Key Note Chat 坂町

第189回日・パラグアイ関係、台湾・パラグアイ関係から考える日本のあり方

 今回は前駐パラグアイ大使の中谷好江氏をお招きし、遠く南米の国パラグアイについてお話いただいた。中谷氏は女性初の駐パラグアイ日本大使であり、2020年9月の大使就任当時、約150名の日本大使の中で5名いた女性大使のお一人であった。
 パラグアイの国土面積は40.7万㎢、日本の約1.1倍、人口は埼玉県とほぼ同じの約700万人。ブラジル、アルゼンチン、ボリビアと国境を接し、「南米のへそ」と呼ばれる内陸国である。政情不安定な国が多い南米にあってパラグアイの政治は非常に安定しており、特に1993年の民政移管後は日本の自民党政権に似た中道右派政権が誕生し現在に至る。
 地理的には平地が多く、「北海道のような国」だという。パラグアイは大豆、牛肉の輸出国でもあり、中谷氏は特に牛肉は日本人の口に合うことから、日本への輸出実現に向けて努力することに期待を寄せた。穀物自給率は200%超を誇るとか。カロリーベースの食糧自給率がわずか38%の日本としては羨ましい限りだ。
 パラグアイはまた「ひとひらの肉で魂は売らない」という「侍魂」の国でもある。大の親日国である同国はFOIP、ALPS処理水の海洋放出でも日本への支持を表明。国内に居住する約1万人の日本人/日系人コミュニティには「古き良き昭和の日本」がそのまま残っており、美しい日本語が健在しているという。今の日本語の略語を理解できない私にとっては何とも嬉しい話であった。
 一方、経済面では極端にリスクを避ける日本企業の撤退が相次ぐなど「政熱経冷」の状態が続いているそうだ。この状況を尻目に欧州企業は続々とパラグアイに進出している現状を聞くと、今の日本人には約90年前、パラグアイに渡った日本人移民の「開拓精神」は失われてしまったのかと残念に思う。
 
 台湾は過去6年間で6ヵ国との「断交」を余儀なくされた。現在12ヵ国との外交関係の中でパラグアイは1957年以来、南米で唯一、台湾外交を維持している国である。世界的なコロナ禍にあった2021年には中国がワクチンを餌にパラグアイに台湾との断交を迫ったこともあったが、当時のパラグアイ政府は頑としてこれを受け容れず、中国からの外交圧力と反政府的な国内世論の批判に耐えた。
 台湾とパラグアイは、自由・民主主義・基本的人権の尊重・法の支配といった「普遍的価値の共有」に加え、実利的な経済の結びつきを強化し、2018年には両国間で自由貿易協定が発効、貿易額は3.3倍に増えた。また、台湾によるパラグアイ支援も手厚く、パラグアイでの川魚の養殖支援や機動隊へのバイク提供等に加え、1,000人以上のパラグアイ人学生に奨学金を提供し技術者として育成してきたという。
 日本、そして米国が、台湾の主権を支持するパラグアイを支援すること、それ即ち我が国の国益に繋がるということである。
 混迷、対立、分断と無秩序な世界へと広がりつつある今、価値を共有する国との関係強化はあらゆる面での安全保障に繋がる。地球の反対側にあるパラグアイに思いを馳せた有意義な会であった。
テーマ: 日・パラグアイ関係、台湾・パラグアイ関係から考える日本のあり方
講 師: 中谷好江氏(JFSS顧問・前パラグアイ国駐箚特命全権大使)
日 時: 令和7年3月25日(火)14:00~16:00

第188回台湾の半導体事業を取り巻く日台関係と今後の課題

 今回は台湾のシンクタンク「国防安全研究院」(INDSR)から林彦宏氏をお招きし、主に世界最大の半導体製造企業である台湾のTSMCを中心に現在の日台関係と今後の課題についてお話いただいた。林氏はJFSS主催による世界初の公開シミュレーション「台湾海峡危機政策シミュレーション」に2年前から参加している。
 猛烈な勢いで世界に拡大するTSMCは今後、米国アリゾナ州に3工場の建設を予定しており、日本の熊本でも第2工場の計画が進んでいる。台湾本国では最先端の1.4nm(ナノメートル)プロセスの半導体製造計画が新竹や台中、高雄工場で進められている。林氏は「半導体のプロセスは小さければ小さいほど性能が良い。1.4nm半導体は計算能力が非常に高い為、AIに用いられる。何よりTSMCはこの1.4nm半導体で成功率98%という世界最高の製造技術を誇る」と述べた。
 日本でもラピダスの北海道工場の計画が進んでいるが、残念ながら現段階で製造が予定されているのはTSMCレベルに遥か及ばない40nmの半導体だ。また、TSMCにあってラピダスに無いのはサプライチェーンだ。1日3交代、24時間体制で稼働するTSMC新竹工場の周りには500社ほどのサプライチェーン企業があり、電話一本ですぐに駆け付けて来る。
半導体は今や国際経済だけでなく国際政治をも左右する戦略物資だ。同じ民主主義国家である日台は無理に競合するよりも相互に連携することが大事になってくるのではないか。
 経済面でTSMCが好調な一方、台湾の国内政治は厳しい。与党民進党は立法院で過半数割れし少数与党に転落。堅実に積み上げてきた防衛費も最大野党の国民党の抵抗によって多くの分野の予算が凍結された。頼清徳政権は中国の偽情報やサイバー攻撃への対処といった「レジリエンス」(困難や逆境を乗り越え回復する力)を最大の政策として掲げている。政府の各部署にも実現の為に発破を掛けているだけに国民党の激しい抵抗にはさぞ歯痒い思いをしていることだろう。
 中国の動きはどうか。林氏曰くアリババ創業者のマー氏のような中国共産党が追放した人材を呼び戻すほど中国経済の状況は悪く、台湾への武力行使は中国国内の状況が安定するまで恐らく出来ないのではないかとのことだ。半導体についてもオランダのASML社が先端半導体の製造に必要な極紫外線(EUV)露光装置を独占しており、アメリカが中国への売却を厳しく止めている。そのため、中国は先端半導体の製造を試みてはいるが上手くいっていない。
 今回は主に台湾のTSMCが世界シェアの6割を有する半導体の観点から日台関係や台湾の政情、中国の動きなど様々な話題と今後の課題を伺うことが出来た。
 2025年の世界は第二次トランプ政権の発足から激動続きである。台湾は国際関係の大きな変化に気付き行動している。果たして日本の現政権に現状を理解し、それに対峙する国際感覚と覚悟はあるのか。

 

テーマ: 台湾の半導体事業を取り巻く日台関係と今後の課題
講 師: 林彦宏氏(JFSS上席研究員(政治学博士)・台湾「国防安全研究院」秘書室主任)
日 時: 令和7年2月20日(木)14:00~16:00

第187回第二次トランプ政権と日米同盟

 1月20日、第二次トランプ政権がスタートしたその日、トランプ氏は26の大統領令に署名し、第一次政権に続く「米国第一主義」を内外に示した。自らを「タリフマン」と呼ぶらしいトランプ氏は、早速、カナダ、メキシコ、中国への関税措置を表明。また、「メキシコ湾」を「アメリカ湾」に、グリーンランドを米国の所有に、パナマ運河の管理、運営権を米国に戻し、NATO、欧州諸国の防衛費を2%から5%に、移民問題への取組・・・等々、強気の発言が続く。その殆どが中国の覇権主義拡大による安全保障強化政策に繋がる。
 今年初の「Chat」は、ケビン・メア氏をお招きし、第二次トランプ政権における今後の日米同盟の行方などについてお話いただいた。まず、政権の最重要ポストの1つである国務長官にはマルコ・ルビオ氏を任命したが、国防長官のピーター・ヘグセス氏は巨大組織を管理した経験は無く、国防副長官のスティーブン・ファインバーグ氏は小規模な投資ファンドを管理した経験しかない。経験不足、かつ無名な政治家が多いようだ。しかし、これまで日米同盟は幅広く成熟した関係を構築してきたし、敵対する中国問題でも認識を共有していることから、同盟関係への大きな変化は生じないと氏は言う。
 2月7日は初の日米首脳会談だが、石破首相に期待を寄せる声は聞こえて来ない。所謂「お土産」も準備されているようだが、トランプ氏が石破氏の理屈っぽいネチネチした話に真摯に耳を傾けてくれるかを心配する声の方が多い。安倍氏とトランプ氏に見てきたような親密な関係を築くことはまずないことは確かだ。
 石破氏は衆院予算委員会で「(日米)同盟を新たな高みに引き上げる」と述べた。覇権主義を強硬に推し進める中国に敢然と向き合うトランプ氏だが、石破氏はどのような国家戦略でこれに臨み、かつトランプ氏との信頼関係を築き「高みに引き上げる」のか。自由で開かれたインド太平洋、クアッド、核保有国を隣国に持つ日本の立ち位置と役割についての理解と共有は果たしてどこまで発展するのか。台湾有事についてはどうなのか。
 大統領就任前の1月7日、トランプ氏はNATO加盟国に対しGDP比2%から5%の防衛費増額を要求し、バルト三国や東欧諸国からは既にこれに同調する声が相次いでいる。日本への増額も求められる可能性が高いとされる中、メア氏曰く、日本は「防衛力整備計画」に基づき防衛予算を大幅に増額したこと、F-35戦闘機やイージスシステム等、防衛装備品の購入を増やしていること―この2点をアピールすべきとした。また、在日米軍の経費負担増についても、増額分は寧ろ「日本の防衛能力向上」のために充てるとした方が賢明であるとメア氏は言う。
 前政権から一転して次々と大統領令と大胆な発言で強いリーダーシップを繰り広げるトランプ氏は、やはりディールの達人なのかも知れない。明らかに誤解を招く物事であれ大胆に投げかけ、反発や物議を醸しながらも、そこに相手側と国益をかけた対話が生まれ、問題の本質と対峙する。調整可能か、制裁か、戦争へと進むのか。そこには相当の覚悟なしでは動けないはずだが、それも全て想定内なのだろう。
 21世紀の四半世紀を生きる今、我々が見る世界は分断と対立と殲滅の世紀として歴史に刻まれるのであろうか。世界で最も強いリーダーを据えた米国の動向が注目される。

 

テーマ: 第二次トランプ政権と日米同盟
講 師: ケビン・メア氏(JFSS特別顧問・元米国務省日本部長)
日 時: 令和7年1月29日(水)14:00~16:00

第186回
この政権はどこへ行く?ー首相補佐官に聞くー

 今回はJFSS顧問・内閣総理大臣補佐官(国家安全保障担当)の長島昭久氏をお招きし、JFSS政策提言委員・産経新聞編集局編集委員室長兼特任編集長の田北真樹子氏を聞き手として主に来年1月の第二次トランプ政権誕生に伴う日米同盟への影響についてお話を伺った。
 以下、長島氏と田北氏の発言を簡単に記す。
 
安倍昭恵氏がトランプ次期米大統領との橋渡しを務めた
 まず12月15日に行われた安倍昭恵氏とトランプ次期米大統領の夕食会について、安倍元総理と第一次政権時代のトランプ大統領との信頼の深さによるものと、高く評価した。
 また、トランプ氏の「日本政府側からのアプローチがあれば、石破総理とはいつでも会う準備がある」との言葉が得られたことも、今の日本にとって有益だと述べた。来年1月20日の大統領就任式典前に石破総理とトランプ氏の会談が実現するかは不透明だが、トランプ氏から上記の言葉を引き出したという点で昭恵氏の果たした役割は大きい。
一方、日本政府が模索していた11月の南米でのG20後のトランプ氏との会談が不発に終わったことで、日本の国内世論の石破批判が高まっているとの見方だったが、長島氏は「我々政府としては外野の声に係ることなく米政府との関係構築に注力したい」と述べた。
 
第二次トランプ政権誕生で混乱は起きるのか
 第二次トランプ政権の閣僚指名者や実務者には優秀な人物が多いが、第一次政権時代にはトランプ氏の「感情」で政策が変わることが多々あった。第二次トランプ政権における「各種政策の継続性」を確認するため、11月に訪米した長島氏は「トランプ氏の姿勢は基本的には変わらない。4年間の準備期間中にトランプ氏に忠実な人物らを閣僚候補者に指名するための審査を重ねた。今回は秩序立った政権移行となるだろう」と述べ、「日本政府としては第二次トランプ政権の『上意下達』のスタイルは常に意識しておかなければならない」と付け加えた。更に「米国務長官や国防長官、国家安全保障担当大統領補佐官には日本政府の考えをしっかり伝え、これら米政府高官からトランプ氏に日本の考えをしっかり伝達してもらう仕組みを考えておかなければならない」と強調した。
 
日本の今後の安全保障政策と親和性が高いトランプ氏の安全保障観
 長島氏は第二次トランプ政権が掲げる2つの政策を例に挙げた。具体的には1)大統領就任後100日間は米の内政改革に注力する 2)対外政策ではウクライナ戦争と中東紛争を終結に導くことに注力する―というものだ。更に「これは対外政策の面でインド太平洋の安全保障を軽視するという意味ではなく、第二次トランプ政権はこれまでのやり方を踏襲し、インド太平洋の安全保障へのコミットメントを変化させることは無い」と付け加えた。
 トランプ氏の基本的な安全保障観は「力による平和」であり、戦争は避けるが抑止力を最大限活用する。また、各国に自国の国防に対する「自助努力」を要求し、出来ないのであれば米が手助けするが、その分の費用負担を各国政府に求めるというものだ。「その流れの中で日本は2027年までに防衛費の対GDP比2%への増額を目指すが、そこから先は安全保障環境を見据えつつ日本が独自に判断を行うだろう。日本が自国の防衛力向上のために自助努力を続けることはトランプ氏が掲げる安全保障政策との親和性が高い」と述べた。
 
第二次トランプ政権は現在進行中の対外政策の多くを継続する
 長島氏は11月の訪米を通じて、指揮統制構造の改革、南西諸島方面の日米共同プレゼンス拡大、ミサイル・弾薬の共同開発、日米両国政府が防衛装備品の開発・生産、維持整備を促進するために新設した定期協議「DICAS(ダイキャス)」など第二次トランプ政権における米の「対日政策の継続性」を確認した。
 トランプ氏は二国間の「ディール(取引)」を重視する印象が強いが、長島氏が米現地で確認したところでは日米韓、日米豪印(クアッド)、日米比といった多国間の枠組みを重層的に組み上げることでインド太平洋地域での抑止力と対処力を強化する重要性もトランプ陣営内で認識されており、多国間協調も政策として継続するとみられる。
 但しトランプ氏個人が「大統領としての意向」という形で、「政策の継続性」を超越する可能性は残されている。具体例としては北朝鮮の金正恩委員長とのトップ会談などが考えられる。トランプ氏独自の動きに関しては、日本側も臨機応変に対応していく以外、選択肢が無いというのが実情だ。
 日米台を含めた世界の安全保障環境がより厳しくなると予想されている2025年、石破総理は「有事の宰相」たり得るのか。長島氏からは今回、日本にとって最も重要な同盟国である米国の最新動向を伺うことが出来た。米側の動きを踏まえると、まさに石破政権の信念が問われる年となるであろう。
テーマ: この政権はどこへ行く?ー首相補佐官に聞くー
講 師: 長島 昭久 氏(JFSS顧問・内閣総理大臣補佐官(国家安全保障担当)) 聞き手:田北 真樹子 氏(JFSS政策提言委員・産経新聞編集局編集委員室長兼特任編集長)
日 時: 令和6年12月18日(水)17:00~18:00

第185回
第二次トランプ政権を見据えた今後の日米同盟

 今回はJFSS特別顧問のケビン・メア氏をお招きし、第二次トランプ政権における閣僚人事や日米同盟への影響などについてお話いただいた。
 以下、同氏の発言を簡単に記す。

第二次トランプ政権の「危うい」閣僚人事

 世界が注目した米大統領選から2週間が経ち、いよいよ来年1月に発足する第二次トランプ政権の閣僚候補が次々に発表される中で、メア氏は国務長官に指名されたマルコ・ルビオ氏と大統領首席補佐官に指名されたスーザン・ワイルズ氏の2名を高く評価している。ルビオ氏は「伝統的な共和党員」であり、中国やロシアの脅威をよく理解している。ワイルズ氏も「仕事が出来る」プロフェッショナルとして評判が良い。
 但し、メア氏は一部の閣僚に危険な人物が指名された点も指摘した。司法長官に指名されたマット・ゲーツ氏は過去にFBI(米連邦捜査局)の捜査、現在も米下院倫理委員会の調査対象となっており、未成年女性の買春容疑に関してはFBIによる起訴こそ免れたものの今も下院倫理委員会の調査は続いている。ゲーツ氏はトランプ氏と共に過激な「FBI解体論」を掲げている。
 国家情報長官に指名されたトゥルシー・ギャバード氏も危うい。下院議員時代の2017年にシリアを訪問した際、同地のアサド独裁政権やロシアに米の機密情報を提供した疑いが持たれている。元民主党員のギャバード氏は親露派、親ISIS派としても知られており、ギャバード氏が米の国家機密を一手に取り扱う国家情報長官としては「最も不適格な人物」であるとメア氏は指摘した。
 トランプ氏は選挙中から「報復」という単語を繰り返し使っており、「大統領に当選した暁には自身の政治的ライバルを攻撃する」と明言してきた。今回の閣僚人事も第一次政権時代に「反トランプ」を掲げていた人物や組織への報復の一環であろう。

第二次トランプ政権の国防長官人事と米軍上層部との確執

 メア氏が第二次トランプ政権の閣僚人事の中で特に危惧しているのは、国防長官に指名されたFOXニュースの元司会者、ピート・ヘグセス氏だ。
 トランプ氏は来年1月の大統領就任後、委員会を立ち上げて米軍高官全員の「審査」を行い、不適格者は審査後1ヵ月以内に退役させると言っている。但し、国防長官の主な役割は議会との関係や国務省との調整など政治的なものが多く、実際に組織としての国防総省を動かすのは副長官になる。国防副長官に誰が就任するかによって、審査への影響も出て来るだろう。
 第二次トランプ政権が委員会の設立を焦る背景には近年、米社会で台頭している「DEI」(多様性・公平性・包含)と呼ばれる「黒人活躍のためのイニシアチブ」やこれを支持する「ウォーク」(「目覚めた人々」)に対する米保守派の反発がある。現在の米軍統合参謀本部議長は「DEI」に理解を示した黒人のチャールズ・ブラウン空軍大将であり、第二次トランプ政権は社会的少数者として同種の思想を支持する黒人・ラテン系の軍高官の多くを退役させる可能性がある。
 また、第二次トランプ政権下で設立される委員会が軍の人事に介入することは「軍の政治化」につながる恐れがあるとメア氏は述べる。これまでの軍は大統領にアドバイスを行う際、政治的な意図を排除しどのような軍事的オプションがあるのかを冷静に提案してきた。だが今後は軍全体が大統領による「クビ」を恐れて委縮し、米が正しい軍事的選択を採れなくなる可能性がある。

日米同盟の今後

 第二次トランプ政権下の日米同盟の今後に関し、メア氏は多くの可能性を示唆した。特に台湾を含めた東アジア情勢へのウクライナ戦争の影響は想像以上に大きい。トランプ氏は「ウクライナ戦争を直ちに停戦へ導く」と常々語っているが、どのような方策で実現するか不透明だ。米のウクライナ軍への兵器供与停止については共和党内でも意見が割れているが、もし供与が止まる場合はロシアが戦争に勝利するだろう。「米が不介入主義に回帰した」と習近平が見做す場合、それは即、台湾海峡危機の激化から中国による台湾侵攻の可能性が高まる。
 対中抑止の観点から日米同盟を深化するためのステップは多岐にわたる:例えば、1)「基地の共同利用」、2)「自衛隊と米軍のシステム統合」、3)「武器・弾薬の共同生産」である。基地の共同利用については日米地位協定に関係なく相互に行うことが出来る。
 一方、日本の中には自衛隊のシステムを米軍のものに接続することで「米に指揮権を奪われてしまうのではないか」という声もある。だが、メア氏は「指揮権は日本側に残る。米側は誰も日本の防衛ネットワークを取り上げたいと考えていない」とこの可能性を強く否定した。むしろ計画中の「日米統合火力ネットワーク」(JFN)のためにも「米とのシステム統合を急いだほうが良い」とメア氏は語る。武器・弾薬の共同生産では世界的に不足している米製空対空・地対空ミサイルの日本でのライセンス生産、そして重厚長大な新兵器はもはや古く、ドローンなど先端装備開発に注力すべきである。
 日米同盟に関し、石破氏は自民党総裁当選直後から「日米地位協定の改正」を掲げているが、弁護士でもあるメア氏は同協定を熟読した上で「これは日本の一部世論が言うような、犯罪を犯した米兵が“米軍基地に逃げ込めば無罪”というような『不平等条約』では無い」と結論付けた。また同協定は改正手続きの煩雑さから正式に改正されたことが無いが、解釈変更等で日米は協力関係にある。犯罪者は米軍側で起訴された後に日本へ身柄を引き渡すだけのことである。
 毎度ながら、石破氏のズレた「安全保障観」には閉口させられる。

テーマ: 第二次トランプ政権を見据えた今後の日米同盟
講 師: ケビン・メア氏(JFSS特別顧問・元米国務省日本部長)
日 時: 令和6年11月15日(金)14:00~16:00

第184回
大丈夫か、石破政権

 今回はJFSS政策提言委員の田北真樹子氏をお招きし、石破政権の危うさや高市氏の自民党総裁選での敗因などについてお話いただいた。
 以下、同氏の発言を簡単に記す。
 
大丈夫じゃない「石破政権」
 石破氏が自民党総裁に選ばれた理由は安倍氏とも岸田氏とも違う批判勢力としてこれまで様々な言論を展開してきた点にある。だが、石破氏は総理就任後、今までの批判を全て封印してしまったため、石破氏に票を投じた自民党員の間では「話が違う」として不満が高まっている。
 石破氏の「政権批判」は中身について殆どアップデートされていない中で好き放題に批判していたことが明らかになってしまった。言ってみれば「いい加減な発言」を繰り返していた。同氏は総理就任後に国家安全保障局や公安調査庁など各所からブリーフィングを受けることで、「自分の認識は間違っていた」という結論に至ったと思われる。その最たるのが北朝鮮による日本人拉致問題である。石破氏は長年、問題解決のための連絡事務所を東京・平壌に置くと言っていたが、先週拉致被害者家族会と官邸で会った時には、この件について積極的な言及は避けた。これも「勉強」の成果ではないか。
 本当に危惧すべきは、石破氏が「自我に目覚めた時」、「自分の原点に戻り始めた時」だと田北氏は語る。これまでに確立した「石破ブランド」がある以上、彼はどこかで自我に回帰する可能性は否定できず、特に安全保障の面では自身を「安全保障のプロ」と認識しているため極めて危ない。但し、石破氏が防衛庁長官や自民党幹事長を務めた時代と今の日本を取り巻く安全保障環境は劇的に変化しており、今後自身の認識をアップデートすることが出来れば、国民にとっての不安材料は軽減される。
 
総裁選での高市氏の敗因
 高市氏が総裁選で敗北したことに関して、自民党員、自民党支持者の間で不満が高まっていることが、党内における最大の不安定要因となっている。一次投票では国会議員票(今回は368票)と党員・党友による地方票(約105万人の党員・党友票を合算し各候補者に比例で配分)があるが、決選投票では地方票が各都道府県1票ずつの47票となるため、自ずと国会議員票の比重が増す。2012年9月の総裁選で安倍氏が石破氏に逆転勝利した際もそうだったが「国会議員票を多く獲得した候補者が総裁になる」という現象が続いてきた。「国会議員は地方票に従うべきだ」という構造が生まれたのは小泉政権の時代だったが、現在では国会議員票の比重が増している。自民党の国会議員は派閥の締め付けが弱まった分、早朝から夕方まで活発な勉強会をするなど互いの力量を把握し、自ずと人間関係も篤くなり、よい環境にある。
 そんな中、高市氏が総裁選に出馬出来るまでに成長したのは、21年の総裁選で安倍氏の後押しがあったからこそであることは周知の通りだが、今回は高市氏の「支持者への配慮に欠ける」という前回の人物評が自身の足を引っ張った感が強く、事実、高市氏から離れていった国会議員も少なくない。一方、今回の総裁選で高市氏が多くの地方票を獲得するとの分析もあり、高市氏に懐疑的な見方をしていた国会議員の回帰もあったと聞く。
 このような状況下、地方票では1番が東京都、2番目が神奈川、3番目が埼玉、4番目が茨城だが、そのうち上位3つを高市氏が獲得した事実は侮れない。しかし、都道府県単位の決選投票では石破氏に敗れた。これは、決選投票前の5分間の両者の演説内容の影響が大きかったのではないか。石破氏は能登半島地震や豪雨災害への見舞いや自らの不備について謝罪した上で、「日本を守る」演説をコンパクトに纏め、ブレなかった。一方、高市氏はまず自身が「女性候補」であることを前面に出した上で、石破氏同様、見舞いや支持の礼を述べたが、極めつけは演説の最後に、高市氏がこれまで批判的であったはずの自公連立を「是」とし、支持者・支援者の期待を裏切る形となってしまったことだ。自ら「サッチャー」(強い指導者)を標榜している高市氏は、結局「乾坤一擲」、ここぞという場面では弱い政治家なのだということが露呈してしまった。
 
衆院選の見通しと今後の政策的継続性
 27日投開票まであと5日。新聞には「自民党単独過半数割れか」の記事が躍る。自民党あるいは自公連立で過半数を取れば、石破政権は「危機を克服した」となるが、逆の結果が出れば来年7月に選挙を控えた参院議員たちから石破降ろしの声が上がるのは必至となろう。
 日本の今後を占う衆議院選挙。我が国の行く末を厳しい目線で注視していきたい。
テーマ: 大丈夫か、石破政権
講 師: 田北 真樹子 氏(JFSS政策提言委員・産経新聞編集局編集委員室長兼特任編集長)
日 時: 令和6年10月21日(月)14:00~16:00