中国の武漢で発生し、いまや全世界に広がった新型コロナウイルス感染症が世界を変えるようになった――アメリカではこうした指摘が広まってきた。
首都ワシントンの国政の場でもこのウイルスが国際関係を変えるという分析が多くなった。その変化要因としては第一に中国という国の世界でのあり方の変化、第二にはグローバリゼーションの変化という指摘が最も頻繁である。
ちなみにアメリカ側ではこのウイルスを「武漢コロナウイルス」と呼ぶメディアや学者たちも増えてきた。これだけ全世界に悪影響を広げるウイルス感染症がそもそも中国の武漢で発生し、それまではそんなウイルスの全くなかった他の諸国へ広がったという基本構図は呼称の面でも明確にしておくべきだという思考からの呼称である。
さて私はいまワシントンにいて、この報告を書いているが、ワシントンでの議会や政府、民間の研究機関で関係者から表明される多様な見解をまとめる形で、このウイルス拡大が世界をどう変えるのか、アメリカ側の分析を以下に伝えよう。冒頭で記した二つの変化要因である。
まず第一の中国の変化だが、中国にコロナウイルスが及ぼす変化としては、大まかにみて二つの潮流があげられる。
一番目は中国自体の弱化である。武漢市の全面閉鎖に象徴される社会機能の麻痺により当然、経済は落ち込む。その結果、軍事に投入される国家資源も相対的に減ることになる。なにしろ国民多数の国内での移動や就業自体が大幅に制限されたのだから、総合的な国力が削られるのは自明である。
米側ではこの点、スタンフォード大学フーバー研究所のアジア問題の権威マイケル・オースリン研究員が「この感染症拡大は習近平政権への中国内部での非難や不満を激しく広げた」と指摘した。習近平主席は対応策として今後、国内の引き締めを図るだろうが、なお習近平政権がこの疾患を隠して、国民の生命よりも社会の支配を優先したことが国民を激怒させた事実は政権自体の弱体化要因だと言えよう。
二番目は中国をみる世界の目の険悪化である。世界は習近平政権が当初、ウイルスの拡大を隠し続けたことを非難した。国際社会のそうした非難は当然、中国の孤立傾向を強めることになる。伝染病の流行までも隠蔽せねばならない独裁政権の異様な体質への国際的な忌避や嫌悪だとも言えよう。
そもそも中国はいま全世界を苦しめる武漢コロナウイルスの発生地である。加害者だとも言える。日本もアメリカもそのウイルスから自国民を守るためには中国との絆を断つ動きをとらざるを得ないのだ。いまの中国は全世界の異端なのである。
第二にはこのウイルスの拡散がグローバル化を阻み、縮小させる影響である。
グローバリゼーションとはそもそも国家と国家の間で人、物、カネが国境を越えて、より自由に動く現象を指す。そのグローバル化は貿易の実例でも明らかなように世界全体、さらには人類全体に数えきれない利益をもたらしてきた。だがそのグローバル化にも光と影があった。
ウイルス感染症が中国から他の諸国へ移っていったのも、ある意味でのグローバル化の産物だった。だから当然、この危険なウイルスの国境を越えての拡散を防ぐためには、国境の壁を高く厳しくする措置が欠かせなくなる。国境を高くすることはグローバル化への逆行である。
そもそも超大国アメリカのトランプ大統領は選挙公約にもはっきりとグローバル化への反対をうたい、主権国家の重要性を強調した政治リーダーである。そのアメリカで中国発生のウイルスへの対策として、中国との絆の縮小や遮断を説く声が起きるのも、自然だと言える。
トランプ政権のウイルバー・ロス商務長官は「このウイルスの拡散は雇用を北米へ戻すことを加速させる」と述べて、批判された。仮にも中国の多数の国民を苦しめる感染症をアメリカの雇用を増すプラスの出来事として描写したことの不謹慎さを非難されたわけだ。だがその一方、今回のウイルス拡大がこれまで中国へ、中国へ、と流れていたアメリカ国内の生産活動の移動を元に戻す効果があることは事実である。
トランプ政権はウイルス拡散の以前から中国との経済関与を減らすことを政策目標にしていた。中国共産党政権の国際規範無視の膨張に反対するためだった。だがこのウイルス拡大はそのアメリカ主導の脱中国の動きを加速させ、中国に重点が移りかけていた全世界のサプライチェーン(供給連鎖)までにも正面からブレーキをかける結果を招いたのである。まさにグローバリゼーションの大きな変化だった。
すでにコロナウイルスの感染者が多数出たイタリア、イラン、韓国などという諸国も多様な方法で中国との関与や接触を断つ方向への措置を取り始めた。グローバル化への逆行である。
同じ新型コロナウイルスの被害に遭い、国難とも呼べる危機を迎えた我が日本も、国内の目前の緊急事態への対処が最重要であることは自明だとしても、この事態が世界全体を中期、長期に変えていく大きな潮流にも視線を向けておくべきだろう。