米国の新型コロナウイルス・ワクチン開発を強力に支援するDARPA

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政策提言委員・元公安調査庁金沢事務所長 藤谷昌敏

 米ファイザーは11月18日、約4万4000人を対象に行っているmRNAワクチン「BNT162b2」のP3試験について、発症者170人に基づく最終解析で95%の有効性が示されたと発表した。ファイザーはこれらの結果をもとに、11月20日に米国で緊急使用許可を申請しており、米政府高官は12月11日に接種が始まるとの見通しを示している。
 米モデルナも11月30日、3万人以上が参加するmRNAワクチン「mRNA-1273」のP3試験について、96人の発症が確認された最終解析で94.1%の有効性が示されたと発表し、緊急使用許可を申請した。12月17日にも承認される見込みだ。さらに11月23日には、英アストラゼネカもウイルスベクターワクチン「AZD1222」について、2レジメンの平均で70%の有効性が確認されたとするP3試験の中間解析結果を発表した。
 一方、日本政府は、米ファイザーとモデルナ、英アストラゼネカとの間で計2億8000万回分の購入について、6714億円という巨額の支出を余儀なくされただけでなく、日本側が補償責任を持つという海外メーカーの条件も丸のみを強いられた。なぜ、日本は出遅れてしまったのか。
 米国が行ってきたプロジェクトは「ワープ・スピード作戦」と言い、新型コロナウイルスのワクチン開発・生産・供給を加速させることを目標としたPublic Private Partnership(PPP、官民連携)だ。HHS(米保健福祉省)や傘下のCDC(米疾病対策センター)、FDA(米食品医薬品局)、NIH(米国立衛生研究所)、BARDA(米生物医学先端研究開発局)に加え、米国防総省、米農務省、米エネルギー省、米退役軍人省、民間企業、さらに米国防総省からはDARPA(米国防高等研究計画局)の研究開発機関も関与する大規模プロジェクトだ。英アストラゼネカは、BARDA(米生物医学先端研究開発局)の提携企業で、12億ドルの支援金を受けている。この「ワープ・スピード作戦」は、米国では明確に軍事作戦とされており、機密保持上、その詳細は不明な点が多い。
 
ワクチン開発は軍民両用(デュアルユース)研究だった
 ベンチャー企業モデルナ(本社マサチューセッツ州コロンビア)は生物学者デリック・ロッシが2010年に創業し、世界で最初にコロナワクチンの治験に名乗りを上げた。新型コロナ禍が発生すると、今年3月半ばにはもう臨床試験を開始していた。トランプ政権は、モデルナにBARDA経由で9億5500万ドルの補助金を出し、1億回分を15億2500万ドルで買い取る契約を結んだ。8月、「モデルナは、ワクチン開発でDARPA(米国防高等研究計画局)から2460万ドルの支援を受けていながら、特許申請に際してその報告義務を怠った」という報道が流れた。モデルナは既に創業3年目の13年の段階で、mRNAワクチン等の開発でDARPAの補助金を受けていた。米国政府は、感染症関連の企業を安全保障上の重要な企業として認識し、DARPAを介して多額の補助金を配布していたのだ。
 
米国防高等研究計画局(DARPA)とは何か
 米国国防高等研究計画局(Defense Advanced Research Projects Agency、略称DARPA)は、米国防総省の内部部局で、大統領と国防長官の直轄の組織であり、米軍から直接的な干渉を受けない。元々、DARPAは、アイゼンハワー大統領がソ連のスプートニク・ショックに対応して、1958年に前身のAPRAを設立したことが始まりだ。
 DARPAは、他の組織が不可能だと思うような難しいテクノロジーのみに投資する。そのため、DARPAは設立以来、米国に圧倒的優位をもたらす反面、投資リスクの高い案件に何度も投資してきた。後にインターネットに発展する初期のコンピューター・ネットワーク・システムARPANET、GPSの基礎テクノロジー、F-117ナイトホーク・ステルス戦闘機の原型HAVEブルーステルス実証実験機など、世界を変えるような画期的なテクノロジーばかりだ。DARPAの組織は、約100人のプログラムマネージャーを含む生物学、情報科学、超小型電子技術、基礎科学、戦略テクノロジーの6部門に約220人の政府職員で構成され、約250の研究開発プログラムを統括している。
 DARPAのホームページでは、「大学はイノベーションエコシステムの不可欠な部分であり、DARPAは潜在的な大学パートナーと直接強固な関与を求めています。DARPAの研究は、基礎研究から応用研究、運用アプリケーションまで、さまざまな分野で、学術的な関与の機会を数多く提供しています」などと大学、企業、政府と一体となった軍民両用(デュアルユース)のイノベーション研究の重要さを訴えている。
 
新型コロナウイルス・ワクチンの開発に出遅れた日本
 米国がDARPAの強力な支援の下、官民学のエコシステムを活用して、新型コロナウイルス・ワクチンの革新的な研究を推進する中、我が国では、日本学術会議が1950年に出した「戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わない」旨の声明を固守し、依然として軍民両用技術(デュアルユース)の研究に否定的だ。
 未来工学研究所研究参与西山淳一氏は、「技術は常にデュアルユースであり、軍事利用と民間利用の間に境界はない。各国は安全保障上の役割を理由として大学や民間研究に政府支援を実施している。軍事とは単に戦闘行為だけを指すわけではなく、軍事研究の研究範囲は幅広い。注意すべきは、民生技術の外国における軍事転用である」と強調している。確かに新型コロナウイルスのような感染症対策は、生物化学兵器防御と民間防疫の観点からもデュアルユースの技術であり、高度な技術先進国だけが実現し得る画期的な科学技術領域だ。
 例え日本のみがデュアルユースの道を閉ざしたとしても、世界は革新的な科学技術を求め続け、安全保障、経済などあらゆる分野で争いは先鋭化するだろう。今、日本の責務は、まず新型コロナウイルスに迅速に対応し、ワクチンや特効薬開発などで世界に貢献することではないだろうか。それこそが技術立国日本に課された世界への責任であり、真の「学問の自由」だと確信する。