2021Washington View Jan.№2
「第46代米国大統領就任式の光と闇」

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JFSS政策提言委員・元海自佐世保地方総監(元海将) 吉田正紀

 今週1月20日、第46代米国大統領就任式が無事に終わった。前回のレポートで、大統領就任式の特別警戒態勢が一週間前倒しで、13日から開始され、最大15,000名の州兵が派遣されると伝えた。実際には、最終的には25,000名の州兵が動員され、17日以降、D.C.の中心部はかなり広範囲に車両の通行は禁止され、バージニア州側からD.C.中心部に入る3つの橋は封鎖、中心部を通る地下鉄の駅は閉鎖の上、停車不可で強制通過の処置がとられた。まさに、“戒厳令”のような厳戒態勢となった。実際の状況を確認するため、その週末(1月17日)、自宅からジョージタウン(原宿のような街)を経て、中心部に至る約4時間半のウォーキングを敢行した(シークレットサービス提供下図参照、青→がウォーキングのコース)。
 
 
  昨年6月のBLM暴動の直後は、ジョージタウン及びD.C.中心街の多くの店は襲撃に備えてベニヤが張られ、多くの店が休業、市警察のパトカーが警戒という状況であったが、今回はジョージタウンの街は盛況で、新型コロナ禍対応で飲食は屋外のみであるものの、多くの人出で賑わっていた。ところが、D.C.のオフィス街に入ると状況は一変し、日本でも報道されていたような、軍車両、コンクリートブロック、金網フェンスと州兵や警察による物々しい道路封鎖と検問が実施されていた。多くの米国人は「9.11」直後のD.C.を思い出し、私は、防衛駐在官当時に観たイラクのバクダッドの「グリーンゾーン」を思い出した。まさに、上図「赤いライン」を境に、「日常」と「非日常」が線引きされたようであった。(写真参照)
 
  
 前回のレポートを更にフォローアップすれば、連邦議会議事堂の占拠事件に関するFBIの調査は、まだごく初期の段階であるが、各種報道を要約すると、100人以上、あるいはまだ調査中のもっと多数の中から、軍と関係のある少なくとも6人の容疑者が特定された。その中には、テキサス州出身の元空軍中佐、ノースカロライナ州出身の陸軍将校、ニュージャージー州出身の予備役兵が含まれており、そのうちの1人の兵役経験者がその襲撃で射殺された。
 これらの容疑者は、議会を混乱させるために事前に調整を行い、宿泊先を探し、ノースカロライナ州からオース・キーパーズのメンバーを、そしてシェナンドア渓谷(バージニア州西部)から同じ考えを持つグループをリクルートしたと主張している。
 裁判記録によると、計画者たちは暴力を予想しており、侵入後も協働し続けたという。そのうちの1人、オハイオ州ウッドストック在住のワトキンスは、オハイオ・キャピタル・ジャーナル紙に対し、彼女が2019年にオハイオ州正規軍と呼ばれるグループを結成し、陸軍にいた間にアフガニスタンでツアーに参加したと言った。オース・キーパーズ、プラウド・ボーイズ、スリー・パーセンターズなど極右過激派との関係を疑われた数人が先週末に逮捕されたことは、「暴動が完全に衝動的な暴力の爆発ではなく、組織化されたグループによって扇動され、利用された出来事だったことを示唆している。」とFBIは付け加えた。
 群衆の中で多くの退役軍人が逮捕されたこと等を理由に、民主党議員から就任式に配置された州兵の調査を求められた件については、就任式を支援する州兵の名前は、国防省からFBIに送られ、結論から言えば国防省独自の調査によって2人、FBIの調査によって10人の合計12人が今回の任務から外された
 一方、こうした対応について、グレッグ・アボット知事 (共和党、テキサス州選出)  が月曜日にツイートしたところによると、(州知事の管轄下にある)国家警備隊のメンバーに過激派の関係があるかどうか審査するのは「今まで聞いた中で最も不快なこと」だとして「このように(州知事の権限を)無視されたら、二度と派出しない」という反応もあった。国防省関係者からはこうした批判は一切聞こえてこないが、かつて軍事組織に身を置き、米軍をよく知る自分自身の経験からすれば、今回の処置は米軍にとって決して愉快なものではなかったと推察する
 テキサス大学オースティン校で軍民問題を研究している陸軍退役軍人のジム・ゴルビー氏は、こうした就任式直前の状況を、「軍は何が危機に瀕しているかを理解し、超党派的な方法でその義務を果たすことに引き続きコミットする。サービス・メンバー(軍人)は、個人的には好きではない命令を実行することに慣れているとして、州兵は就任式の日に専門的かつ称賛に値する働きをすると確信していると述べ、そして実際にそうなった。
 こうした捜査・司法、治安当局、軍関係者のプロフェッショナルな献身、そして多くの善良な一般国民の協力によって、政治に新しい統一の精神をもたらすために、ジョー・バイデン氏は、巨大な国家警備隊(州兵)と警察の包囲網に守られて、第46代合衆国大統領として就任した。私たちはハウザーD.C.市長の要請に従って、他の多くの市民と同じくTVで就任式関連行事を夫婦で視聴した。私達は正直、随所で感動した。特にレディ・ガガが米国国歌を熱唱し、その画面に参列できない国民の代わりにモールを整然と埋め尽くした米国国旗がオーバーラップしたシーンでは、国歌の歴史的意味もあって、不覚にも涙ぐんでしまった。また、就任式のハイライトであるバイデン大統領のスピーチも、この4年間トランプ節に慣らされていたせいもあり、他者を攻撃せず、己を自慢しない、大統領らしい「ジェントル」、ある種の「普通」さが却って新鮮であり、内容も良く練られたものであったと感じた。ただし、それはバイデン氏が克服すべきだと述べた「red(共和党) against blue(民主党)」や「rural(地方) versus urban(都市)」、「conservative(保守) versus liberal(リベラル)」という対立とは無縁の、あくまで中立な立場で、我が同盟国である米国の再生を願う「異邦人」としての感想であり、例えば、「共和党支持者で地方に住む保守的な国民」には果たしてどう映ったのだろうか?
 例えば、「我々は民主主義と真実への攻撃に直面している。猛威を振るうウイルス、広がる不平等、制度的人種差別の痛み、気候変動の危機。世界における米国の役割。これらのどの1つでも、我々に重大な挑戦をもたらすに十分だ。」という、昨年8月の民主党大会の大統領候補の指名受諾演説でも訴えた「4つの危機」に加えて、今回バイデン大統領は「地球そのものからも生存を求める声が上がっている。その声は、かつてないほど切実で明白だ。政治的過激主義、白人至上主義、国内テロリズムが勃興しており、我々は立ち向かわなければならず、必ず打ち破る。と述べた。
 この部分は、我々には何ら問題がなく、むしろ米国や他の民主主義国の置かれた現状を認識した上での大統領の断固たる決意と思える。就任式直後にフォーリンポリシー誌は「バイデン米大統領、米国の再出発を約束」と題して、「トランプ氏が去った後、バイデン氏は4年間の激しい分裂の後、団結と再生の必要性を語った。」と述べた。しかし、「トランピズムは決して死んでいない。トランプ氏に投票した7,400万人の人々と、誤った根拠に基づいて選挙結果の虚偽表示に投票した147名の共和党の下院議員、そして6名の上院議員は今も健在で、トランプ氏の最後の演説で『我が国史上最大の政治運動』と呼ばれたことを再開すると脅している。多くの人がバイデン氏の正当性を受け入れていません。驚くべきことに、共和党有権者の大多数は、今でもこの選挙を違法と見ている。」と続けた。
 バイデン大統領を正当な選挙によって選ばれたと認めていない彼の前任者を筆頭に、多くの共和党支持者が存在する「パラレルワールド」の住人には就任演説がどのように聞こえたのだろうか?今回のバイデン政権に10名を超える主要スタッフを送り込んだシンクタンクである新アメリカ安全保障センター(CNAS)の最高経営責任者であるリチャード・フォンテーヌ(共和党重鎮の故ジョン・マケイン上院議員の外交政策顧問を7年務めた)は、就任式に先立つ1月8日「米国を常に偉大な国にしてきた米国人の特徴には、再生への道がある。私たちには、寛容と妥協の精神、制度と法の支配の尊重、共同の福祉への献身、大切な理想への忠実があります。私たちは、今日、この抱擁から遠ざかっているように感じる。しかし、今週のトラウマ(1月6日議会占拠)から何かを得るためには、全国的なモーニングコールが必要になるかもしれない。」と述べた。
 バイデン大統領の就任演説は多くの国民(特に民主党支持者)には確かに再生のためのモーニングコールになったと思うが、しかし、多くの共和党支持者には「隣室(もう1つの世界)から聞こえる耳障りな目覚まし時計の音」にしか聞こえていないのでないかと危惧する。特に、FBIから1月6日の議会占拠を主導したと言われる、極右過激派にはどう聞こえたのだろうか?恐らく、それは自分たちへの「宣戦布告」と聞こえたのではないだろうか?
 1月15日のニューズウイーク誌は「極右の民兵が米国の国家安全保障に最大の脅威をもたらすと専門家は指摘」と題して様々な専門家の意見を掲載した。前出のリチャード・フォンテーヌ氏は「国内集団がもたらす脅威は現実のものだ、アルカイダやイスラム国はいまだなくならず、これらと戦うために膨大な資源が割かれている。しかし、現在の状況を見れば、現在、ワシントンD.C.には、イラクとアフガニスタンを合わせたよりも多くの兵士がいる。これは、現在最も深刻な脅威が存在する場所について、多くのことを物語っている」として、外国系テロ組織の脅威が依然として残っていることに注目しながらも、真の敵は米国内にあると主張した。
 また元FBI幹部は「これらの国内のテロリストは、我々の法の支配と平和的な政府の執行に対する重大な脅威で、しかも、ただの個人的な、1人のアクターではなく、非常に協調性があり、よく訓練された個人のように見える。その多くは軍隊で働いたことがあり、高度な武器や爆発物の訓練を受けたことがあり、それはかなり恐ろしいことだ。私は、これらの民兵やグループの中に巻き込まれた元軍や法執行機関の数にショックを受け、仰天している。」と語り、更に、国防総省高官は「軍内に放置されたままの国内の過激主義は、治安や規律に影響を及ぼし、任務能力を低下させ、間違いなく国家安全保障全体に悪影響を及ぼすと語った。
 就任式で黒人女性詩人のアマンダ・ゴーマン(22)が朗読した「私たちが登る丘」と題した感動的な詩は、「私たちは朝になると、この果てしない暗がりのどこに光を見つけられるのかと自分に尋ねる」という言葉で始まった。今日(22日)「9.11」後を彷彿させたD.C.中心部のブロックやフェンスは片づけられ、州兵はそれぞれの故郷に戻り、首都は冬晴れの「光」の中で、日常を取り戻しつつある。しかし、米国には自国民との「新たなテロとの戦い」という闇も迫っている。
 こうした最中、軍に対する文民の監視がさらに弱体化していると多くの議員が懸念していたにも拘わらず、予想以上に迅速で比較的簡単な確認手続きを経て、米上院はロイド・オースティン元陸軍大将が米国初の黒人国防長官になることを承認した。これが、バイデン新政権の下で米国が歩む融和と団結を目指す「再生の途」の第一歩であることを期待したい。       
(2021年1月22日)