昨年11月、日本に帰国した際、JFSS政策提言委員として「ワシントンから見た日米関係」と題して「Chat」の会で話をし、『季報』新年号では「バイデン政権『最初の100日』を占う―新たな日米同盟構築に向けて―」という拙稿を掲載した。
その中で、私の生業である「日米同盟のガーデニング」の視点から、『・・・(過去日本は)民主主義国家のリーダーである「強くて、正しい」米国にどのようについていくか?というアプローチであった。しかし、(現在)米国の「正しさ」の象徴であった米国型民主主義や国際主義は国内的にも、国際的にも揺らいでいる。また、大国間競争という時代の中で「米国の強さ」の象徴であった軍事力の優位性も相対的に低下している。即ち、我々は初めて、「『(それほど)正しくなく、(それほど)強くない』米国との同盟という課題に直面している」という警鐘を鳴らした。
12月中旬、約1ヵ月半に及ぶ日本への長期出張からD.C.に戻り、クリスマス前に自主隔離期間を終えD.C.での5度目の新年を迎えた週末の1月2日、久しぶりに夫婦でD.C.の中心街、ホワイトハウス、リンカーン記念堂からキャピタルに至る界隈をウォーキングした。新型コロナ禍のため、例年よりも人出は少なかったものの、自宅近傍の店舗も襲撃され生命の危機すら感じた昨年6月1日のBLMデモ前後の物々しい警戒態勢は今はなく、穏やかな好天のもと、他州からの観光客で予想よりも賑わいを見せていた。
私は、漠然と「新型コロナ禍の下で繰り広げられた『大統領選挙年2020年』が漸く終わり、2021年も新型コロナ禍は続くものの、米国は『国内外で民主主義を修復/回復する年』になるのでは」との期待を持った。しかし、その僅か4日後の1月6日、トランプ大統領の呼びかけに応じて集まったトランプ支持者と見られる一部が暴徒化し、米国民主主義の象徴である連邦議会議事堂に乱入するという「民主主義に対する攻撃、1814年以来のワシントンD.C.市内での騒乱(FOXニュース)」が生起するとは予想だにしなかったし、まさかこのような形で自分の鳴らした「警鐘」が早々に立証されるとは夢にも思わなかった。
本年最初となる本稿では、日本でも多く報道されている憲法修正25条に基づくトランプ氏解任をペンス副大統領に求める決議案や、同大統領に対する2度目の弾劾訴追決議案といった事案を巡る「現在進行中の政治的闘争」ではなく、特に国際政治都市ワシントンD.C.の置かれた現状を「セキュリティの視点」で切り取って紹介する。
騒乱当日の 6日夜、 D.C.市長から出された24時間の夜間外出禁止令により、状況の把握は自宅でのTVに頼らざる得ない中、CNNとFOXを交互に観つつ、私の主宰する各種勉強会のメンバーの内、現場に居合わせた者や、日本に住む者を含む仲間と電話で情報をやり取りした結果、私や仲間の多くが最初に感じた疑問は、「何故かくも易々と議会の防衛ラインが突破されたのか?」という事であった。民主主義の根幹である三権分立の象徴である議会で、当時500人以上の議員がいた建物に群衆があっさり侵入できたのが不思議であり、しかも群衆は銃を乱射するような戦闘状態で侵入したのではなく、映像を見る限り、まるで「百姓一揆」のような状態で防衛ラインを突破したのである。翌日7日、この疑問にニューヨークポスト紙は「攻撃を阻止できなかった議事堂警察(年間予算4億6,000万ドルで2,300人の部隊)についての疑問が高まっている・・・要するに、暴徒を防ぐのに十分な人員を配置していなかった・・・連邦政府機関が暴動を過小評価したことが、侵入を防止できなかった要因」と報じ、またABCニュースは「・・・なぜ議事堂警察がこれほど準備ができていなかったのか、私にはわからない(元連邦検察官)、・・・怒りに満ちた群衆が押し寄せ、大規模な事件に発展するとわかっていたのに、その準備や対策ができていなかった(同局コメンテーター)・・・これは驚異的な法執行の失敗だった(元FBI捜査官)」と報じた。
この週末の9日、再びD.C.中心地のホワイトハウスから議事堂までをウォーキングをした。トランプ支持者の姿は掻き消えるように無く、一週間前に見かけた観光客の姿は少なくなっていたものの、街は平穏を取り戻したかのようであった。唯一前週の景観と異なっていたのは、ホワイトハウスと議会周辺に大きなセキュリティゾーンを取って張り巡らされた2mを超えるフェンスと、その中と外に配備された市警察官と州兵の姿、そして、6日の騒乱で殉職した警察官への弔意を表す議事堂の頂上に悲しげに翻る半旗であった。まさにABCニュースが報じた通り、多くの兆候があったにも拘わらず、「何故こうした配備が事前に出来なかったのか?」と改めて憤りを感じた次第である。
今週に入り、多くの媒体を通じて、騒乱当日前後の関係機関、関係者の動向、議事堂内やホワイト内の状況が報じられている。現時点では、議会警察、FBI、さらには国防総省までもが、6日にワシントンD.C.にやって来る多くの人々が武器を持ち込み、議事堂内のプロセスを混乱させることを計画していたことが明らかになっているにも拘わらず、「憲法修正第1条に基づく活動を平和的に行う以上のことは計画していなかった」とする声明を発表している。
従って、我々が感じた最初の疑問については、脅威の評価と共有の問題、管轄区域や指揮系統が入り乱れ迅速な対応が困難になったこと等が原因としては明らかになりつつあるものの、全容は未だ解明されていない。また、同時に「誰がこの暴動を引き起こした(首謀者)か?」という疑問についても、デモに参加したトランプ支持者や一部の共和党議員を中心に「アンティファ」や「BLM」といった極左集団による陰謀説が流布されているが、現時点ではそれを裏付ける証拠はなく、FBI のワシントン支局のアシスタント・ディレクターは、先週アンティファの関与の可能性について聞かれ、「現時点ではその兆候は無い」と述べた。
また、コロンビア特別区の連邦検事補も、捜査当局は「アンティファの存在を示す証拠を見ていない」と述べた。いずれにせよ、司法省とFBIは、現在、先週の暴力事件の責任者の特定と逮捕に奔走している。その理由は、6日の事案の原因究明もさることながら、バイデン氏が大統領に就任する1月20日の日曜日に向けて、再び、新たな騒乱の可能性を示唆する兆候がサイバースペースに表れているからである。
報道によれば、FBIは全米の法執行機関に対し、1月16日以降に全米各州の州会議事堂において武装抗議活動が行われる可能性がある旨、また、ワシントンD.C.の連邦議会議事堂においては1月17日以降に武装抗議活動が行われる可能性がある旨の情報を発出した。
こうした情報に基づき、バウザーD.C.市長は、関連の暴力行為の脅威は継続しているとの認識の下、1月20日の大統領就任式について、新たな脅威に対し連邦当局とD.C.当局が連携して対応するための十分な準備期間を設けること、D.C.警察が地域の治安活動に注力できるよう全ての連邦政府施設に連邦治安要員を配置すること、D.C.における集会許可(1月11~24日)を却下すること等を連邦政府に対し要請するとともに、米国市民に対しては、大統領就任式はバーチャル方式で参加し、当日ワシントンD.C.を訪問しないよう呼びかけた。また、国土安全保障省は、当初1月20日から予定していた大統領就任式の特別警戒態勢(National Special Security Event operations)を13日から開始することを発表した。
具体的な事例を挙げれば、既に私のオフィスが所在するホワイトハウス周辺はシークレットサービスによって、かなりの広範囲で既にブロック等により封鎖され、本日(1月14日)から全ての駐車場が封鎖される。更に、1月6日には様々な事情から招集・展開されていなかった州兵は、国防省国家警備局長の発表では、現時点で6州から6千人超の州兵が既にD.C.に派遣されており、今週末までに 1万人規模に増員される予定であり、最大1万5千人規模を派遣する用意があるとされた。そして、この州兵の派遣に関して驚くべき事実が明らかになった。
ディフェンスニュースが伝えたところによると、米陸軍は1月20日の大統領就任式を支援する州兵部隊のうち、どの部隊が追加のセキュリティチェックを必要としているかを判断する作業を進めているほか、ワシントンD.C.に数日中に到着する州兵に対する脅威検知の訓練を強化するという。この措置は、1月6日に起きた国会議事堂での暴動後に、民主党のジェイソン・クロウ下院議員 (民主党) からの要求を受けたものであり、同議員は今週末、陸軍長官ライアン・マッカーシーと会談し、連邦議会議事堂で「現役の軍人と予備役の軍人が暴動に関与していたという報告に対する深刻な懸念」を表明し、「マッカーシーに陸軍犯罪捜査司令部所属で、就任式の警備に関わる全部隊の隊員の経歴を調査するよう依頼した」と述べ、「国内のテロリストに同調しないようにする」と語った。陸軍の広報担当官は「われわれはシークレットサービスと協力して、大統領就任式に向けた国家特別警備イベントを支援するために、追加の経歴審査が必要な隊員を特定している。」とし、「国家警備隊(州兵)は、彼らがD.C.に到着したとき、彼らが適切でない何かを見たり聞いたりしたら、彼らの指揮系統にそれを報告すべきであるという追加の訓練を提供している。」とメールで回答した。
以上のような状況に加えて、深刻なコロナ禍にある米国では、本来であれば多くの米国民や諸外国の来賓で祝われるべき第46代大統領就任式が、まるでバナナ共和国((政治的に不安定な非民主主義国を象徴的に表現する言葉)の様な“戒厳令下”で行われる可能性が高い。
これが世界最強の軍隊を有し、それを各地域に前方展開させることで自国のみならず、同盟国や友好国の安全を維持することで、世界のリーダーとして君臨してきた民主主義大国米国の現状である。
今後、私の寄稿する拙稿が、我が国唯一の同盟国である米国の現状(苦しみ)を知り、我が国として何が出来るか、何を為すべきかを考える一助となれば幸いである。
(2021年1月14日)