第180回
日本とリトアニアの歴史的関係と両国の安全保障問題

  今回は、去る4月19日、駐日リトアニア大使館にオーレリウス・ジーカス大使を表敬訪問した事がきっかけとなり、是非「Chat」の講師をとお願いし、実現した。バルト3国の一番南に位置するリトアニアの豊かな森と6,000を超える湖、オレンジ色の屋根が続く美しい風景は、誰でも一度は行ってみたい国の1つであろう。

 しかしリトアニアはその地政学的位置からも想像されるように、辿って来た歴史は厳しく、そして複雑だ。日本は1919年1月、リトアニアを事実上の国家として承認し、1939年11月、「命のビザ」で知られる杉原千畝が領事代理としてカウナスに赴くも、ソ連の占領下に入ったため、翌年閉鎖された。そして、1991年1月、あの「血の日曜日事件」を経て、同年秋、ソ連からの独立が承認された。同時に日本・リトアニアの外交関係が復興し、自由・民主主義、法の支配、基本的人権の尊重など、価値観を共有する同志国としての交流を深めている。
 
 リトアニアには1253年にリトアニア大公国の初代国王としてミンダウガス王が即位した「建国記念日」に加え、1918年のリトアニア共和国としての最初の独立記念日、1990年のソ連からのリトアニア共和国独立回復記念日と1年に3回の国家主権に纏わる記念日がある。リトアニアはかつてユーラシア大陸の東西に広がる大国だった時代もあり、中でも一番誇りとしているのが14世紀頃の「リトアニア大公国」の時代である。リトアニア大公国は1569年にポーランドとルブリン同盟を結び、現在の約14倍に当たる面積を領有する大国となった。2020年にリトアニア、ポーランド、ウクライナ間で結成された地域連合「ルブリン・トライアングル」は、かつてのリトアニア・ポーランド同盟の再現とも言える。

 現在のリトアニアの外交政策は「ハリネズミ外交」と呼ばれている。自国を脅かす巨象のような大国に囲まれているリトアニアは、2004年にNATO加盟を果たした。91年の独立後も、常に国家防衛に注力し、ロシアがクリミア半島を占領(2014年)した翌年の2015年に、徴兵制を復活させた。
 また、それまでロシアに100%依存していたLNGは、ロシアがクリミアを獲った14年、国民の強い反対を押し切ってクライペダにLNGターミナルを建設した。同ターミナルの存在はウクライナ開戦後、リトアニアがロシア産LNG全面禁輸を達成する際に大きな貢献を果たした。風力・ソーラーなど再生可能エネルギーも活用し、30年までにエネルギー自給率100%を達成する予定だと言う。
「リトアニアは24時間365日続く緊張感の中に生きている。この事こそがリトアニアの生き残る道である」と述べた大使の言葉は、周辺国の脅威に晒されている日本の安全保障環境にあって、長い「平和ボケ」から覚醒できない我々日本人の胸を震わせ、大きな感動をもって受け止められた。「もし戦争が起こったら国のために戦うか」の問い(世界価値観調査)に、13.2%が「戦う」と答えた日本人の数字は世界最下位。これは戦後80年間の教育の賜物?であり、日本人の矜持を喪ってきた証と言えるだろう。

 研究者としての道を歩んで来られた大使は、平和な時代が続く限り、リトアニアは防衛よりも文化や教育に投資すべきであると考えていた。しかし、過去10年の世界の激変を目の当たりにするにつけ、防衛に対する投資の重要性を認識したと言う。リトアニアを取り巻く情勢で近年最も大きな変化はやはりウクライナ戦争である。リトアニアは世界最大規模のウクライナ支援国であるが、その根幹にあるのはリトアニア大公国がモンゴル帝国のヨーロッパ侵攻に対する防壁として機能した歴史だ。リトアニアの視点からすれば、現在のロシアはモンゴル帝国と同様の異質な侵略国であり、リトアニアは再びヨーロッパ文明の守護者としての役割を果たしたいという思いが強い。
 台湾を巡る情勢でもリトアニアの存在感は大きい。かつてのリトアニアは中国と港や鉄道の共同開発を検討するなど親中的な政策を採っていた。しかし、18年に中国がリトアニアにとって安全保障上の脅威であるという報告が為され、中国に代わって台湾との関係強化が進められた。20年には台湾の代表処がリトアニアに開設され、これに激怒した中国は在中リトアニア人外交官を全員追放した。24年現在も中国にはリトアニアの外交官は1人もいない。かつてリトアニアを支配した旧ソ連と同じ独裁主義国である中国はリトアニア人の間であまり好かれていない事から、今後、現在のリトアニアの対中政策が大きく転換する事は有り得ないとされている。

 人口約270万のリトアニアに、共産党は存在しない。「自分の国は自分で守る」「国家を危うくする干渉には耳を貸さない」を国家存続の第一に掲げ、大国からの誘惑を跳ねのけてきた。国民の強い国家観と愛国心は、凛として揺るがない。国家の矜持は国家の品格に繋がる。それは必ずしも領土の広さや人口、GDPに比例しないという事である。

 

テーマ: 日本とリトアニアの歴史的関係と両国の安全保障問題
講 師: オーレリウス・ジーカス 氏(駐日リトアニア共和国特命全権大使)
日 時: 令和6年5月31日(金)14:00~16:00
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