台湾総統選の投票前夜の1月10日、台北の中心部で蔡英文民進党候補は「台湾人のために『1国2制度』を拒否する」と叫んだ。日経記事によると「約10万人の支持者から、地響きのような歓声が上がった」という。
この場面は今後の中台関係を象徴するものだろう。これまで蔡総統は「1つの中国路線は認めない」と言いつつ、独立志向も封印してきた。中国に台湾進攻の口実を与えれば、台湾の未来は一挙に萎(しぼ)んでしまう危険があった。独立志向を封印し、現実路線で米国の信頼を勝ち取る路線でやってきた。独立志向が強まれば、中国からどんな仕打ちを受けるかもしれない。この“暗黙”の時期、蔡総統の支持率は下がる一方だった。
大統領就任前のトランプ氏と会談したり、武器供与の約束を取り付けたりしたが、大衆は“腹案”では満足してくれない。台湾のテレビ局TVBSの調査では総統選が始まる昨年7月時点では国民党の韓国瑜氏48%、蔡氏の支持率は44%だった。それが昨年末の時点では蔡氏48%、韓氏29%と大逆転した。逆転した理由は香港問題に尽きる。中国は香港にも「1国2制度」を公約していた。台湾では民主主義体制、中国大陸は共産主義体制といった全く違う体制なら、台湾民衆の中には「受け入れてもよい」という層が育ったかもしれない。しかし共産主義体制というのは習体制がそうであるように独裁を目指すもの。中国憲法にも「中国共産党を守れ」と書いてある。
この体制の下で「1国2制度」が成り立つはずはなく、香港に「犯罪容疑者はすぐ中国に引き渡せ」との法律を作れと命じた。香港にとって容疑者引き渡しは主権の一部を中国に食いちぎられることに他ならない。香港のデモが続いているのは不安が払拭されないからである。習氏の気性や党体制からみて、香港はいずれ中国本土に吸収されるだろう。その最後を見越して、若い企業主や大学院生の国外脱出が続いているという。
台湾の強みは台湾に忠実な軍隊を持っていることだ。中国といえども藪から棒に軍事的に台湾を抑え込むことはできまい。
19年、米国の「インド・太平洋戦略報告書」で米国は「台湾こそシンガポールと並ぶ有能なパートナーである」と評価している。この「インド・太平洋戦略」構想こそ、安倍首相の着想による対中外交である。
韓国も含めて、古来、中華民族は自分本位の考え方しかできない。現在の中国はウィグル族の弾圧、チベット族への介入と国を拡大することに必死になっている。台湾を取り込みたいのも、その向こうの太平洋圏、さらに米国をも展望するからだ。こういう中華思想に着目しないと、国と国との約束は守られると考えている日本、米・欧諸国は、常に裏切られてきた。知的財産権も奪い取られて、自由社会が怪しくなった。中国と韓国に国際法を守らせるよう対応することこそ、外交というものだ。
(令和2年1月15日付静岡新聞『論壇』より転載)