英国のEU離脱による世界的混乱始まる
―経済・軍事的均衡の行方は―

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会長・政治評論家 屋山太郎

英国が国民投票でEU(欧州連合)脱退を決めたことは、世界の軍事的均衡を狂わせ、世界経済を根本から揺るがすことになるだろう。英国がEUに加盟したのは1973年だが、それまでにドゴール仏大統領に2回断られている。EUの原加盟国は独、仏、伊とベネルックス3国の計6ヵ国だが、EU統合の原点は「不戦」だった。そこにNATO(北大西洋条約機構)の軍事力の有力国である英国が、経済や安全保障を補強する狙いで入ってきた。これに先立って66年、仏がNATOを脱退したのを見ても、大陸国が米、英と軍事力で絡みたくないと思っていたことが分かる。冷戦は米英と手を組むことによって乗り切った。目下、中露は再び接近中だが、この中国に英国がAIIB(アジアインフラ投資銀行)を通じて急接近している。国連の安保理常任理事国は米、英、仏、中、露の5ヵ国だから、このうち中、露、英の3ヵ国が組むという悪夢は想定外のことだった。
 英国のEU離脱は国際経済に計り知れない打撃を与えた。著名投資家のジョージ・ソロス氏は20日、英紙カーディアンに「離脱に投じればポンド暴落は破壊的なものになる」と予言していた。米連邦制度準備会議のイエレン議長も「英国リスクを嫌ってドル高になる」と述べ、米経済を下押すことになるとの警戒感を示していた。また国際通貨基金(IMF)は19年の英国の国内総生産(GDP)は、残留時に比べ5, 6%減少するとの試算をまとめた。貿易や投資が落ち込み17年は景気後退に陥るとも分析した。離脱が決定したその日、全世界の株式市場で株価が暴落したことを見れば、離脱が通貨や株式を打撃することは一般人でも理解できたことだ。
 問題はそれ程、明らかに結果が予想できることになぜ過半数の国民が賛成したかである。EUの機構はかねて複雑すぎてEU官僚の遊び仕事になっているのではないかと言われていた。その規制の紙を積み上げれば50メートルにもなると言われたものだ。
 EUの仲良し連合は人道主義を掲げることで、不満を抑えてきた。移民への社会保障は厚いものとなった。その人道主義の負担分が重すぎると定年世代が言う一方で、若い世代は移民に職を奪われたという不満がある。この潜在的な不平不満は基本的にはアメリカの“トランプ現象”と同質のものだろう。
 この不満を解消するのにEU離脱という手段はメチャメチャだが、英国は2年以内にEUに脱退手続きをしなければならない。その交渉は5億人の市場から6000万人が離れるという条件闘争だ。EU側が甘い条件で英国の“家出”に賛成するはずはなく、交渉中にも英国の経済は破滅的打撃を蒙るのではないか。
 残留派の多かったロンドンでは分離独立して、EUに再加入せよとの意見が浮上している。北部スコットランドでは62%を占めた残留組がまたぞろ英国からの独立の住民投票を求めそうだ。
 これほど世界に影響を与えるものを国民投票にかけたのはポピュリズムというしかない。キャメロン英首相の大失敗だ。
                                                                                                         (平成28年6月29日付静岡新聞『論壇』より転載)