止まらない中国による技術窃取
報道によると、米国のマサチューセッツ工科大学 (MIT) の陳剛(Chen Gang)教授が1月中旬、電信詐欺、虚偽申告の容疑で、米司法当局によって逮捕されていたことが明らかになった。陳剛教授は、米エネルギー省などから1900万ドルの助成金を受けていたにもかかわらず、中国人民解放軍と深い関係がある「中国南方科技大学」から1900万ドルを受け取るなど中国側から約2900万ドルの資金を受け取っていた。米司法当局によると、陳剛教授は2012年以降、ニューヨークの中国領事館関係者と定期的に接触し、MITでの研究内容などを漏らし、金銭的な報酬を受け取っていた。また、中国の海外ハイレベル人材招致計画である「千人計画」の高級海外人材として推薦されて、「中国南方科技大学」などの研究機関の特別研究員として非常勤で講義していた。陳剛教授の容疑が固まれば、情報漏洩などの疑いで、最高20年の懲役、最高25万ドルの罰金が科される可能性があるという。
ちなみに陳剛教授の所属する「中国南方科技大学」は、2011年、広東省の管轄下、「中国の特色ある大学制度とハイレベル人材育成方式を実現する」ことを目的に深圳市に創設された新興大学であり、2019年には世界大学ランキング41位にいきなりランキングされるほどの驚異的な進歩を遂げた。2018年には、同大学の看板教授だった賀建奎氏が、まだ安全性が確立されていないゲノム編集を施した受精卵から双子が誕生したことを発表したことで、同大学が世界から大きな非難を浴びたことは記憶に新しい。
米国における中国人科学者のスパイ活動
2020年7月、米国務省がテキサス州ヒューストンの中国総領事館を中国が科学技術の先端情報を違法収集するための一大拠点だったとして、閉鎖を命じた。世界最大の医療団地であるテキサスメディカルセンター(TMC)は訪問患者が年間1000万人を超えるほどの大規模な医療施設や先端技術研究施設が集積しており、世界最高水準とされるテキサス大学MDアンダーソンがんセンターやテキサス小児病院、ベイラー医科大学、ヒューストン大学、ライス大学などがある。ワクチン外交によって米国より優位に立とうとする中国にとっては、ワクチン開発に必要な先端技術施設があるヒューストンはまさに狙い目だった。
そして中国政府は、長年、ヒューストン総領事館や他の米国内の拠点を使い、スパイ活動や中国寄りの政策を支持するように米国の議員や財界リーダーに働き掛けるロビー活動のほか、「キツネ狩り」(フォックス・ハント)と呼ばれる作戦を行ってきた。キツネ狩りの目的は米国在住の反体制派に帰国するよう圧力を加えることだったといわれる。
このヒューストン総領事館を拠点としたスパイ活動をめぐっては、複数の中国人科学者が情報窃取の疑いをかけられて、国外退去や大学・企業を解雇されたり、逮捕される案件が相次いだ。例えば、米連邦捜査局(FBI)は、2020年7月23日、王新被告、宋晨被告、趙凱凱被告、唐娟被告の4人の容疑者を公開した。全員、中国人民解放軍の所属だったが、身分を偽ってビザを受け、米国の大学で研究していた。
まず王新被告は、2019年3月に米国に入国してカリフォルニア大学サンフランシスコ分校で研究活動を行っていた。王被告は中国軍の現役少佐だったが、2002~2016年の間に中国軍に所属していたとビザに虚偽の内容を記載した。王被告の任務は米国の研究室を中国にまるごと移植することだった。これは中国では「影の研究室」といい、研究室のコピーを作ることで、米国でどこまで研究が進んでいるかを明らかにすることが目的だ。
次の宋晨被告は、2018年12月に米国に入国後、スタンフォード大学の脳疾患研究センターで研究した。同被告は中国人民解放軍空軍総医院(別名中国人民解放軍空軍医学特色中心)と第四軍医大学の研究員である経歴を隠していたため、ビザに虚偽内容を記載した容疑で逮捕された。
趙凱凱被告は、インディアナ大学でマシーンランニングと人工知能(AI)を研究していたが、米国に入国するためのビザを申請する際、軍に所属したことはないと記入していた。だが実際は、中国軍国防技術大学所属の空軍将校だった。
最後の唐娟被告は、カリフォルニア大学デービス分校で研究していた。唐被告もビザに軍に所属したことはないと記載していた。だが唐被告は中国人民解放軍空軍軍医大学(別名は中国人民解放軍第四軍医大学)所属の研究者で現役将校だった。唐被告は、FBIの追及から逃れ、一時は在サンフランシスコ中国総領事館に匿われたが、結局、米司法省によって逮捕された。
日本の技術管理体制の構築が急務
日本には、中国、ロシア、北朝鮮という覇権国家のほぼ前面に位置するという地政学的問題がある。それに加えて自動車(HV、EV、FCV)、高度医療、バイオテクノロジー、ロボット、炭素繊維、精密機械、冶金技術、高速鉄道、液晶テレビ、デジタルカメラ、ウェアラブル端末、再生エネルギーなどの世界的な企業が集まっており、最先端技術が集積している。また米国と強固な同盟関係にあり、米国の軍事技術が比較的手に入りやすい。スパイ防止法がなく専門の取り締まり機関がない。国民の情報漏洩に対する防衛意識が低いなど、多くの要因が挙げられ、日本においても中国のスパイ活動は活発に行われていると見られる。
例えば、中国による技術流出事件は、2007年のデンソー機密盗難事件(10万件にのぼる大量のデータが漏洩。犯人の林玉正は、中国軍事企業の元社員)、2012年のヤマザキマザック事件(社員唐博が営業秘密にあたる図面2件をサーバーから入手したとして不正競争防止法違反で起訴)が起こっているが、こうした事件は氷山の一角でしかない。
先端技術は、平和利用のために開発されたものであっても、反面、軍事関係に転用可能という性質を持つ。どんなに日本人が人類の幸福や平和のために技術を活用しようとしても、結果的に一部の覇権国家に利用されてしまっては世界に混乱をもたらす元凶と化すだけだ。先端技術を守るためには、さらなる関連法の整備と洗練された技術管理体制を構築することが必要と考える。