Key Note Chat 坂町

第167回
「『戦略3文書』概要説明」

長野禮子
 
 昨年12月に閣議決定された「防衛3文書」は冷戦期以降初の日本の安全保障政策の大転換として、国内外で高い評価を得ている。今回の岸田総理の欧米5ヵ国歴訪(1月9~15日)では、仏・伊との2+2開催を取り付け、英国では日英伊との次期戦闘機開発の確認、英国との「円滑化協定」署名、カナダでの「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けての連携強化等、総理訪米直前の日米2+2では「宇宙協力協定」の署名などが報じられた。岸田総理訪問に際し、バイデン大統領は「日本の果敢なリーダーシップ」を称え、全面的支持と日米同盟を「現代化」すると言明、首脳会談では「日米同盟の抑止力と対処力を強化する」と国内外に表明したとの報道が続いた。5月開催のG7サミットの議長国として関係国との更なる信頼関係を深めたようである。 
 
 今回は安倍元総理の信頼篤く長きに亘り安倍政権を支えて来られた前防衛事務次官の島田和久氏をお招きし、「防衛3文書」作成に当たり、その経緯や概要をお話いただいた。
 冒頭、島田氏は、3文書の所感として、ここに至るまで約10年を要したが、「防衛省は目覚めた」と述べ、以前の防衛省とは明らかに違うという見方を示した。ただ、「まだ目覚めたばかり」であり、引き続き課題解決に向けての努力の必要性も併せて説いた。
 その1つが、防衛省には必要最低限の防衛力保持を謳う基盤的防衛力構想の呪縛が残っており、これが染みついているということである。防衛予算についてはまず財務省に相談してから官邸に持って行くというカルチャーが存在してきた。予算の概算要求にはシーリングがあり、それを超える予算要求はできないということである。
 今回、自民党は予算のシーリングを外した。それを衆参の選挙の公約に掲げ、民主的かつ透明性のある手続きを踏んだ。43兆円はその結果であった。特に安倍元総理が率いた清和研は独自の提言をまとめ、48兆円を提示し、議論を引っ張った。また、自民党は「反撃能力」も選挙公約に掲げた。これにも清和研の提言が大きく貢献した。野党やマスコミが言う「唐突」な閣議決定などでは決してない。
 しかし、「目覚めたばかり」の防衛省には、予算の積み上げ、自衛隊の人員不足、法整備の後れ、非核三原則、防衛産業維持等、問題は山積している。
 それらを踏まえ、岸田総理は「現実の脅威に対応するのに必要」な防衛力を持つと明言した。総合的包括的抑止(DIME)、反撃能力(敵基地攻撃能力)保有、NATO並みの防衛費GDP比2%――は、防衛力を抜本的に強化する日本の「国際公約」となり、今その覚悟と責任を示したということである。
 「防衛3文書」はこれから血液を循環させ、筋肉を付け、実践に備えるべく具体的な作業に入る。刻々変化する安全保障環境に対処すべく十分な抑止力と強靭な国家としての総合力を付ければ、それを背景とした外務省、日本外交はこれまでにない大きな支えを得ることとなり、バランスの取れた先進国としての信頼はさらに高まるであろう。洋々たる船出の日に期待したい。
テーマ: 「『戦略3文書』概要説明」
講 師: 島田 和久 氏(JFSS顧問・前防衛事務次官)
日 時: 令和5年1月18日(水)15:00~17:00

第166回
「ウクライナ戦争後インド太平洋に進むEU:その海洋戦略と日印の重要性」

長野禮子
 
 今回は、スウェーデンから来日中のインド人研究者、ジャガンナート・パンダ氏をお招きし、上記のテーマに沿って話を伺った。
 ロシアによるウクライナ侵略が始まって以降、ウクライナと台湾がよく比較されるが、類似点としては、両方とも民主主義国であり、ウクライナの隣にはロシア、台湾の隣には中国という専制国家大国が存在するということである。相違点としては、ウクライナは独立国家であり、台湾は独立国家ではないということだ。台湾危機の重要性については日米をはじめとし、その具体的対処、抑止力の強化が検討されているが、欧州はこれにどう対応すべきかまだ答えを出せていない。
 米国は、中国はウクライナ戦争で得た教訓と多くの国内問題を抱えていることから、台湾侵攻は5~7年後、或いは習近平主席の3期目の終わりから4期目の始めにかけてではないかと見ている。台湾危機への対応策としては、米国だけでなくNATOとの協力が抑止力になる。価値観を共有する有志国が加わればなお心強い。インドにとっても台湾は重要だ。QUADは台湾問題に触れて来なかったが、地域の安定のために検討すべき重要課題である。
 また、EUのインド太平洋政策はまだ発展段階にあるが、EU4ヵ国(独、仏、蘭、チェコ)はこの問題に高い関心を寄せている。一方、NATOがインド太平洋に出ていくことは現状ではあり得ないし、合意も得られないだろうが、インド太平洋との協力はあるべきだ。NATOとQUADの間では、サイバー、科学技術、宇宙、情報、海運、通信、対中政策などの分野での協力が考えられるが、「同盟」を望まないインドとしては、そのような協力関係は、「枠組み」を作って行うものではないと考えている。つまり、日本とNATOとの間での協力は可能だが、インドにとって、軍事同盟であるNATOとの協力は必然的に制限される。ただ、信頼できる抑止力を得る為に欧州との協力は必要であり、EU・インド太平洋の協力は重要となる。海洋戦略を見ればEUにとって日本とインドとの協力は極めて重要である。
 中国が事を起こせば日米豪が黙ってはいない。従って、インドは軍事同盟に署名する必要もない。中国が台湾を攻撃した際、インドがどう対応するかは、米国や日本がどう反応するかにかかっている。その時の条件、状況次第だ。
 インドを取り巻く国際環境は複雑であり、歴史的にロシアは中印国境紛争でインドを支持してきた。例えば、台湾の民進党の立場はインドにとっては好ましい。もし台湾がこの問題でインドを支持するのであれば、インドは台湾への支持を宣言するだろう。中印国境紛争で中国との交渉材料となる。つまり、軍事同盟も交渉次第ということだ。どの国も「ビジネス」をするものだ。全ては、どのような状況が生起し、どのような交渉がインドと台湾、或いはインドと中国の間になされるかにかかっている。
 
 以上、パンダ氏の話を簡単に記してみた。同盟国を持たないインドの考え方や立ち位置を改めて認識する機会となった。安倍元総理が提唱した「自由で開かれたインド太平洋」構想をさらに発展させ、互いの国益のために理解を示しつつ、この地域の安全と安定に向けての日印関係の強化、深化に努めていただきたい。
テーマ: 「ウクライナ戦争後インド太平洋に進むEU:その海洋戦略と日印の重要性」
講 師: ジャガンナート P. パンダ 氏(JFSS上席研究員・安全保障開発政策研究所ストックホルム南アジア・インド太平洋センターセンター長)
日 時: 令和4年12月6日(火)13:30~15:30

第165回
「10月に発令された米国の対中半導体制裁とわが国経済界への影響」

長野禮子
 
 今回は、経済安全保障に詳しい平井宏治氏をお招きし、中国の軍民融合政策とそれへの米国の対抗措置について、以下のようなお話を伺った。
 現在、中国は軍民融合政策を掲げ、力による国際秩序の変更を推し進めている。産業政策である「中国製造2049」では、中華人民共和国建国100周年の2049年までに世界最強の製造強国となると公言している。これは、米軍を打倒できる科学技術を得ることを意味しており、それには民間企業を通じて外国の技術を取得することが戦略として必要となる。そうして中国が2049年までに米国に取って代わろうという10分野は、次の通りである。①次世代情報通信技術、②先端デジタル制御工作機械とロボット、③航空・宇宙設備、④海洋建設機械・ハイテク船舶、⑤先進軌道交通設備、⑥省エネ・新エネルギー自動車、⑦電力設備、⑧農薬用機械設備、⑨新材料、⑩バイオ医薬・高性能医療器械。
 これに対し、米国は半導体規制を強化してきている。コンピュータやスマホはもとより、ハイテク兵器、自動車、飛行機等も半導体なしでは機能せず、中国は高度なプロセッサとメモリチップなどを外国に依存している。高性能半導体は中露では作れない。一方、米国は半導体供給網の中で最も重要な部分を押さえ、先端半導体の設計大手、半導体製造ソフトウェア、装置製造大手の多くが米企業である。日本は、半導体材料の分野で世界的な強みを持っているが、米国の規制拡大の影響を受けること必至である。
 AIは軍事技術を発展させる軍民両用技術であるが、米国政府はどの企業の半導体が中国の軍事関連のAIシステムに導入されているかを把握しており、規制を強化している。また、輸出規制だけでなく、中国による半導体関連企業の買収の阻止も米国は西側諸国に働きかけてきる。
 米政府は、中国企業を米国資本市場から排除する方針で、米公開会社会計監査委員会の監査基準に基づく監査に対する検査を3年連続して実施できない場合、または、外国政府の所有・管理下、中国共産党の影響下にないことの立証義務が果たせない場合、米証券取引所で上場廃止となる。
 米国商務省産業安全保障局(BIS)は10月7日、中国を念頭に半導体関連製品(物品・技術・ソフトウエア)の輸出管理規則を強化する暫定最終規則を公表したが、これは1994年のココム解散以来の最大の制裁となり、先端半導体やスパコンを開発製造する企業については、純粋民生用途でも禁輸対象とされる。このような規制は、米政府内で、先端集積回路、スパコン、半導体製造装置などが大量破壊兵器の開発を含む軍の現代化及び人権侵害に与える影響を検証した結果の措置で、これらの先端技術が中国に移転され、人民解放軍の増強に転用されるのを防ぐという目的が背景にある。これにより、中国によるAIと5G通信の開発が困難になった。
 バイデン米大統領が8月9日に署名したCHIPS法により、米半導体業界には今後5年間で527億ドルが提供されるが、同時に、同法は中国の半導体工場が先端半導体を開発・製造しているか分からない場合、半導体等のエレクトロニクス分野の試験装置・検査装置・製造装置、材料、ソフトウェア、技術の輸出を原則不許可とした。
 これらの米国による半導体規制は、最先端の米国製技術を中国に渡さないことが目的であり、その規制の網は当然、日本、台湾、韓国等の企業にもかけられる。制裁対象のリストであるEntity Listには中国の28企業・大学が、その予備軍としてのUnverified Listには31企業・大学が指定されており、これらの企業・大学と関係のある外国の企業・大学も当然規制対象となる。
 これらのリストに載る中国の企業・大学と取引のある日本の企業・大学は多く、日本への影響は大きい。特に、従来規制されてこなかった純粋な民生エンドユースも規制されることになったことで、規制対象の中国企業と取引のある日本企業のサプライチェーンが崩壊する可能性もある。日本企業は半導体のサプライチェーンを早急に見直さなければならない。さもないと米政府から厳しいペナルティを科せられる恐れがある。
 これに対して、中国は対抗措置を採ると明言し、米国による520億ドル(約7兆8,000億円)の半導体生産への補助を問題視している。だが、現状では、中国の半導体産業は国内需要10~15%程度しか供給できず、中国も国内半導体の産業の育成のため、2030年までに1,500億ドル(約22兆円)の補助金を拠出する方針である。中でもファーウェイ1社で補助金額は8兆2,400億円に上るという。
 米中の半導体を巡る競争の中で、米連邦議会とバイデン政権は着々と規制を強化しつつある。日本政府、企業には、米国に歩調を合わせ、我が国経済界への影響を最小限に留めるべく、検討を期待したいものである。
テーマ: 「10月に発令された米国の対中半導体制裁とわが国経済界への影響」
講 師: 平井 宏治 氏(㈱アシスト代表取締役)
日 時: 令和4年11月16日(水)14:00~16:00

第164回
『令和4年度版防衛白書』説明会

長野禮子
 
 今年も防衛省から石川武氏をお招きし、7月に公表された「令和4年版防衛白書」の説明会を行った。今回の「防衛白書」は、昨今の中国の動向と台湾情勢の分析という2つが目玉となっている。中国の全般的な評価は昨年と比べて大きな変化はなく、「透明性を欠いたまま、継続的に高い水準で国防費を増加させ」ているという認識は変わらないが、4年版では「軍民融合」という言葉が登場している。中国は、軍事資源と民間資源を双方向で結合することを目指し、民間の「将来の戦闘様相を一変させる技術、ゲーム・チェンジャー技術」を軍事に取り込んで融合しようと、先進的な研究を行っている。中国はこれを「智能化戦争」と呼んでいる。
 中国の軍事目標についても注目すべきことが語られた。中国の軍事目標は15年毎に設定されており、2020年「機械化・情報化建設の重大な進展」、2035年「国防と軍隊の近代化の基本的実現」、2050年「世界一流の軍隊」とされてきたが、さらに2027年「奮闘目標の実現を確保」という目標が加わっているという。人民解放軍の建軍は1927年であり、2027年は100年に当たる。習近平主席のこの「建軍100年の奮闘目標」は、「台湾の武力統一」であるとする見方もある。実際、それを実行するかはその時の政治判断次第だが、少なくとも軍に対してこれを達成できる水準まで強化しておくことを求めていると考えられる。さらに2027年は習主席の3期目の最後の年でもある。2027年は日本にとっても次の「中期防衛力整備計画」の最終年度に当たる重要な年であり、日本もこの年を目標に、中国に対する抑止力を念頭に置きながら防衛力を整備していかなくてはならない。
 米国も同様、昨年デービッドソン前インド太平洋軍司令官が上院の公聴会で「6年以内にこの地域が重要な局面になる」と語った。
 国防費として、中国は日本の8~10倍の予算を投じており、日本はその環境の中で中国抑止のための防衛力を整備していかなければならない。たとえ日米同盟があっても、国防費が10対1の状況では厳しく、防衛費の増額は必至である。
 中国の海上・航空戦力を見ると、90年代までは明らかに日本が質では上であったが、現在は質は同じで、量は中国が4倍となっており、能力としては中国が日本の4倍になる。空母について中国は米国に追いつけ追い越せで開発を続けており、技術的な問題は残るが最新式の空母「福建」には電磁カタパルトが搭載されている。
 また、中国は核戦力の近代化も継続している。陸上から発射するICBMは米国まで届くが、潜水艦から発射するSLBMはまだ届かない。だが、現在開発中のものが完成すれば、南シナ海から全米を射程に入れることが可能となり、完全な核抑止力を手に入れることができる。また、極超音速滑空兵器(HGV)も開発、配備されている。
 既に米中関係は軍事的分野の競争を越え、技術、経済の分野での競争にもなっている。中国は強国への道を辿ると同時に、中国の秩序をもってし、その結果、現在、世界経済がブロック化の方向に向かっていると言われている。それに対抗するには、軍事力だけでなく貿易、サイバー、技術、経済の分野での安全保障を強固なものにし、技術漏洩を防がなければならない。
 もう1つの目玉の「台湾」については、昨年の記述から倍増した。米中競争の場となる、最大の部分が台湾になると考えられるからだが、地政学的には日本も巻き込まれていく。
 中台の軍事バランスを見ると、年々中国が優位性を増しており、現在、中国の国防費は台湾の17倍。第4世代戦闘機や新型駆逐艦・フリゲートの保有数では、中国がそれぞれ4倍、3倍になっている。また、台湾を射程に入れる中国の短距離弾道ミサイルは2016年時点で1,200発あり、現在はそれより増加していると考えられる。
 これに対し台湾は弾道ミサイルは持っていないが、巡行ミサイルを開発している。大きな抑止力にはなっていないが、射程の長いものも開発中であるという。米国はトランプ政権以降、台湾へ近代的兵器の売却や敵基地攻撃的なものも増やしており、HIMARSや空対地巡行ミサイルなども含まれる。トランプ政権以降、米国も大きく変わった。
 8月上旬のペロシ下院議長の訪台以降、中国は台湾海峡の「中間線」を越えて戦闘機を侵入させることを常態化し、台湾への挑発、威圧の度合いを強めようとしている。だが、8月に台湾周辺に撃ち込んだミサイルは最新鋭のミサイルではなく、中国なりのメッセージと見られるとしている。
テーマ: 『令和4年度版防衛白書』説明会
講 師: 石川 武 氏(防衛省大臣官房政策立案総括審議官)
日 時: 令和4年9月8日(木)14:00~16:00

第163回
「『ウクライナ戦争の衝撃』の説明と中台関係」

長野禮子
 
  今回は5月末に出版された『ウクライナ戦争の衝撃』の執筆メンバーである山添博史氏と増田雅之氏(共に防衛研究所)をお招きした。
 今次のロシアによるウクライナ侵攻に、世界は21世紀に起こったこの侵略戦争への衝撃と驚愕、民間人を巻き添えにした惨状に言葉を失った。国連の常任理事国であり、核大国ロシアが自ら国際秩序を踏みにじり、主権国家の政治的独立を認めず、領土の一体化という自国の主張を正当化し、武力行使と核使用をも躊躇しない強硬姿勢は、今日もウクライナ国民を苦しめ、死の淵を見せ続けている。
 侵攻前、ロシアは「NATOの東方拡大阻止」と「ウクライナ東部の親露派救済」を理由に、2021年11月頃からウクライナ東部国境付近に大部隊を展開させ、緊張を高めつつ、最大19万の兵を終結させたと言われる。2022年1月、ロシアは、ウクライナのNATO加盟を米国が拒否するよう求めた。バイデン政権はロシアの要求を拒否した。その後の外交努力も奏功することなく、2月24日、ロシアはウクライナに侵攻した。ロシアは短期間で勝利すると見積もっていたが、想定外のウクライナの反撃に色を成した。
 侵略戦争から半年が経過。バイデン政権はウクライナに対し莫大な軍事支援を行う一方、
 ロシア軍との軍事衝突を避け、「介入なき平和」を目指している。ロシアはウクライナ国民の独立自尊の強い意志や戦闘能力を見誤った。西側諸国の軍事支援を含む様々な協力を見誤った。フィンランドとスゥエーデンのNATO加盟を急がせた。西側諸国の結束が益々強まった。ロシアへの制裁を他所にロシア国内のプーチン支持は高い。しかし戦争が長引くほど両国の犠牲は増し、ロシアからのエネルギー、ウクライナの食糧に依存する国々への影響は拡大していく。
 この戦争でよく話題になるのが「ウクライナ戦争の教訓」であり、「中国の台湾侵攻」である。「教訓」については専門家を始め様々語られるが、この現実にあって改憲すらできない日本人には、ウクライナ国民に学ぼうにもその根本精神に大きな乖離があるように見える。「中国」については、8月6・7日に当方(JFSS)が開催した台湾侵攻を想定した第2回政策シミュレーションの3つのシナリオを参考にしていただきたい。
 2014年のロシアによるクリミア併合後、中国は対米牽制を含む多面的な利益の確保を目指して中露関係を発展させてきた。中露の「戦略的協力」の深化は、この時期からであることが指摘されているが、「ウクライナ侵攻」は、中国にとっても想定外であったという。
 とは言え、中露関係は活発な首脳外交を通じて強化されている。中国共産党は指導者がリードして「正確な道」を歩んできた、と強調しているが、中国指導部にとって「米国かロシアか」という問題設定そのものは成立し得ないものであり、当面中露関係の連携は続くものと考えられている。
 岸田政権は、G7を始めとする西側諸国と連携し対ロシア政策を進めているが、今や、西側諸国対権威主義国家という2極で判断することは難しく、ASEAN・インド太平洋・中東・中南米・アフリカと、その主張は互いの国益を優先し益々複雑になっている。岸田政権には、その中にあって、日本の立ち位置をしっかりと定め、揺るぎない国家戦略を立てていただきたい。
 防衛研究所の研究者が連日メディアに登場し、極めて専門的見地で現況を語り分析し、今後の取組に対する意見を発する状況は、かつてない日本の姿として大いに歓迎したい。
 8月24日付の産経新聞によれば、ロシア・ウクライナ両国の軍関係者の死者は2万数千人を超え、ウクライナの民間人は約6千人が死亡したとある。ウクライナにヒマワリが咲き乱れ、肥沃な大地に小麦の穂が風に揺れる静かな平和はいつ訪れるのであろう。
テーマ: 「『ウクライナ戦争の衝撃』の説明と中台関係」
講 師: 増田 雅之 氏(防衛研究所 政治・法制研究室室長)
講 師: 山添 博史 氏(防衛研究所 米欧ロシア研究室主任研究官)
日 時: 令和4年7月15日(月)14:00~16:00

第162回
「日本の防衛戦略と防衛整備計画改正について」

長野禮子
 
 今回は久々に来日したケビン・メア氏をお招きした。氏はまず、我が国が年末までに纏め上げる所謂「国防3文書」の自民党案に対し、現実的であると高く評価する一方、今後は政策だけでなく戦術レベルで具体的に何が必要かを速やかに考えていく必要があると指摘した。昨今の安全保障環境に時間的な余裕はない。「戦争はいつ起こるかわからない。脅威の前に、抑止力や強い対処能力の構築が必要であり、よい政策ができたからといって問題が解決できたわけではなく、実際に効果的な防衛能力を向上させることが急務」ということだ。
 また、今は「存立危機」「武器輸出三原則」が守られているか否かといった抽象的な議論をしている暇(いとま)はなく、特に「反撃能力」を充実させることである。氏の話によれば、安倍政権が登場するまでは、日本の反撃能力保持が米国の国益に適うのかという議論があったが、これは日本が集団的自衛権を行使できなかったからで、一部容認となってからは、米国内の議論の中身が大きく変わったと言う。
 ただ、現在の日本の状況に懸念もある。反撃能力の保持を表明するのは今年12月と見られるが、具体的な能力が伴わない時点では、それが却って危険な状況を作り出す可能性もあるということだ。氏はこれを、「弾が入っていない拳銃を振り回すと相手に狙われやすい」と譬えた。つまり、打撃力の研究開発には多くの時間を要することから、既存の打撃能力を拡充し万全な備えをすることが必要であり、そのためには具体的に何を導入するのかを早く決めるべきではないかと言う
 少子高齢化が進む我が国には、自衛官の人手不足の問題がある。氏は自衛隊のパイロットを例に挙げ、現在訓練は現役のパイロットが行っているが、英国は、民間企業と退役パイロットが契約して英国軍のために訓練している。日本もこれを参考にするべきではないかとの提案があった。
 最後に氏は、現在の国際的な安全保障状況を見ると時間的余裕はないという認識の下、戦術的、戦略的にどうすれば早く中・露・北の脅威に対処できるか、どのような能力が必要かを冷静に見直すべきではないかと締め括った。
 「Chat」(質疑応答)では、ウクライナ戦争に連動する中国の台湾侵攻、日本の核論議に対する世論の動向等についても忌憚のない意見交換がなされ白熱した議論となり、約40分の時間延長となった。
テーマ: 「日本の防衛戦略と防衛整備計画改正について」
講 師: ケビン・メア 氏(JFSS特別顧問・元米国務省日本部長)
日 時: 令和4年6月16日(木)14:00~16:00