中国・武漢市を発生源とする新型コロナウィルスは、日本、韓国ばかりではなく、イタリア、イラン、米国などにも蔓延し、全世界に多大な損害をもたらした。当初、中国政府は、情報隠蔽を行い、新型コロナウィルスの発生をひた隠しにしていた。この初動の隠蔽がその後の新型コロナウィルスの拡散に拍車をかけたことは紛れもない事実である。その爆発的拡散は、東京オリンピックの延期をはじめ全世界に莫大な経済的損失と多くの犠牲者を生んだ。世界中が中国に謝罪と補償を求めることは極めて納得できる。
それにもかかわらず、中国政府は今、「新型コロナウィルスの感染源は中国と確認されていない。米国が持ち込んだのであり、むしろ中国は被害者である。ウィルスの拡散を防止するため、武漢を封鎖して世界を救った。中国にしかできないことで、世界は中国に感謝すべきだ。習近平に感謝しよう」などと根拠のない支離滅裂な主張を繰り返している。
日本人には到底理解できないことだが、これこそが中国得意の宣伝戦である。
少し詳しくその経緯を紹介しよう。
3月4日、新華社通信は「中国の巨大な犠牲と代価があったからこそ、全世界は戦いのための貴重な時間を得ることができたのだ」と指摘し、「世界は中国に感謝しなければならない」と主張した。
習近平が武漢入りする前の3月5日、現場指揮を執る孫春蘭副首相が武漢市内の団地を視察した際、住民が自室から次々と「全部ウソだ」と大声を上げた様子がネットで流された。これは、実際には生活物資が届いていないのに、地区幹部が副首相に「順調だ」と報告していたことに住民が抗議したのだ。この映像に対して、人民日報などが武漢市のやり方を「形式主義だ」と批判した。こうした動画はいつもならすぐに削除されるのになぜか公然と流された。
翌、3月6日、武漢市で感染防止関連担当者会議が開かれ、武漢市の最高責任者である王忠林共産党市党委員会書記は、「習近平総書記に感謝し、共産党に感謝し、党の話を聴き、党に従って進む」ことを目指す「感恩教育」の市民への徹底を指示し、幹部に対し「民衆の中に入り、民衆を宣伝し、民衆を動かし、民衆に依拠し、共に感染防止工作に万全を期せ」と強調した。毛沢東時代を彷彿させる「感恩教育」に対しては、さすがにネット上で批判が飛び交った。
そして3月10日、習近平が武漢を訪れ、「武漢とその人民は英雄の名に恥じない。党と人民は武漢人民に感謝する」と言い、市内の団地を視察して、今度は住民の大歓迎を受けた。
この一連の動きは、習近平を賞賛し、中国共産党を称えるための意図的で政治的なイメージ戦略である。
中国ではなぜこうしたことがまかり通っているのだろう。「中国式論理だ」「中国の民族性だ」「共産党の生き残り策だ」などいろいろな意見が日本国内にはあるが、一つ言えることは未だ中国共産党の思考は毛沢東時代と何ら変わっていないということだ。
毛沢東の最大の誤りは大躍進政策と文化大革命である。
大躍進政策(1958~1961年)では、私有財産制を否定して共産主義政策を推進した毛沢東は、科学を無視し、非現実的な政策を強引に推し進めたことで、人類史上最悪ともいえる大飢饉と生活・社会・産業・環境の大破壊、さらに7,000万人を超える多数の死者が発生した。
文化大革命(1966~1976年)は、名目は「封建的文化、資本主義文化を批判し、新しく社会主義文化を創生しよう」という改革運動だったが、実際は、毛沢東が復権を画策した紅衛兵を中心に大衆を扇動した権力闘争だった。紅衛兵運動により、多数の知識人が迫害され、遺跡、文化財が破壊され、1,000万人以上が犠牲となった。
このように毛沢東は、人類史にも類を見ないほどの災厄をもたらしたにもかかわらず、習近平は就任後、「初心忘れず、使命を胸に刻む」と強調し、毛沢東ら過去の指導者の思想を学ぶことを提唱した。習近平は毛沢東の教えに従って「人民に奉仕する」共産党を取り戻すとして、150万人以上ともいわれる腐敗幹部を容赦なく摘発し、共産党員としての自覚を高めるための理論学習も強化した。
さらに習近平は、自己への権力集中と独裁化を強めている。ヒトラー、スターリン、毛沢東がそうであったように個人崇拝と独裁が強まれば、必ずと言って良いほど恐怖政治で支配するようになる。指導者の言論に対して異議を唱える者を投獄し、群衆を集団化して指導者への個人崇拝を宣伝・教育する。実現できそうもない計画や耳に心地良いスローガンを連発して群衆を引き付ける。
中国は、政治は共産主義、経済は資本主義というキメラ的な国家体制を擁する国である。世界第二位の経済力を持つ中国が、キメラ体制の矛盾を繕い、共産党の権益を守るために時代錯誤の独善的な政策を繰り返せば、グローバル化した世界に多大な悪影響を及ぼすのは必然である。新型コロナウィルスの拡散はその典型であり、世界の歴史的事業である東京オリンピックを延期に追い込んだことは、中国に極めて重大な責任がある。この責任追及と求償を日本だけではなく国際的に連帯して行うべきだと考えている。