中国の武漢市から発した新型コロナウイルス感染の広がりは終息が見えない。武漢市在住で帰国を希望する日本人を乗せた日本政府のチャーター便の第1便が1月29日、第2便が1月30日羽田空港に到着した。
厚生労働省は第1便で帰国した日本人のうち、3人から新型ウイルスが検出されたと発表した。うち2人は症状がなく、検査で感染が分かったという。同省によると、日本国内で無症状の感染者が確認されたのは初めてであり、国内での感染者は11人となった。(30日12時現在)
第2便は日本人210人を乗せ30日朝、羽田空港に到着したが、政府関係者によると、機内での診断で9人の体調不良が分かったほか、数人が中国側の検査で搭乗を止められたという。残る帰国希望者は29日時点の調査で約240人だそうだが、その後も100人以上増えているらしい。
菅義偉官房長官は29日午後の記者会見で、武漢市で重度肺炎を発症した60代の日本人男性について、「検査の結果、新型コロナウイルス陽性の疑いが高いが、最終的な判定結果が確定していないとの連絡を受けている」と述べた。外務省によると、男性は16日に発熱し、22日から入院し重篤の状態が続いているという。
政府が希望者全員の帰国を目指すのは当然だが、武漢で発症し、帰国チャーター便に乗れず帰国できない日本人がいることも忘れてはならない。
第2便の政府チャーター便に乗る前に中国側の検査で搭乗を止められた日本人がいるように、これから中国で発症し、日本に帰りたくても帰れない人が増えてくることも想定しておかねばならない。
入院中の重篤な日本人も、異国で治療を受け不安な中、どれだけ日本に帰りたいと思っていることだろう。発症した人も含め、できる限り早く日本に帰国させ、日本の充実した医療機関で治療に専念させるべきである。
いったん発症してしまうと政府のチャーターした民間機で搬送するのは難しい。だが、重篤患者を医師が治療しながら搬送できる装置がある。航空自衛隊の航空機動衛生隊が保有する航空機搭載型の機動医療ユニットである。
もともとこの装備は、有事や災害時に傷病者を域外搬送するために開発されたものである。航空自衛隊が保有するC-2、あるいはC-130輸送機への搭載するユニット型コンテナ型となっており、1ユニットに最大3名を収容可能で、1機あたりC-130で1ユニット、C-2で2ユニットを搭載できる。感染症を含め、重篤患者を迅速に航空搬送するための集中治療室としての機能を有している。いわば「空飛ぶ集中治療室」なのだ。
武漢で発症した日本人を搬送するにはこの装備を使うしかない。問題は中国が自衛隊機を受け入れるかどうかである。聞くところによると、当初チャーター便派遣の調整でも政府専用機の派遣は、自衛隊機であるからということで中国政府は難色を示したという。
今回自衛隊機を派遣するのは戦争でもない、情報偵察行動でもない、民間人の人命にかかわる問題である。人民解放軍は自衛隊機が中国に入ることに当然難色を示すだろう。だが、ことは緊急を要する人道的な問題である。人民解放軍が反対しても習近平が決心すれば済むことである。
民間機ができることは民間機がやればいい。だから民間機のチャーターができれば、政府専用機をわざわざ飛ばす必要はない。民間機チャーター便を飛ばした政府の判断は正しい。だが発症した重篤患者を運ぶには、航空自衛隊しかできないのだ。
こんな人道的な措置を、もし習近平国家主席が反対するのであれば、堂々とそれを国際社会に公表し、春の訪日はキャンセルすればいい。
現在、政府もメディアも邦人を如何に早く帰国させ、そして日本での発症、感染を如何に抑えるかに焦点がいき、中国で発症した邦人は捨て置かれている感がある。まさか政府は重篤患者だからと言って「棄民」することはないと考えたい。国民を救うのは国家の責務である。あらゆる手段を使ってでも邦人を助けなければならないのだ。
国権の最高機関でこそ、自衛隊機の武漢派遣を含め、邦人を如何に早く助けるかを議論し、決定してもらいたい。国会でのんびり「桜談義」などをやっている場合ではないのだ。
(令和2年1月31日付・「JBpress」より転載)