菅首相の2021年における選択肢

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マノハール・パリカル国防研究所東アジアセンターセンターコーディネーター兼リサーチフェロー ジャガンナート・パンダ

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 2020年という年は、日本とその政界に対し戦略的で困難な課題を突き付けている。当初予定されていた東京オリンピック・パラリンピックの延期は、日本の経済回復と社会文化の活性化にとって落胆をもたらした一方、新型コロナウイルス感染拡大への対応も、日本の国内外における将来プランにとって足枷となっており、この最中で下された安倍晋三氏による首相退任表明は日本政治に不確実性をもたらしてしまった。安倍氏の後任者である菅首相は、「スガノミクス」とも言われている経済政策を通じて先見性のあるリーダーのイメージをすぐさま打ち立て、低迷する日本経済の再構築と回復を目指しているが、安倍前首相がここ8年近くの間にもたらした政治経済における重要なイニシアティブを、菅首相がどの程度まで前に進めることが出来るかは不透明なままである。
 
 衆議院議員総選挙が2021年に控えているため、菅政権の長期プランは非常に野心的なアプローチとなるのは明らかだろうし、どちらかと言えば、菅首相はそれまでに自身の政治基盤に注力するだろう。従って、菅首相のリーダーシップにとってまず最初の挑戦は、選挙日程の決定である。支持率は安定しているが、菅政権は2021年の初めに選挙を行いたいと考えているかも知れないし、または自身の基盤をより強固にするためにオリンピック・パラリンピック後に選挙に打って出るかもしれない。
 
 どちらにしても、景気回復政策の成功を目指している中での新型コロナ対応は大きな課題であり続けるだろう。内閣総理大臣の地位を自由民主党と共に手にする選挙戦の勝利は、菅首相のパフォーマンスによって決まってくる。選挙の早期実施が求められるのは前政権の政策からの脱却のためだが、菅首相は安倍前首相の施政方針の多くを踏襲しており、選挙時期の問題もいまだ不明確である。
 
 菅政権にとって最も差し迫った2021年の課題は、新型コロナウイルス禍で戦後最悪の落ち込みとなった日本経済の回復であろう。長引くデフレや国債の膨張、日本製品に対する外需の世界的な落ち込み、生産性の低迷といった諸問題はこのパンデミックによって悪化しており、人口減少と高齢化社会がこれらの問題をより複雑なものにしてしまっている。これらは短期的に解決できるものではないが、安倍前政権の柱であった「アベノミクス」という長期戦略でも解消できなかった課題として残っている。
 
 それにも関わらず、先行きの暗い昨今の現実を踏まえると、菅首相は日本経済全体に対する景気刺激策を直ちに打ち出さなくてはならない。ソーシャルディスタンスの継続や消費支出の低下、民間部門の消極性が経済活動を抑制してしまうため、菅政権は日本経済の諸課題に精力的に取り組むための新しい政策ツールを考案する必要がある。従って、菅首相は経済活性化のためにも、これまでの様々な景気刺激策や「アベノミクス」の枠を超えていかねばならない。この前例のない暗澹とした時代に、控えめで居続ける余裕は菅首相には無い。
 
 さて、経済政策のひとつの効果的なツールとして、インド、豪州そして米国との「クアッド(Quad 2.0)」のようなパートナー国との経済多国間主義への注力がある。また、ブラジルや韓国、ニュージーランド、イスラエル、ベトナムも加わった「クアッド・プラス」の創設も、より広範でかつ統合された経済圏を日本にもたらし、貿易関係を促進するだろう。安倍前首相が辞任の数週間前に提案した(日豪印による)「サプライチェーン・レジリエンス・イニシアチブ(SCRI)」もこの動きに大いに資するものであり、豪州-日本-インド(AJI)3ヵ国の協力体制を強化しひとつの経済同盟とすることも含むがそれに限定されるものではない。
 
 日本が経済多国間主義を推し進め、域内外とのより深化した貿易関係を構築するためのもうひとつの道は、「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)」や「地域的な包括的経済連携(RCEP)」のような貿易協定が目指すビジョンを活用することである。CPTPPの大きな原動力であった日本は、総加盟国のGDP合計額のほぼ半分を占めている。現在ではジョー・バイデン次期大統領の下での米国の復帰が見込まれており、英国と中国も加盟への関心を示している中、日本は発展した貿易体制を通じて自国経済をさらに向上させることが出来る。世界最大の自由貿易圏であるRCEPも、日本の地域貿易とサプライチェーンを大きく発展させることが可能である。この二大貿易協定を合わせて見てみると、どちらも日本に多大な利益をもたらすことになり、RCEPだけでも加盟国同士の貿易額が4,280億米ドルの増加となる。
 
 しかし政策を実行に移す際には、菅首相はますます好戦的で信頼性が欠ける中国と経済上の難題とのバランスを図る必要があるだろう。日本の国益を守り、レジリエンス(回復力)のある経済を作り出す政府の目標をさらに進めるため、菅首相が中国との地政学的な緊張関係に対処できるかどうかは予断を許さない。このような状況ではSCRIが極めて重要になってくるのだが、その成功の行方も、同首相がその主導権をどこまで政治的に優先させ、弾力性のある経済体制に向けた多方面からの支援を集めることが出来るのかにかかっているだろう。
 
 経済分野の目的と共に、菅首相はバイデン次期大統領との個人的友好関係を重んじ、米国の政権交代の最中における戦略的な日米関係を改めて主張するべきだろう。トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」は日本の国益との摩擦をもたらしていたが、安倍氏が提唱・推進した「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」がトランプ大統領に受け入れられたことは、日本の対中スタンスを後押しする形となった。バイデン次期政権の対中政策が、日本政府の流動的な対中アプローチと菅首相の2021年における優先事項と調和するか否かはまだ分からない。
 
 バイデン次期大統領は、東シナ海における米国の尖閣諸島防衛を保障し、中国からの戦略的挑戦を認識した上で「安全で繁栄した」インド太平洋への関与を表明している。しかし、今後の菅首相は「日本を取り巻く厳しい安全保障環境」を念頭に置いた日米同盟とインド太平洋地域のさらなる平和と繁栄に対する米国の貢献を、断固として追求しなくてはならない。中国が単独主義的かつ強圧的な手段をますます強めているため、このような情勢では米国のさらなる支援が不可欠である。
 
 また、菅首相は朝鮮半島での優先事項を大幅に再検討し、韓国との関係においてもより先見的な展望を持つべきである。菅首相はこれまで韓国側との会談を拒み、脆く壊れやすい日韓関係の修復にも何ら発信をしてこなかった。その一方で、菅首相は北朝鮮の金正恩委員長との建設的な対話を模索しており、第75回国連総会における一般討論演説の中で、日朝首脳会談の無条件開催まで提案している。菅首相は今後の対韓関係に向けても、悪化した両国関係の改善の手始めに歴史的な確執を解消させる「トラック2」外交への復帰など、同様の特色をすぐさま示さなくてはならない。
 
 さらに、菅首相は経済・安全保障分野での二国間・多国間の協力強化に引き続き集中していくべきである。「クアッド」や「クアッド・プラス」の他、米国-日本-インド(JAI)、AJIの3ヵ国体制やSCRIといった共同イニシアティブを新たに重視していくことが将来にわたって不可欠となるだろう。日本が貿易と技術の両面で中国から離れる多様化の促進を目指している中、菅首相はこのような協力体制を通じた日本の多面的な貢献を強化する必要がある。日本の経済・安全保障の目的に資するインドやベトナムとの戦略的かつ「価値観を共有する」二国間関係は、実質的な協力関係へより集中する菅政権の方針の中心であるべきだ。
 
 さらに、インド太平洋を多層的なアプローチを通じて捉えなくてはならない。つまり、地域の繁栄をサポートするため、安倍氏主導の「質の高いインフラ拡大パートナーシップ(EPQI)」における開発プロジェクトにさらに重点を置くことがそのひとつであるだろう。全体として見れば、地域的な(そしてグローバルな)自由秩序を支持し中国の単独主義と修正主義を抑制するために、菅首相は安倍政権時の「自由と繁栄の弧」を改めて表明するべきだろう。
 
 菅首相の有するオプションは現在の情勢によって抑制されたものである。しかし、彼は日本の発展と安全の新時代を創造する可能性を秘めている。このためにも、彼自身の指導スタイルを打ち立てて安倍前首相のレガシーを超えることは、日本、そしてより広いインド太平洋が菅首相に求める不可欠な素質なのである。再浮上する大国としての勢いを維持しつつ、「クアッド」、中国、「クアッド・プラス」内のメンバー国との関係で均衡を図ることは、この新しく台頭する国際秩序の中で菅首相がまず取り掛かるべき仕事であろう。来たる時代に向けた菅首相の戦略的オプションは、正にこれらのニーズからもたらされる成果を確固たるものとするために用意されている。