1.尖閣波高し
中国の一国二制度の切り崩しとして、香港に対する圧力の強化が始まった2019年から、ついに、本年6月30日には「香港国家安全維持法」が制定され、香港―台湾―尖閣を結ぶ第一列島戦の重要な一角が中国の手に落ちた。
他方、本年1月11日の台湾総統選挙においては、与党・民主進歩党(民進党)の蔡英文氏の再選に示されるように、台湾での自由主義制度の維持の意思表示がなされ、さらには7月30日に李登輝元台湾総統が没したことにより、台湾は中国との統一に否定的となってきていると思われる。
その上、蔡英文氏と米国トランプ大統領との関係強化の動きもあり、中国の台湾統一は武力をもってする案も浮上してきている昨今の環境下である。
米国との真面目な軍事衝突を避けることが可能であり、かつ「中国の偉大なる復興」を実現化する次の段階は、尖閣への侵攻と思われる。
尖閣は中国にとって、「核心的利益」であると世界に公表し、1970年以降尖閣を中国領土と主張しており、近年公然と我が国への領海侵犯を続けている状況である。
尖閣をめぐる中国の侵攻段階は、過去に南シナ海で中国が近隣諸国の領土を略奪した経緯に酷似しており、まさに今侵攻されてもおかしくない状況と思われ、緊張が日々継続していると認識するのは、私一人だけではあるまい。
2.尖閣周辺侵攻対処の現状について
尖閣には施政権が及んでいるか否かについては、実効支配されているかが不明瞭であり、日中双方の主張を裏付ける実態は存在していないところに大きな問題がある。
この点においては、尖閣管理へ近々議員立法すべく、本年8月17日に「尖閣諸島の調査・開発を進める会」の設立総会が立ち上がったことは、善しとすべきであるが、周辺海域での中国公船による領海侵犯の頻繁なる行動は、この領域が中国海域であることを宣伝せんとする意図が見え隠れしており、これに対応すべく、我が国としても、一日も早い実行措置が取られることを期待したい。
また、これを監視警戒している海上保安庁の勢力装備等が、世界第4位の海洋体積を有する我が国海洋国家にふさわしいものであるのかは、専門外ではあるが、尖閣周辺警備の報道写真等を垣間見るに、中国公船の数や艦艇の大きさ等の比較において、十分ではないように感じている。
3.尖閣周辺のグレーゾーン事態から、尖閣侵攻への移行への円滑な対応について
現状では、ロシアのウクライナ侵攻や、シリア内戦に見るようなハイブリッド戦争の形態が予想され、中国の得意な3戦(宣伝戦・心理戦・法律戦)が行われ、海上民兵を中国漁民としてカモフラージュさせた状況で侵攻すると予想される。
この対応は軍事作戦に長けている組織が対応すべきではあるが、現状は海上警察である日本の海上保安庁が第一線としてこれらの相手に対応しており、軍人を混交させた中国側との紛争となれば、おのずと限界点があり、速やかに自衛隊へと任務継承が円滑に移行すべきことが必要となってくるが、その移行要領や、切れ目のない対応が国家として平素から演練されているかについて、縦割り行政の弊害を感じているのは、私のみであろうか?
海上警察の能力を超える軍事能力を有する中国漁船船団と、それを取り締まるふりを装い、実態は、一体となって尖閣に軍事的能力を発揮して一気に上陸させ、中国国旗を立て、その上陸漁民の安全確保のために中国公船が周辺の治安維持にあたるという構図を取られるであろう。
その略奪された尖閣奪回を図る自衛隊の投入は、かなりの犠牲を覚悟することが必要になるし、中国側からは「公船と漁民に対して、日本政府は軍隊を使用し軍事行為を行った。」と非難され、公然と「漁民を日本軍隊から守るために中国軍を投入する。」という、口実を与えることにもなってしまう、というジレンマがある。
また、治安警備までは、対応能力を有する我が国国家機構であるが、紛争以降の有事対応分野への国家意思決定部門に未習熟な国家意思決定とその手順等と執行機関への権限移譲の分野が、未知数である。
これが、憲法改正が未だにできない我が国における安全保障分野の実態ではないのではないだろうか?
そこで、これらの明日にでも起きるかもしれない尖閣有事に、如何に対応するかについての一考察を述べてみたい。
4、基本的態度としては、有事ではなく、平時の治安維持の行為でこれを排除する
実態としては、自衛隊のような組織が、事態対応を当初から行うことが、齟齬なく、切れ目もない最良の方策であるとも考えるが、現実的には、平時から海上保安庁所掌の対応であり、ある時点から、グレーゾーン事態の段階で、これを阻止しうる体制へと変換される。
ということになるが、これがスムーズにいく保証が確約できないことの為に、すべての対応を海上保安庁に一任し、自衛隊は協力支援関係に置かれるべきである、との案を提示したい。
即ち、端的に言えば、自衛隊を海上保安庁の指揮下に入れ、海上警察として、平和裏のうちに、運用させ、早期に事態を解決するという案である。
この体制(態勢)を如何に採るかについては、今までのやり方ではなく、一工夫と、各省庁のメンツを超えた、我が国のための行動を共にするという意識が最も重要な点であると考える。
現状の問題に対応するため、海上保安庁も逐年勢力拡大に努力してはいるが、国家予算と国家資源の制約があり、なかなか進展しないのは、自衛隊と同じく、国家公務員という制度の中での諸制約が存在するからでもあろう。
また、予算で処置をしても、艦船であれば、5年以上の建造期間が必要であり、その新造鑑に習熟するにはさらに日月が必要となり、今、現在の用には立たない点も留意しなければならない。
更には、人の教育にも年月が必要であり、人的勢力をいくら拡大してもすぐに働ける人材とはならないことも、留意しなければならない。
ここで、更に提案したきことは、自衛隊は、若年定年制と任期制度という人事制度を採用しており、また予備自衛官制度というものも保有している。
この制度に着目し、軍事行動に習熟したベテランを再編成し、これらの人材を国家として有効活用する。
若年定年制度の自衛官の有効活用と、省庁間の垣根を超えた協力体制(態勢)の確立を望むものである。
5.具体的一案の提示について
(1)現在実施されているであろう省庁間協力を更に強化する
その時だけの臨時会議や、訓練の時だけの協力・支援ではなく、常設の相互調整や、相互の作戦協力のための人材派遣や組織派遣を平素から継続的に実施させる。
また、本提案では、海上保安庁の隷下に、自衛隊及び自衛官の組織を取り込み、身分を海上保安官として、準軍事行為のできる能力を与え、海上保安庁の能力向上を図り、あくまでも、海上警察行為としての機能拡充の施策とする。
更には、中国側に対する抑止力のためにも、中国に見える形で、海上保安庁と自衛隊間の緊密な連携のための処置及び日米間の緊密な連携のための処置が必要となってくるであろう。
日米間は、近年日米安保の再協議の進展に伴い日米共同調整メカニズムが進展しており、その既存のシステムの活用、拡充が望まれるであろうが、海上保安庁と自衛隊間の緊密な連携のための処置がどの程度進んでいるのかは未知数である。
この3者の共同調整システムの確立も急務ではないだろうか。
(2)海上保安庁に付与すべき能力について
海上保安庁に提供する能力は、①海上警備能力の向上のための組織 ②中国漁船団の尖閣上陸阻止能力のうち、直接阻止する行動ができる能力――実は、これが一番難しいことで、防衛すべき尖閣に日中双方とも誰もいない状態であるため、我が国国旗もない無人島に、あたかも運動会の競争でどちらが先に尖閣上陸するかの競争を呈する形になる。
本来我が国領土であれば、何らかの施政権を示す存在を示しておかなければならないところが、実際にはなされていないので、戦術的に大変難しい。
戦略の失敗を戦術では補えないことの代表のようなものであろう。
中国漁船団の上陸阻止のためには、中国漁船団と尖閣の間に入って尖閣上陸行為を直接拒否する行動を取ること。次に、万が一上陸されそうになった、あるいは上陸された折に、間髪を入れずこれを捕らえることであろう。これは洋上での拿捕、及び上陸した者の逮捕ということになるであろう。
これらの中国漁船団の尖閣上陸行動を支援するであろう中国公船の行動がエスカレートしないように抑止する態勢の保持が最も重要である。
これが中国海軍と対峙する海上自衛隊と米海軍が見せるところの、海上保安庁支援態勢の保持とその威容の顕示であろう。
①海上警備能力の向上のための組織
この能力については、海上保安庁の尖閣周辺に対応できる勢力が、この地域に出てくる、中国公船と中国漁船団を監視、警戒、不法行動阻止に必要な勢力の保持が必要であるが、実態は承知していないが不十分ではないかと予測しており、その不足部分をどう処置するかという点であろう。
自衛隊も本来の戦力が十分で且つ余裕のある組織であれば問題もなく、海上保安庁の必要とする組織を提供できるであろうが、現実にはグレーゾーン事態から準有事の近い現実に照らし合わせてみると、非常に難しいと思われるので、自衛隊OBと、準軍事装備品及び退役装備品の有効活用を提案するものである。
ここで一番問題になるのが、日本には巡視艇の類の予備が十分にないことであろう。
これら艦艇の国内緊急調達が見込めなければ、諸外国の使用中及び使用後のものを緊急調達してでも準備すべきであろう。
将来的には、真剣な予備自衛官制度の拡充と、退役装備品の予備役編入による活用が望まれるし、海上保安庁も、米国沿岸監視隊のように、準有事対応のための予備役システムの早期編成化を真剣に検討すべきであろう。
②中国漁船団の尖閣上陸阻止能力のうち、直接阻止する行動ができる能力(中国側の不法行動を阻止し、あるいはこれを排除しうる能力の付与について)
・中国公船の漁船団の不法行為を支援する行為を拒否する能力の付与について
漁船団の各個の不法行為については、海上保安庁の通常の能力で十分であろうと思われるが、中国公船のこれらを支援しようとする行為を拒否するには、それを咎める能力の保持とその威容の顕示が必要であり、それが、海上自衛隊と米海軍等とが、海上保安庁の行動を間接的に支援する態勢を保持しているという実態を、これら三者の連携の威容の顕示という形で示すべきであろう。
もちろんこの行為の未然防止のための日中海上事故防止協定の一環としての、海空連絡メカニズムの構築等も引き続き努力されるべきであろう。
その意味で、昨年(2019年)2月14日に日中両国の周辺海域で海難事故が起きた際の協力の在り方を定めた「日中海上捜索・救助(SAR)協定」が同日発効したことには大きな意義を感じている。
・中国漁船団の尖閣上陸行動の阻止及び排除について
これらの行動は、中国漁船団の不法行為の兆候発見から速やかにこれを拿捕しあるいは上陸した者を逮捕排除する能力が必要であろう。
洋上で上陸阻止するには、兆候の早期発見、漁船を洋上で捉えるための艦艇の質と量、就中海上機動力の優越の保持と、取り押さえるに十分な人的勢力及び不法行為を取り押さえるに必要な軽武装、それらを有効に使用し対応させるとともに、後の検証に耐えるシステムも必要であろう。
万が一尖閣に上陸された場合には、これを取り押さえるための迅速効果的な上陸能力と警察能力の保持が必要であろう。
この分野は、陸上自衛隊の着上陸戦闘能力が最も適切な能力と言えるし、これに警察権限を付与することになろう。
(3)海上保安庁の準有事対応能力の向上施策
ア.組織の改革
以上述べてきたが、海上保安庁としても、これらの能力構築のための、急速な勢力向上は法的にも、予算的にも困難なことと思われるが、防衛省の自衛官OBや装備品等を受け入れる組織を速やかに構築する必要があろう。
また、組織の編成にあたっては、行政組織法に縛られることなく、警戒・監視、指揮通信情報分野の24時間機能すべき分野については、完全シフト制を前提とすべき組織編成に留意すべきであることは、老婆心ながら注意喚起する。
イ.運用能力拡大の施策
・意識
今迄のように、海上保安庁は海上警察の範囲、それを超えるものは自衛隊に移譲するという意識では、スムーズな任務移譲が非常に難しく、また情報の共有も不十分に行われ、移譲した段階がすでに後手の状況を生起させる恐れがある。
今回は、国際紛争に至るかもしれない海上警察行為が、準有事を含めた行為となっても、全てを海上保安庁が最後まで決着させるという気概が基本でなければならない。
責任を転嫁することができないという覚悟が必要である。
・指揮通信情報の共有措置
この種の事案対応には、あらゆる情報と指揮命令が、必要なところに共有され、相互支援の関係が確立されることが肝要である。
すなわち、あらゆる情報、戦略情報から現場の情報まで、あるいは現場正面の情報から、それを支援する後方組織の情報や、敵国本土からの海空、宇宙関連情報まで共有し、活用できるシステムが必要であろう。
・指令部(司令部)機能の充実
指揮通信能力を備えた司令部機能と、自衛隊、米軍に関する知識と運用能力にも精通している必要があり、これがなければ各組織から如何なる支援が引き出せるかについても、知りえない状況では、宝の持ち腐れとなるであろう。
このために、海上保安庁、自衛隊及び米海軍との間に、司令部相互の運用支援チームを派遣させるとともに、指揮通信情報機能の共有の為のシステムが必要となるかもしれない。
(4)官邸との意思疎通と重大決心のシビリアンコントロールのシステム構築
既に行われていることとは思われるが、防衛省が官邸と、意思疎通を図り、平素から情報を共有しているのと同じく、海上保安庁も、グレーゾーン対応に関する官邸との連携を平素から確立することが必要であろう。
いわゆるROE(交戦規程)なるものの制定も必要となるであろう。
(5)他省庁との連携強化
防衛省、米海軍と同様に、機微な連携を必要とする、各省庁との情報共有と、連係動作が要求されるであろう。
特にこの手の問題はすぐ、外交安全保障問題や、法的根拠が求められ、タイムリーな国内外広報の処置が要求される。
これらを所掌する各省庁との情報共有が肝要であるが、この時に、秘密保持も必要であることを忘れてはならない。
往々にして政治家は、情報収集の努力はしないのに、知りえた情報を自慢めいて漏洩するきらいがあり、これが我が国治安組織の手の内を対象国に露呈し弱点を形成する恐れが内在している。
(6)平素からの共同訓練の実施
これらが有機的に機能するためには、すでに自衛隊が各種演習において日米共同訓練に精進しているのと同じように、海上保安庁を中心とする実地訓練が官邸を含み関係省庁及び米軍との間において平素から行われるべきであり、その能力向上を早期に確立すべきであろう。
今こそ国家総動員で対応を準備すべきであり、必要があれば我が国の漁業関係者の協力や、米国はもとより、台湾との共同も考える必要があるであろう。
結言
このような提案であるが故に、国家非常事態に対応する体制が、全て海上保安庁に委られるべき、というわけではなく、実行組織が海上保安庁に束ねられると理解されたい。
あくまで我が国の最高指揮官は内閣総理大臣であり、これを補佐する官邸が司令部であり、官邸そのものがすべての責任をもって各省庁組織を有機的に指揮する体制を確立することこそが、中国の紛争への拡大を抑止でき、その抑止力たる日米共同連携が円滑に行われる姿であろう。
官邸のこの種作戦の指揮・運用能力の充実も忘れることはできないことであろう。
「自分の国は、自分で守る」意思を内外に表明することこそが、今肝要なことではないだろうか。
月刊誌『偕行』より転載