トランプ大統領が弾劾で逆に優位に

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顧問・麗澤大学特別教授 古森義久

 アメリカのトランプ大統領が弾劾を受けながら政治的にはかえって民主党よりも優位に立つという奇妙な現象が生まれてきた。その背景にはアメリカ国民の弾劾への屈折した感覚や民主党の偏った攻撃のほころびが浮かび上がる。今回の弾劾がなぜ攻める側の民主党を利さず、追及される共和党の大統領の側に有利となるのか。その理由を報告しよう。
 アメリカ連邦議会の下院本会議は12月18日、「ウクライナ疑惑」に関してトランプ大統領に対する弾劾訴追案を可決した。同大統領は「権力の乱用」と「議会への妨害」という2条項で弾劾され、訴追は上院へ送られ、解任の是非を問われる。アメリカの政治史上、3件目の大統領弾劾となる。
 この表面の動きだけみれば、トランプ大統領にとって非常に深刻な事態である。なにしろ大統領として不適という判断を下院で下され、上院の審理いかんでは大統領の座を追われるかもしれないのだ。
 ところがトランプ大統領はこの動きを「まったく根拠のない魔女狩り」だと一蹴する。ホワイトハウスでの弾劾可決後の言動もゆとりの笑いをかみしめるように明るい。ふだんは苦虫をかみ殺すような厳しい表情で、めったに笑いを見せない同大統領としては明らかに現状を苦境だとはみていないようなのだ。
 現実にごく客観的にみても、トランプ大統領がこの弾劾の動きに苦しめられず、逆に民主党を追いこむ好機とさえみている実態が存在するのである。その原因には少なくとも以下の4つの動きがあげられる。
 第一には、トランプ大統領はまず絶対に辞任には追いこまれないという展望である。
 弾劾の手続きでは下院の訴追決議は上院に送られ、裁判の形で有罪か無罪かが審議される。有罪の場合は解任となる。だがその有罪の判定には上院議員100人のうち3分の2にあたる67人の賛成が必要とされる。周知のように上院はトランプ大統領を守る側の共和党議員が53人を占める。民主党側は無所属を含めて残る47議員が全員、有罪に票を投じても、とても67人には及ばない。
 第二には、共和党側は上下両院で全員団結のトランプ支持であり、他方、民主党側は下院でも造反が出たという実態である。
 上院の共和党側議員53人のうちトランプ大統領がこの弾劾で解任されるべきだと主張する人は皆無である。日ごろトランプ施政を批判するミット・ロムニ―議員(共和党)でさえ、この弾劾には反対を表明する。下院でも共和党議員195人全員が弾劾に反対した。他方、民主党側は下院では231議員のうち3人が弾劾に反対した。その1人は共和党への転向を宣言した。
 第三には、アメリカ国民の弾劾への反対が増してきた世論調査の結果である。
 ギャロップ社の世論調査によると、全米規模でトランプ大統領の弾劾と解任に対して今年10月には賛成が52%、反対が46%だったが、下院での弾劾手続きが終わりに近づいた12月中旬には逆に賛成46%、反対51%となった。来年の大統領選挙でとくに重視される競合州アリゾナ、ミシガン、ペンシルベニア、ウィスコンシンなど計8州ではワシントン・ポストの12月上旬の世論調査によると、弾劾への賛成が44%、反対が51%という結果が出た。民主党側には衝撃的な一般国民の動向だった。
 第四には、トランプ大統領の支持率が議会での弾劾公聴会などが始まってから着実に上昇したことである。
 ギャロップ社の世論調査によると、トランプ大統領の支持率が弾劾の開始が明確となった今年9月には39%だったのが12月中旬には45%へと大幅に上がった。この高さは同社の世論調査ではトランプ氏の就任直後の2017年3月以来の最高だという。さらに注目されたのはトランプ支持率が来年の本番選挙で重要となる無党派層の間で同じ調査の同じ期間に34%から42%へと8ポイントも上昇したことだった。
 
 こうした実態はいまの民主党が進める大統領弾劾の手続きがトランプ大統領や共和党側を傷つけず、かえって民主党側に不利な政治状況を生み出しつつあるという総括を示しているといえる。