日本がアメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド5ヵ国の機密情報共有体である「ファイブ・アイズ」に編入されるという見通しが出てきた。
日本経済新聞は8月14日、河野太郎防衛相のインタビューを掲載し、「『ファイブ・アイズ』諸国は、価値観を共有している国々だ。日本は以前から5ヵ国と情報交換しており、それが恒常的になれば『シックス・アイズ』と言うのかもしれない。外交、経済で足並みをそろえるのは非常に重要だ」と述べたと報道した。一方、ファイブ・アイズ側からも歓迎の声が聞こえてくる。英国のトニー・ブレア元首相は産経新聞のインタビューに答えて、「自由主義諸国が連携して中国の脅威に対抗する必要がある」とし、「ファイブ・アイズへの日本の参加をわれわれは検討すべきだ」と述べた。
ファイブ・アイズとは
ファイブ・アイズ(UKUSA協定、United Kingdom – United States of America Agreement)は、1940年代に米英が対独戦で緊密な情報協力を行ったことが切っ掛けとなり、その後カナダ、オーストラリア、ニュージーランドに拡大した。UKUSA協定加盟5ヵ国は、他の欧州・アジア諸国とは一線を画した情報共有を行ってきており、その情報共有の主体の1番目は米国で2番目は英国となる。この2ヵ国は、戦後、ロシア、中国など東側の情報機関との厳しい情報戦を戦ってきており、その組織規模、情報能力、情報収集技術、人材の優秀さは他の国の追随を許さない。UKUSA協定を詳細に見ると、5ヵ国が世界中に張り巡らせたシギント(SIGINT、通信、電磁波、信号等の傍受による諜報・諜報活動)の設備や盗聴情報を相互にまた共同で利用するもので、コンピューター・ネットワークはエシュロンと言われる。この協定は加盟国以外の政府、軍、派閥、政党、省庁、政府機関、個人・集団が行うすべての通信を対象としており、軍事、政治、経済的価値を持つ国外の通信も含まれると規定している。エシュロンは、ギリシャ、スペイン、ドイツ、日本など、いくつかの同盟国にも傍受局を置いているとされる。我が国には、青森県の三沢飛行場近くの姉沼通信所に傍受施設が存在し、1,000人単位のNSA要員が詰めていると言われ、東京都内の駐日アメリカ合衆国大使館などのUKUSA同盟国の公館内や沖縄にも傍受施設が存在しているとされる。
情報能力の低い日本
日本は、主要国の中で、おそらく突出した情報弱国だ。専門の「対外情報機関」もなければ、「防諜機関」もない。一般の情報守秘意識も低い。現在、日本の情報機関と言える組織は、内閣情報調査室、警察庁警備局、防衛省情報本部、法務省公安調査庁、外務省国際情報統括官組織、海上保安庁警備救難部などがあり、数としては揃っているが、いずれも専門的な「対外情報機関」とは言えない。
ファイブ・アイズ諸国の例を挙げれば、米国はNSA(国家安全保障局)、CIA(中央情報局)、FBI(連邦捜査局)、DIA(国防情報局)など15組織、英国はMI5(内務省保安局)、MI6(秘密情報部)など6組織、カナダはCSIS(カナダ安全保障局)など5組織、オーストラリアはASIO(保安情報機構)など6組織、ニュージーランドはNZSIS(ニュージーランド保安情報局)など3組織であり、特に米国と英国は強力な情報機関を有している。
ファイブ・アイズがなぜ日本を受け入れようとするのか
ファイブ・アイズが単なる情報協力の同盟に過ぎなければ、情報弱国の日本が加盟する意味は薄い。だが、米中対立が明確となった現在、安全保障の多様化に伴って、アジア・太平洋に強固な対中包囲網を作る意義は大きいと言える。日本が受け入れられる理由は、第1に日本の防衛省情報本部が持つロシア、中国、北朝鮮などの通信傍受や電波信号の蓄積データは、日本の独自情報として貴重だということである。例えば、1983年9月1日に発生した大韓航空機007便撃墜事件では、撃墜したソ連が事件への関与を全面的に否定したため、日本が機密情報である交信記録を傍受したテープをアメリカ側に提供して公表し、世界にソ連の非道を訴えたことがある。第2に中国のサイバー攻撃に対抗するために西側の有力国が連携する必要がある。例えば、サイバー攻撃における未知のウィルスの弱点をいち早く知ることは、サイバー攻撃の封じ込めに非常に有効である。第3に経済安全保障の観点からファイブ・アイズを中心とした共同体を作り、中国依存の経済体制を改める。新型コロナウィルスの反省から、マスク、医療器具などがほぼ中国独占で作られている実態は安全保障上、極めて問題だからである。
ファイブ・アイズ加盟のメリット
日本にとって、ファイブ・アイズに加盟することは、対外情報機関の設立やスパイ防止法の整備に向けて大きな起爆剤となる可能性がある。国際社会は水面下で日常的に情報戦が展開されており、軍事情報のみならず、経済情報や先端科学技術情報を窃取されることは、国益を損ない、国家の安全の弱体化をもたらす。戦後の日本は、自国の安全を米国に依存してきたことから、防衛だけではなく、情報も米国頼りだった。例えば、尖閣諸島における中国・海警局の巡視船の執拗な侵入は日本にとって大きな脅威となっているが、少なくとも米軍が前面に出て戦う状況ではない。こうした中国の略奪行為に対抗するためには、軍事力の整備ももちろんであるが、高度で正確な情報分析が不可欠である。
また近年、安全保障そのものが、これまでの陸海空の領域からサイバー、宇宙へと広がっている。既に我が国の自衛隊は、2014年3月、自衛隊指揮通信システム隊の隷下に共同の部隊としてサイバー防衛隊を新編し、情報通信ネットワークの監視及びサイバー攻撃への対処を24時間態勢で実施している。また、2020年5月には、航空自衛隊に宇宙作戦隊が新編された。宇宙作戦隊は、府中基地において約20名で編成され、宇宙状況監視システムを運用するなど、宇宙空間の安定的利用の確保に資する活動を実施する予定だ。こうした多次元防衛のためには、複数国にまたがる情報・通信体制の構築は極めて有効である。