日本の危機管理能力はなぜ低いのか
日本の危機意識が低い、危機管理能力が不足していると言われ続けて久しい。今回の中国を発源地とする新型コロナウィルスにおいても、危機管理に対する対応の甘さが浮き彫りとなった。例えば、「諸外国では、都市のロックダウンなど私権を大幅に制限する強制的な隔離を行ったが、日本では緊急事態宣言をしても罰則規定がないため要請に従わない人や企業が見られた。そのため、北海道が第2波の感染に襲われるなど緊急事態宣言の延長を余儀なくされた」「現在、PCR検査を行う保健所は全国に469か所あるが(支所をのぞく)、行革などでこの30年で300以上減り、予算や人員も抑えられてきた。日本のPCR検査数が伸びていない原因はこの保健所数や人員の少なさにある」「統一した総合的な危機管理庁がないため、どこの省庁が所掌するのか曖昧な場合があり、初動対応が遅れた」など、反省すべき点は多い。
危機管理に詳しい金沢工業大学の古市達郎教授は、「日本人及び日本社会の危機意識の低さの背景と問題点」と題して、その要因を次のとおり論じている(「究極の危機管理」より要約)。
・地理的要因
日本は極東に位置する国であり、外敵の襲来は第2次世界大戦までは元寇の役が2回あったのみである。欧州のように国境を接した国同士が侵略や支配を繰り返した経験がなく、情報感覚や意識に疎い。米国による被占領体験はあったが、米国の庇護下で経済に専念できたこともあって、国家の安全や社会の安全について学ぶ機会がなかった。
・民族的要因
原則として単一民族であり、深刻な民族対立の経験がない。宗教対立や大量殺戮などに対する理解力に乏しい。
・文化的要因
農耕文化の国であり、自然界の多数の神を崇拝する宗教が育った。農耕作業は集団の総出による共同作業で、その収穫は集団全員が分かち合い、五穀豊穣を祝う祭りが賑わった。こうした農耕集団の危機とは天候による自然災害であり、共同体内のトラブルは共同作業に支障が出るため抑制的だった。一方、狩猟民族は獲物を狙って必然的に他の集団とのトラブルが発生し、狩猟地をめぐる衝突も頻発した。こうした争いがある世界では情報能力が鍛えられた。
・日本人の特質
「自己防衛意識が極めて低い」「危険に対する想像力が働かない、創造力に欠ける」「喉元過ぎれば熱さを忘れる」「自然は克服するものが欧米社会、自然と共存するのが日本社会」
戦後の教訓を生かして危機管理能力を強化せよ
戦後、経済合理性を追いかけて、危機管理を疎かにしてきた日本政府や企業は、足元が侵食されていることにまったく気づいていなかった。ロシア、中国、北朝鮮、韓国にとって、日本の弱体化はまさに国益であり、国家として最大の資源を費やしてでも追及しなければならないことだった。それらの国が仕掛けてきたことは、国際法違反の領土占拠と威迫(北方領土、尖閣諸島、竹島問題など)、自虐史観の押し付け(南京大虐殺、従軍慰安婦など)、技術情報の窃取(防衛技術、先端技術など)、影響力のある人物の取り込み(学生運動の活発化や知識人の左傾化など)、自国寄りの世論操作(自国の良さを誇張し、日本の短所を宣伝する)などであり、確かに日本に不用の出費や心理的圧力を加えることに成功し、国力の弱体化を招いた。
こうした日本が置かれてきた状況を踏まえて、日本政府に提案したいことは、第一に危機管理庁の創設である。これまでも副大臣会合などで何度も議題に上ったテーマであるが、未だに実現していない。所掌事項や人事権など各省庁の縄張り争い的なものがあるのは承知しているが、現在の日本の危機的状況を考えれば、省益を主張するような状況ではない。第二に危機管理や安全保障に直結する法整備が必要である。私が経験した事例で言えば、複数の省庁が集まって会議を開いた際、中国や北朝鮮の武装難民が日本に上陸した場合、自衛隊と警察のどちらが対応するのかが議論になったことがある。ただの難民なのか武装難民なのかをどう判断するのか、どの程度の武装ならば警察から自衛隊にスィッチするのか、防衛出動が命令されなければ自衛隊は動けないのかなど議論は尽きない。定義や法律が曖昧なため最後にはいつも結論先送りとなる。これで本当に日本を守れるのか、甚だ疑問である。
さらに新型コロナウィルス後を展望すれば、「ロシア、中国のサイバーテロなどの有害行為にどう対応するのか」「北朝鮮の核開発・ミサイルの脅威をどう抑止するのか」「新たな感染症に備えた予防体制をどう構築するのか」「今後予想される台風、地震などの災害にどう備えるのか」「経済をいかに迅速に復興させるのか」など日本に課された難題は多く、危機管理能力の強化と専門家の養成が急務である。
国民の多くが自粛を強いられ、経済が大幅に停滞している現在、不満と鬱憤が尽きないのは十分理解できる。しかし、いつまでも新型コロナウィルス禍を嘆いているばかりでは何も変わらない。世界が変化しようとする今こそ、新しい日本に生まれ変わる好機であると私は思う。日本の危機管理能力を強化することで他国に負けない国家を作り、これまでにない革新的な施策を立案・実行し、世界の平和と安定に一層貢献していこうではないか。