「経済班」の創設
現在、日本おいては、経済安全保障の観点から、中国のデジタル人民元の問題、サイバーテロ対策、先端技術窃取対策、外国人の土地購入問題、特許制度の見直し、次世代通信規格「5G」の情報通信網の整備などの課題が山積している。政府内には以前からこうした問題に対する危機感があったが、所管の省庁が曖昧で、当事者意識を持って取り組む役所がなかったことが問題だった。
こうした問題意識を受けて、国家安全保障会議(NSC)の事務局にあたる国家安全保障局(NSS)が4月に経済分野を専門とする「経済班」を発足させた。デジタル通貨や土地取引、知的財産などに取り組み、省庁横断での総合的な戦略をつくっていく。
ここでいう経済安全保障とは、石油危機後関心を集めている概念であり、政治的安全保障との類推で、一国の経済システムが安全に活動しうる条件を保障することである。日本人全体の生存に必要な最低の生活基準を維持するのに必要な物財の生産量、輸出入量の規模およびそれを保障する条件、ある特定時点の生活水準の維持に必要なそれなど、各種の水準に応じて設定することができる(ブリタニカ国際大百科事典より)。
これまでも政府内に経済安保問題に対応するという動きがなかったわけではない。
例えば、昭和61年に各情報機関の連携を目的としてつくられた合同情報会議では、当初、内閣危機管理監、内閣情報調査室、警察庁、防衛省、外務省、公安調査庁がメンバーとされていたが、最近では、テーマに合わせて財務省、経済産業省、海上保安庁なども参加している。それだけ、危機管理の案件が増大し、議論の幅が広がってきたということだ。しかし、合同情報会議の性格上、ここでの議論の成果がそのまま政策に反映されたわけではなく、縦割りの弊害は解消できなかった。
感染拡大地域からの外国人入国を拒否
日本の安全保障政策と言えば、日米安保体制があれば万全という軍事面を強調した考えが戦後長く続いてきたが、最近の新型コロナウイルスや度重なる自然災害などを契機として、従来の安全保障の概念の枠を超えた重大事態と捉えるようになった。
特に今回の新型コロナウイルス対策では、医療対応は厚生労働省、感染症の経済影響分析と対応は経済産業省、国の財政支出は財務省、海外の邦人保護は外務省、感染症の水際対策は厚生労働省、外務省、防衛省、法務省、治安対策は警察、移動制限は国土交通省、学校休業は文部科学省、多くの地方自治体など複数の省庁が複雑に関与せざるを得ず、各省庁間の所掌業務の境界線が曖昧で、責任の所在が不明確など、複雑で微妙な調整が必要だった。今後は「経済班」が横断的な司令塔となることでスムーズな対応が期待されている。
その「経済班」(準備班)が実務を担った最初の案件は、出入国管理法を法的根拠として新型コロナウイルス感染拡大地域からの入国拒否を行ったことである。同法は、外国人の上陸拒否の要件として、「法務大臣において日本国の利益または公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者」とし、今回、「日本の上陸申請日前14日以内に中華人民共和国湖北省に滞在歴がある外国人及び同省の発行の中国旅券を所持する外国人について、特段の事情がない限り、出入国管理及び難民認定法第5条1項14号を適用して上陸拒否できる」とした。同条は、本来、テロリストへの対応を想定して創設されたものであるが、特定地域の滞在を理由として入国拒否したのは今回が初めてである。
「経済班」に期待すること
「経済班」に期待する課題解決は多数あるが、第一は秘密特許制度の創設である。現在の特許制度は、技術開発成果を公開する代償として一定期間、排他的独占権である特許権が付与されるとされ、「公開代償の原則」が必要である。そのため、核開発に関係する機微技術が公開されるなど安全保障上の問題がある。実際に日本では、軍事目的に転用されるおそれのあるレーザー濃縮技術など複数の核開発技術が公開されている。そのため、過去、北朝鮮の核開発において、日本の核関連技術がかなり模倣されているとの指摘を受けたことがある。
第二に外国人の土地購入問題である。外国人が国内で土地を取得することに制限がなく、米軍や自衛隊施設の周辺や水など自然資源が豊富な地域を外国人らが保有する事態が日本各地で起きている。日本では所有権が強く保護されており、軍事施設の周辺に監視施設のような建物が建設されても、それを撤去することは非常に難しい。
「経済班」創設は、経済安全保障に対する取り組みとしては、遅きに失した感もあり、わずか20人と規模も小さいが、国家危急の重要課題が山積している現状を考えれば、省庁の要としての役割を存分に発揮して様々な問題を解決してもらいたい。