毎度ながら、石破氏のズレた「安全保障観」には閉口させられる。

テーマ: 第二次トランプ政権を見据えた今後の日米同盟
講 師: ケビン・メア氏(JFSS特別顧問・元米国務省日本部長)
日 時: 令和6年11月15日(金)14:00~16:00

第184回
大丈夫か、石破政権

 今回はJFSS政策提言委員の田北真樹子氏をお招きし、石破政権の危うさや高市氏の自民党総裁選での敗因などについてお話いただいた。
 以下、同氏の発言を簡単に記す。
 
大丈夫じゃない「石破政権」
 石破氏が自民党総裁に選ばれた理由は安倍氏とも岸田氏とも違う批判勢力としてこれまで様々な言論を展開してきた点にある。だが、石破氏は総理就任後、今までの批判を全て封印してしまったため、石破氏に票を投じた自民党員の間では「話が違う」として不満が高まっている。
 石破氏の「政権批判」は中身について殆どアップデートされていない中で好き放題に批判していたことが明らかになってしまった。言ってみれば「いい加減な発言」を繰り返していた。同氏は総理就任後に国家安全保障局や公安調査庁など各所からブリーフィングを受けることで、「自分の認識は間違っていた」という結論に至ったと思われる。その最たるのが北朝鮮による日本人拉致問題である。石破氏は長年、問題解決のための連絡事務所を東京・平壌に置くと言っていたが、先週拉致被害者家族会と官邸で会った時には、この件について積極的な言及は避けた。これも「勉強」の成果ではないか。
 本当に危惧すべきは、石破氏が「自我に目覚めた時」、「自分の原点に戻り始めた時」だと田北氏は語る。これまでに確立した「石破ブランド」がある以上、彼はどこかで自我に回帰する可能性は否定できず、特に安全保障の面では自身を「安全保障のプロ」と認識しているため極めて危ない。但し、石破氏が防衛庁長官や自民党幹事長を務めた時代と今の日本を取り巻く安全保障環境は劇的に変化しており、今後自身の認識をアップデートすることが出来れば、国民にとっての不安材料は軽減される。
 
総裁選での高市氏の敗因
 高市氏が総裁選で敗北したことに関して、自民党員、自民党支持者の間で不満が高まっていることが、党内における最大の不安定要因となっている。一次投票では国会議員票(今回は368票)と党員・党友による地方票(約105万人の党員・党友票を合算し各候補者に比例で配分)があるが、決選投票では地方票が各都道府県1票ずつの47票となるため、自ずと国会議員票の比重が増す。2012年9月の総裁選で安倍氏が石破氏に逆転勝利した際もそうだったが「国会議員票を多く獲得した候補者が総裁になる」という現象が続いてきた。「国会議員は地方票に従うべきだ」という構造が生まれたのは小泉政権の時代だったが、現在では国会議員票の比重が増している。自民党の国会議員は派閥の締め付けが弱まった分、早朝から夕方まで活発な勉強会をするなど互いの力量を把握し、自ずと人間関係も篤くなり、よい環境にある。
 そんな中、高市氏が総裁選に出馬出来るまでに成長したのは、21年の総裁選で安倍氏の後押しがあったからこそであることは周知の通りだが、今回は高市氏の「支持者への配慮に欠ける」という前回の人物評が自身の足を引っ張った感が強く、事実、高市氏から離れていった国会議員も少なくない。一方、今回の総裁選で高市氏が多くの地方票を獲得するとの分析もあり、高市氏に懐疑的な見方をしていた国会議員の回帰もあったと聞く。
 このような状況下、地方票では1番が東京都、2番目が神奈川、3番目が埼玉、4番目が茨城だが、そのうち上位3つを高市氏が獲得した事実は侮れない。しかし、都道府県単位の決選投票では石破氏に敗れた。これは、決選投票前の5分間の両者の演説内容の影響が大きかったのではないか。石破氏は能登半島地震や豪雨災害への見舞いや自らの不備について謝罪した上で、「日本を守る」演説をコンパクトに纏め、ブレなかった。一方、高市氏はまず自身が「女性候補」であることを前面に出した上で、石破氏同様、見舞いや支持の礼を述べたが、極めつけは演説の最後に、高市氏がこれまで批判的であったはずの自公連立を「是」とし、支持者・支援者の期待を裏切る形となってしまったことだ。自ら「サッチャー」(強い指導者)を標榜している高市氏は、結局「乾坤一擲」、ここぞという場面では弱い政治家なのだということが露呈してしまった。
 
衆院選の見通しと今後の政策的継続性
 27日投開票まであと5日。新聞には「自民党単独過半数割れか」の記事が躍る。自民党あるいは自公連立で過半数を取れば、石破政権は「危機を克服した」となるが、逆の結果が出れば来年7月に選挙を控えた参院議員たちから石破降ろしの声が上がるのは必至となろう。
 日本の今後を占う衆議院選挙。我が国の行く末を厳しい目線で注視していきたい。
テーマ: 大丈夫か、石破政権
講 師: 田北 真樹子 氏(JFSS政策提言委員・産経新聞編集局編集委員室長兼特任編集長)
日 時: 令和6年10月21日(月)14:00~16:00

第183回
『令和6年版防衛白書』の説明会

『防衛白書』(以下、白書)は昭和45(1970)年から毎年発行され、「国内外の出来るだけ多くの方に出来るだけ平易な形で我が国防衛の現状と課題、防衛省・自衛隊の取り組みについて周知を図り理解を得ること」を目的としている。
 今年は自衛隊発足70周年であると共に防衛白書が初版から50回目の発行を迎えた節目であり、表紙のコンセプトには我が国の防衛力、抑止力が戦略三文書を踏まえて順調に強化されつつある様と今後もたゆまぬ努力を続ける決意を表明する意味で「刀鍛冶」の絵が採用された。
 今回は防衛省から弓削州司大臣官房審議官をお招きし、『令和6年版防衛白書』についてご説明いただいた。

令和6年版白書は下記4つの点に重きを置いている。

①不確実性を増す我が国を取り巻く安全保障環境

②防衛力の抜本的強化の7つの分野の進捗

③防衛生産・技術基盤、人的基盤

④国全体の防衛体制強化のための取り組み

 我が国を取り巻く安保環境の中で、白書は特に中露軍事協力の深化と中台軍事バランスの変化を取り上げている。ロシアは台湾独立に反対し、中国もNATOの動向に重大な懸念を示すなど中露両国は互いの「核心的利益」を相互に支持する姿勢を確認し、国際社会に対して「戦略的連携」を広くアピールしている。中台軍事バランスは全体的に中国側に有利な方向に急速に傾斜しつつあり、特に2024年5月の中国による台湾周辺での軍事演習では海警船の演習参加や台湾離島周辺での演習実施が初めて公表された。人民解放軍と海警の連携や台湾離島での作戦を含む台湾侵攻作戦の一部が演練された可能性が高い。
 このような風雲急を告げる周辺情勢に対処するため、我が国は戦略三文書を踏まえた「7つの分野」での防衛力の抜本的強化を引き続き推進している。このうち、令和6年度はスタンド・オフ防衛能力において12式地対艦誘導弾能力向上型(地上発射型)の配備とトマホーク巡航ミサイルの取得を1年前倒して令和7年度から行うことを決定し、統合防空ミサイル防衛能力では極超音速滑空兵器(HGV)対処のための滑空段階迎撃用誘導弾の日米共同開発も決定。また、日豪・日英円滑化協定の発効、日米韓による北朝鮮ミサイル警戒データのリアルタイム共有など同志国などとの連携も深化しつつある。指揮統制面でも、今年度末には陸海空自衛隊の一元的な指揮を行い得る常設統合司令部として「統合作戦司令部」の新設が予定され、「7つの分野」の1つである領域横断作戦の平素からの能力練成が可能になる。
 我が国を巡る安全保障環境は過去に例を見ないほど厳しい状況に陥っている。白書表紙の「刀鍛冶」には自衛隊が発足以来、「刀を抜かないために」必死で抑止力たる刀を鍛え上げ、我が国に対する武力侵攻を未然に防いできたという意味も含まれている。その「抜かずの刀」はスタンド・オフ防衛能力や領域横断作戦能力といった新しい要素を取り入れつつ、時代と共に進歩してきた。これから変化が求められるのは我々国民の安全保障に対する意識であろう。
 質疑応答では、今年も「専守防衛」不要論の話題で白熱した議論が交わされた。

参考:防衛省ホームページ 『令和6年版(第50号)防衛白書』(PDF)
   https://www.mod.go.jp/j/press/wp/wp2024/pdf/R06zenpen.pdf

テーマ: 『令和6年版防衛白書』の説明会
講 師: 弓削 州司 氏(防衛省大臣官房審議官)
日 時: 令和6年9月20日(金)14:00~16:00

第182回
『令和6年版外交青書』の説明会

『外交青書』(以下、青書)は昭和32(1957)年から毎年発行され、「日本外交に対する国民・諸外国の理解を深めることを目的とし、日本の①外交活動 ②国際情勢認識 ③外交政策を記述」したものである。
 今回は外務省から権田 藍 総合外交政策局政策企画室長をお招きし、『令和6年版外交青書』についてご説明いただいた。
 
 令和6年版青書は混迷極まる現在の国際情勢を以下の3つの要点でまとめている。
① 法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序に対する挑戦
② 「グローバル・サウス」と呼ばれる途上国・新興国の存在感などパワーバランスの変化がグローバル・ガバナンスに突きつける課題
③ 経済のグローバル化と相互依存の継続による影響
 
 この中で、青書が最重要視しているのは「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」の維持である。東アジアにおいても東シナ海・南シナ海における威圧や中露の軍事連携などを含む一方的な現状変更の試みが続き、我が国は「戦後最も厳しく複雑な安全保障環境」に直面している。青書は「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」という懸念を念頭に、2017年に当時の安倍晋三首相が打ち出した「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)構想の基本理念である「自由」や「法の支配」に加え、「包摂性」や「開放性」を尊重すると述べている。これにより、FOIPの理念を共有する輪を中東、アフリカ、中南米へと拡大しようとしている。また、日米豪印戦略対話(Quad)もFOIPの実現にコミットし、新興技術などでの実践的協力を推進する。
 日本外交の展望としては、戦後最も厳しく複雑な安全保障環境下に置かれている日本であるが、青書は「人間の尊厳」という最も根源的な価値を中心に据え、世界を分断や対立ではなく協調に導く事を掲げ、一方、国連を中心とした既存の多国間枠組みが困難に直面する現状において、我が国と同盟国・同志国との連携の重要性が相対的に高まっているとしている。
 対中関係に関しては昨年の青書では記載のなかった、我が国との「戦略的互恵関係の包括的推進」という文言が今年から復活した。政治・経済・軍事において国際社会で大きな影響力を有するに至った中国が「これまでにない最大の戦略的な挑戦」を試みており、我が国は総合的な国力と同盟国・同志国との連携によって対応を余儀なくされている。青書は我が国の対中安全保障にとって欠かすことが出来ない存在である台湾に関して、23年G7広島サミットにおいて合意された「両岸問題の平和的解決」という一文を取り上げているが、中国が「最大の戦略的挑戦」を我が国に仕掛けている中での「平和的解決」とは何かという事を認知戦の観点も踏まえ、常に定義し続けていかなければならない。
 安全保障に関する実務面では、令和5年から実施されている政府安全保障能力強化支援(OSA)はフィリピン、バングラデシュ、マレーシアなど東南アジア諸国との間で着実に進行しており、令和6年度はOSAに前年度比2.5倍の50億円の予算が付いた。外交と安全保障が相互に噛み合った歯車として機能し始めている現在、青書が掲げる我が国外交の「理想」が国際社会の「現実」にどう立ち向かっていくか、その行く末を注視したい。
 
参考:外務省ホームページ 『令和6年版(第67号)外交青書』(PDF)
 
テーマ: 『令和6年版外交青書』の説明会
講 師: 権田 藍 氏(外務省総合外交政策局政策企画室長)
日 時: 令和6年7月9日(火)14:00~16:00

第181回
米前政権中枢が語る米大統領選の行方と日米同盟

   今回はJFSS顧問の古森義久氏(麗澤大学特別教授)のご紹介により、フレッド・フライツ氏とスティーブ・イェーツ氏をお招きした。両氏は2021年、ワシントンD.C.に拠点を置く研究機関として開設された米国第一政策研究所(AFPI)の外交政策、中国問題の専門家で、同研究所には前政権時代の閣僚が数多く所属していると聞く。
 両氏は5月の頼清徳新政権発足直後の台湾訪問の後、日本に立ち寄ったところで、日程調整して下さり実現したものである。他に外務省を始め各メディアの取材を受けるなど、タイトなスケジュールをこなしたと聞く。現在、第二次トランプ政権発足に向けて、世界規模の安全保障についてどのようなアプローチを取るべきかを研究していると言う。
 以下、両氏の発言を簡単に記す。
 
 「アメリカ第一のアプローチ」(America First approach)について
 トランプ氏が現役時代からよく口にしている「アメリカ第一のアプローチ」(America First approach)は、専門家と称する人達がよく言う「アメリカ孤立主義」ではなく、海外への派兵や外国との条約交渉といった対外的な場面で常にアメリカ国民の利益を第一に考えるということであり、当然同盟国との関係は重視される。但し、同盟関係を維持するためには同盟国が「公正な負担」に応じるかが重要であるとし、特に北大西洋条約機構(NATO)との関係性を重視していることから、ドイツとフランスに対する懸念を示している。
 また、日韓両国との同盟関係を軽視するのではないかとの報道があるが、それは現実的でない。フライツ氏、イェーツ氏両氏は、ディール・メーカー(交渉人)としてのトランプ氏の発言には誤解されやすい側面もあるが、反トランプ派による偏向報道、偽情報に惑わされず、日米同盟強化を重視しているトランプ氏の本心をしっかり見極める必要があると言う。
 
 米大統領選の行方と焦点となる国内・外交政策
 国境警備はアメリカにとって国家安全保障・国内治安上の重大な課題だが、バイデン政権によって国境警備政策が緩められたことにより、現在は何百万人もの不法滞在を許す最悪の情況となっている。トランプ氏は再選後直ちに南部国境を閉鎖し、犯罪者や違法薬物の売人、中国工作員のアメリカへの侵入を食い止めるだろうと話す。
 外交面ではバイデン政権の中東政策(特にイランに対する宥和政策)はトランプ支持者のみならず、同盟国イスラエルからも厳しい批判に晒されている。再選後は中東政策の抜本的改革がなされ、劇的な変化が期待される政策が打ち出されるだろうと言う。
 米中関係では、イェーツ氏が最近の台湾立法院での事件に触れ、「国民党内からも台湾の政党であるべきか、中国との統一を目指す政党であるべきか、という意見の衝突が見られる。日米は従来通りの政党であるべきとの姿勢を採る。それが共通の利害に繋がる」と述べた。
 また、対北朝鮮では、トランプ・金正恩首脳会談の成果として2022年まで長距離弾道ミサイルの発射実験を止める事に成功したことから、第二次政権発足後は金との個人外交を再開する可能性が高い。フライツ氏はトランプ氏に対して、米朝交渉再開の足枷となっている北朝鮮によるロシア支援中止を進言するつもりであると言う。
 
 第二次トランプ政権の閣僚候補達
 次期政権での閣僚入りが噂されているのはロバート・ライトハイザー氏(元通商代表)、ロバート・オブライエン氏(元国家安全保障問題担当大統領補佐官)、マイク・ポンペオ氏(元国務長官)、そして本日のスティーブ・イェーツ氏だ。一方、前政権時代に国防次官補代理を務めたエルブリッジ・コルビー氏は対中重視に傾いたことにより、トランプ氏の信任はなく、閣僚入りの可能性は低いとされる。
 
 世界で注目を集める米大統領選。「もしトラ」が「ほぼトラ」となり、それが現実となれば「アメリカ第一のアプローチ」が実践され、日米同盟もNATOも大きく後退し、安全保障に対する弱体化が進むのではないかとの分析が報道されているが、その解釈に大きな乖離があったことが明らかになった。国内外メディアによる「トランプ像」の本質を見極めるには、こうした米国に住む専門家の分析を直接聞けたことは有意義であった。
 日本は日本としての国益を追及し、日米で共有する同盟強化を進め、地域の安全保障と安定に万全の備えで臨んでいただきたい。
テーマ: 米前政権中枢が語る米大統領選の行方と日米同盟
講 師: フレッド・フライツ氏・スティーブ・イエーツ氏
日 時: 令和6年6月6日(金)14:00~16:00

第180回
日本とリトアニアの歴史的関係と両国の安全保障問題

  今回は、去る4月19日、駐日リトアニア大使館にオーレリウス・ジーカス大使を表敬訪問した事がきっかけとなり、是非「Chat」の講師をとお願いし、実現した。バルト3国の一番南に位置するリトアニアの豊かな森と6,000を超える湖、オレンジ色の屋根が続く美しい風景は、誰でも一度は行ってみたい国の1つであろう。

 しかしリトアニアはその地政学的位置からも想像されるように、辿って来た歴史は厳しく、そして複雑だ。日本は1919年1月、リトアニアを事実上の国家として承認し、1939年11月、「命のビザ」で知られる杉原千畝が領事代理としてカウナスに赴くも、ソ連の占領下に入ったため、翌年閉鎖された。そして、1991年1月、あの「血の日曜日事件」を経て、同年秋、ソ連からの独立が承認された。同時に日本・リトアニアの外交関係が復興し、自由・民主主義、法の支配、基本的人権の尊重など、価値観を共有する同志国としての交流を深めている。
 
 リトアニアには1253年にリトアニア大公国の初代国王としてミンダウガス王が即位した「建国記念日」に加え、1918年のリトアニア共和国としての最初の独立記念日、1990年のソ連からのリトアニア共和国独立回復記念日と1年に3回の国家主権に纏わる記念日がある。リトアニアはかつてユーラシア大陸の東西に広がる大国だった時代もあり、中でも一番誇りとしているのが14世紀頃の「リトアニア大公国」の時代である。リトアニア大公国は1569年にポーランドとルブリン同盟を結び、現在の約14倍に当たる面積を領有する大国となった。2020年にリトアニア、ポーランド、ウクライナ間で結成された地域連合「ルブリン・トライアングル」は、かつてのリトアニア・ポーランド同盟の再現とも言える。

 現在のリトアニアの外交政策は「ハリネズミ外交」と呼ばれている。自国を脅かす巨象のような大国に囲まれているリトアニアは、2004年にNATO加盟を果たした。91年の独立後も、常に国家防衛に注力し、ロシアがクリミア半島を占領(2014年)した翌年の2015年に、徴兵制を復活させた。
 また、それまでロシアに100%依存していたLNGは、ロシアがクリミアを獲った14年、国民の強い反対を押し切ってクライペダにLNGターミナルを建設した。同ターミナルの存在はウクライナ開戦後、リトアニアがロシア産LNG全面禁輸を達成する際に大きな貢献を果たした。風力・ソーラーなど再生可能エネルギーも活用し、30年までにエネルギー自給率100%を達成する予定だと言う。
「リトアニアは24時間365日続く緊張感の中に生きている。この事こそがリトアニアの生き残る道である」と述べた大使の言葉は、周辺国の脅威に晒されている日本の安全保障環境にあって、長い「平和ボケ」から覚醒できない我々日本人の胸を震わせ、大きな感動をもって受け止められた。「もし戦争が起こったら国のために戦うか」の問い(世界価値観調査)に、13.2%が「戦う」と答えた日本人の数字は世界最下位。これは戦後80年間の教育の賜物?であり、日本人の矜持を喪ってきた証と言えるだろう。

 研究者としての道を歩んで来られた大使は、平和な時代が続く限り、リトアニアは防衛よりも文化や教育に投資すべきであると考えていた。しかし、過去10年の世界の激変を目の当たりにするにつけ、防衛に対する投資の重要性を認識したと言う。リトアニアを取り巻く情勢で近年最も大きな変化はやはりウクライナ戦争である。リトアニアは世界最大規模のウクライナ支援国であるが、その根幹にあるのはリトアニア大公国がモンゴル帝国のヨーロッパ侵攻に対する防壁として機能した歴史だ。リトアニアの視点からすれば、現在のロシアはモンゴル帝国と同様の異質な侵略国であり、リトアニアは再びヨーロッパ文明の守護者としての役割を果たしたいという思いが強い。
 台湾を巡る情勢でもリトアニアの存在感は大きい。かつてのリトアニアは中国と港や鉄道の共同開発を検討するなど親中的な政策を採っていた。しかし、18年に中国がリトアニアにとって安全保障上の脅威であるという報告が為され、中国に代わって台湾との関係強化が進められた。20年には台湾の代表処がリトアニアに開設され、これに激怒した中国は在中リトアニア人外交官を全員追放した。24年現在も中国にはリトアニアの外交官は1人もいない。かつてリトアニアを支配した旧ソ連と同じ独裁主義国である中国はリトアニア人の間であまり好かれていない事から、今後、現在のリトアニアの対中政策が大きく転換する事は有り得ないとされている。

 人口約270万のリトアニアに、共産党は存在しない。「自分の国は自分で守る」「国家を危うくする干渉には耳を貸さない」を国家存続の第一に掲げ、大国からの誘惑を跳ねのけてきた。国民の強い国家観と愛国心は、凛として揺るがない。国家の矜持は国家の品格に繋がる。それは必ずしも領土の広さや人口、GDPに比例しないという事である。

 

テーマ: 日本とリトアニアの歴史的関係と両国の安全保障問題
講 師: オーレリウス・ジーカス 氏(駐日リトアニア共和国特命全権大使)
日 時: 令和6年5月31日(金)14:00~16:00