長野禮子
本日は米国の内政・外交に詳しい古森義久氏をお招きし、現在の米国事情と今年11月の米大統領選の行方について、お話いただいた。以下7つの点について簡単に記す。
《リベラルVS保守》
米国のリベラルは80年代、レーガン政権の出現により崩れた。リベラル派と保守派の勢力図が変わった。それまではリベラルが強く、日米関係を研究していたのは民主党系のブルッキングス研究所くらいだった。当時の日本のマスコミも米国のリベラル派とうまくやっていたが、1980年の大統領選挙でそれが崩れた。
当時、古森氏はニューヨーク・タイムズとCBSの選挙予測を見て、カーター氏が圧勝すると思っていたが、結果は、レーガン氏の地滑り的勝利だった。この時、日本が最も信頼してきた米メディアは、大統領選挙になると民主党にぴたっとくっつくことを身をもって体験した。
米国のリベラリズムが大きく後退した理由の1つに、カーター政権の経済運営の失敗が挙げられる。外交面では、東西冷戦構造の中、相手に善意を期待する外交だった。一方のソ連は各地に進出。そうして起こったのがソ連のアフガン侵攻だった。この時初めてカーター氏は自らのソ連政策の誤りを認めた。この頃、日本の防衛予算はGDP比1%以内で良いとされていたが、アフガン侵攻以降は対日防衛政策も変わり始め、日本に防衛費の増額を求めるようになった。以降米国では保守主義が力を持つようになった。
《米リベラルと日本》
日本側にも米民主党・リベラルのプリズムがあり、これが日本の主体だった。米国側で日本に目を向けて真面目に語ってくれるのは、ある時期までは、エドウィン・ライシャワー、ジェラルド・カーティス、エズラ・ヴォーゲルなど殆どが民主党リベラル派の人々ばかりだった。日本も民主党リベラルに共鳴した入江昭、本間長世、猿谷要など米国通として知られたリベラルの人々が多く、当時の日米交流は、文化、歴史などが重視された。日本文学の世界的権威で、晩年日本に帰化したドナルド・キーン氏も大変なリベラル派だった。
ワシントンD.C.では、民主党リベラルがいうポリティカル・コレクトネスに同調することは正しいということになっているし、日本でも米民主党から出てくる情報は正しいという認識が今もある。
《不法入国者の問題》
今のバイデン政権の内政で大きな問題は不法入国者に関する問題だ。トランプ政権が発足した時、米国の人口3億数千万のうち、不法入国者は既に1,100万人いたとされる。これ以上増やさないとしてトランプ氏は国境に壁を作ったが、バイデン氏は選挙の際、「移民・難民の国としての米国の伝統に反する」と厳しく批判した。従って、バイデン政権になってから、中南米のエルサルバドル、ニカラグア、ホンジュラス、ベネズエラなどから続々と移民が入ってきている。さらに中国、ロシア、トルコからも入ってくる。この不法入国者は今の米国政治で深刻な問題になっている。バイデン政権は摘発した不法入国者数の発表を拒んでいたが、最近、1会計年度で約270万人との統計を出した。
メキシコとの国境を接しているテキサス州が最も不法移民の影響を受けているが、テキサス州知事は共和党保守派のアボット氏だ。国境に接してはいないが、フロリダ州のデサンテス知事も共和党だ。このような人たちがバイデン政権の移民政策、不法入国者対策に対して抗議している。この深刻な状況を米地上波テレビはなかなか報道しない。
オバマ政権時に広まったサンクチュアリ・シティという都市あり、ここでは外国人への取り締まりを一切しないことになっている。ニューヨーク、ワシントンD.C.、ロサンゼルスもサンクチュアリ・シティになっているが、今、移民が増えすぎてニューヨーク市長は悲鳴を上げている。
《米大統領選挙とメディア》
米大統領選挙は民主主義の象徴として長く展開される。マラソンとボクシングを同時にするような戦いだ。
コロナ後にバイデン政権はインフレを経験したが、これは大きな政府か小さな政府かという経済政策問題が背景にある。つまり、民主党・リベラルは大きな政府で支出が増える、共和党・保守派は小さな政府で支出を抑えようとする。このような対立があるにせよ、米国の民主主義の枠組みはまだ健在であり、その枠組みの中で今熾烈な戦いが行われている。
大統領選挙は簡単に言えば、長年続いてきた「保守対リベラルの争い」に尽きる。だが、米国の保守派にとって有利なニュースは日本にはなかなか伝わって来ない。米国の大手メディアのトランプ氏に関する報道も偏っている。ニューヨーク・タイムズ紙はトランプ氏を引きずり下ろそうと画策してきたが、一方で民主党べったりではないメディアもある。ウォールストリート・ジャーナルやFOXテレビは共和党支持であり、バイデン政権の負の部分を報道している。
《両陣営の支持層》
バイデン氏を見ていると、失言、放言、虚言があまりにも多く、民主党の中にも不安視する声が上がっているが、これらも報道されないことが多い。いま囁かれている次の候補はミシェル・オバマ氏(オバマ元大統領の妻)だ。カマラ・ハリス副大統領の名前が挙がらないのは、彼女の不人気に拠る。
民主党の岩盤支持層は、有権者の3分の1。共和党の岩盤支持層も有権者の3分の1。あとは浮動票3分の1がどちらにつくかで大統領選挙は決まる。
両陣営の競合州では現在トランプ氏が数ポイントリードしている一方、トランプ氏に対する起訴は、トランプ支持者でない共和党の人々も認めておらず、バイデン政権がトランプ氏を引きずり下ろすための武器として使っているとして否定的だ。米議会下院の特別委員会でもこの問題を調査しており、この件に関して共和党は一致団結している。
《トランプ氏とNATO》
日本のメディアはトランプ氏が当選したらNATOから撤退するというが、これには全く根拠がない。トランプ政権時の国家安全保障戦略と国家防衛戦略がトランプ氏の対外政策の公式版だが、ここにはNATO強化と日米同盟強化が謳われている。トランプ氏が批判したのは、NATO加盟国がオバマ政権時に約束した防衛予算GDP比2%を履行しなかったので、「履行しなければ米国は撤退するぞ」と言ったのである。「撤退」が一人歩きし、大きく報道されてしまった。
《トランプ氏と日本》
トランプ政権下での日米関係は安倍総理との関係も含め、よかったとしか言いようがない。同盟関係強化は勿論、拉致問題解決にも理解を示し尽力した。トランプ氏が再選されれば米国は孤立主義に立ち世界の紛争に背を向けると言われているが、民主党の対中弱腰政策を転換させたのはトランプ政権である。
現在の混沌とした世界情勢にあって、日本は米大統領選の結果に過剰に捉われることなく、米国とともに、自由と民主主義、基本的人権、法の支配を共有する国々との連携を深めていくことが重要であり、決して覇権・権威主義国家の暴走を許してはならない。
今の段階で、バイデン氏、トランプ氏のどちらが良いか良くないかを論じることはおかしい気がすると古森氏は言う。