米中戦争はかつての米ソ冷戦の様相を帯びてきた。米ソ冷戦でソ連は軍事力で米国を超える量を追及したが、軍事力を支える先端技術の分野で明白に敗北し、91年にソビエト連邦を解体せざるを得なかった。西側の勝利の決め手はココム(対共産圏輸出統制委員会)だった。
トランプ米大統領が口火を切った今回の米中貿易戦争も単に貿易の不均衡を是正するためだけではない。トランプ氏には米国の科学、技術分野に巣くう〝中国勢力〟を追い出す決意がある。中国は15年頃から公然と「中国製造2025」とか建国100年目の「2049」を声高に叫び始めた。前者は先端技術で一流になる目標年を示し、後者は軍事力で世界一になる目標年を示したものだ。
当時、中国の米国への輸出額は年に4,500億ドル、米国が中国に輸出していた額は1,500億ドル。米国の貿易赤字の45%を中国が占めていた。この莫大な米国からの儲けで中国は毎年二桁増の軍事力を積み上げてきた。しかも米国をはじめとする西側の大学、研究機関、企業の技術部門へ、自由に入り込み学問の成果をも盗んできた。
米ソ冷戦時にソ連が困ったのは、西側がソ連に対する先端技術を遮断するために作ったココムである。西側製造業の見張り役で、東芝が潜水艦の音が小さくなる機械をソ連に輸出し、国際的信用を失った。今でもロシアの製造業や技術は一流とは言えないが、機密管理が行き届けば軍需産業は成り立たない。
トランプ氏はココムの発想で西側の技術が中国に流れない仕掛けを作ろうとしているようだ。現代技術の特徴は小さな部品を集合させて大きな製品に仕上げる仕掛けだ。中国通信機器最大手のファーウェイ(華為技術)は先端技術の見本のような存在で、トランプ氏はまず米国内でのファーウェイの活動を制約した。少なくとも国防省関係が調達する軍事技術や製品から排除した。ファーウェイの入った製品を米国官庁が買わなくなると、製品を政府関係に買ってもらう機会のある会社は使わなくなる。
英国では次世代通信規格「5G」の研究開発でファーウェイ製品を使うかどうかの議論が続いている。英国製の他の部品を使った方が無難だという流れになっている。
米国はWTO(世界貿易機関)のような公正中立であるべき機関が力を持つには、機関が負けた側に制裁を下す力を持たなければならないとの考えだ。目下、WTOは審判委員7人のうち6人が欠員で、米国は新任を拒否している。一方、中国は国際裁判所の南沙諸島について「島でもなければ中国領でもない」との判決について「紙屑だ」と吐き捨てた。米中両大国がこういう状態では世界の秩序は維持できない。トランプ氏は新しい形の見えないココムを構築し、中国を軍事的な科学、技術の両面から封じ込める手を打ちたいのではないか。
(令和元年12月25日付静岡新聞『論壇』より転載)