クアッドのレンズから見る印日関係

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マノハール・パリカル国防研究所東アジアセンターセンターコーディネーター兼リサーチフェロー ジャガンナート・パンダ

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 印日豪米で構成されるクアッド内での二国間関係は、このグループを進化させる決定的なベクトルとなっている。明確なコンセプトには欠けているものの、概念的ではあるが「ミドルパワー」関係として強化されてきた「印日特別戦略的グローバル・パートナーシップ1」は、インド太平洋地域の協力を着実に明確化し、クアッドの枠組みを前進させる潜在的可能性を有している。従って、二国間、三国間、多国間における印日間の協力関係をより広範な分野で明らかにすることが優先されるべきである。換言すると、印日間の相乗効果は、インド太平洋地域における三国間及びクアッドの枠組みでの協力関係にどのように転化できるのであろうか。また、両国のパートナーシップは、最終的にクアッドを主導的に強化する相乗効果をどのように高めていくことができるのであろうか。
 
 2021年3月12日に開催されたクアッド首脳会議(Quad Leadership Summit:QLS2)によって、クアッドが外交の最高レベルにまで高められた。このQLSでは「日米豪印の精神3」という最初の共同声明が発表されただけでなく、気候変動や新興技術、インド太平洋地域におけるワクチン配布に関する作業部会も立ち上げられた。これらの作業部会は、様々な優先事項を共有し、クアッド各国の強みを生かした実用的な協力に努めることを象徴するものである。
 
 印日関係の相乗効果というものは、両国で相互に類似する慎重な対中政策だけでなく、新時代における地域大国として、地政学的かつ経済的な戦略関係上で描かれるものである。インドは日本を信頼できる開発援助パートナーとみなしており、またインド太平洋地域における安全で安定した包括的海洋領域を創出する「インド太平洋海洋イニシアティブ(Indo-Pacific Oceans Initiative:IPOI)」のような試みを目指す上で中軸となる同志としても捉えている。また日本は、「自由で開かれたインド太平洋(Free and Open Indo-Pacific:FOIP)」とうまく調和するインドの「アクト・イースト政策(Act East Policy:AEP)」の中で大きな存在感を示している。
 
 ポストコロナの秩序においては、印日間の協力関係は特にワクチン外交において一層強化される兆候にある。2021年1月、両国は日本が新型コロナウイルス対応に向けた経済支援のためにインドに対し300億円の円借款を供与することで合意した4。また、日本は2020年8月にも医療施設支援のためにインドに対し500億円の資金を供与し5、政府開発援助(ODA)でも10億円規模の新型コロナ対策支援を行っている6。さらに、日本は低・中所得の発展途上国に対するワクチンの公平なアクセスを確保するために、世界保健機関(WHO)が支援するCOVAXメカニズムに向けて1億3,000万ドル(約141億4,300万円)を拠出した7
 
 一方、インドは世界のワクチン供給量20%と生産量60%以上を担っており、製薬大国としての能力に資金を投じる「ワクチン・マイトリ(ワクチンによる友愛)」戦略に基づくワクチン外交に着手している。インドはヒドロキシクロロキンやアセトアミノフェンといった必須医薬品を90ヶ国以上に供給しているだけでなく、発展途上国向けの3,300万回分を含む6,000万回分のワクチンを76ヶ国に提供している。現在は世界にあるワクチンの60%が世界人口のわずか16%の人々に確保されているように、欧米の富裕国が自国民へのワクチン接種を優先している状況にあって、インドのこのような取り組みは注目を集めている。従って、保健医療を基礎とする日本のODAを大きな資金源としながら、インドは発展途上国のために、欧米ワクチンに代わる安全かつ費用対効果の高い選択肢を提示しているのである。
 
 これらは、インド太平洋地域に向けたワクチン外交において、印日両国が有するリーダーシップの将来性を示すものである。インドのワクチン生産能力と提携する援助国という日本への評価によって、インドと日本は、このパンデミック収束のために戦うインド太平洋諸国へ包括的なサポートを共同して提供することが可能となる。すでに日本はコールドチェーン(低温管理を要する製品の流通網)支援と中小国のワクチン購入援助として4,100万ドル(約44億6,000万円)の拠出を実現しているが8、インドのワクチン生産拡大のために、国際協力機構(JICA)や国際協力銀行(JBIC)などを通じたインドへの資金援助は、より迅速な「ラストマイル(last mile:物流における最後の区間)」を支えるものとなり、それによってこの分野でのクアッドの役割が強化され、さらには中国に対する地政学的なインドの立場も強めることができる。
 
 クアッドの新しい作業部会の焦点である新興技術は、印日関係における重点的な協力分野を形作るものでもある。2019年、南アジアのスタートアップ企業へ1億8,700万ドル(約203億5,700万円)の投資を行う「新興技術・イノベーション基金」が共同で設立された9。直近では2021年1月15日、インドと日本は情報通信技術(ICT)、特に5Gにおける産官レベルの協力を促進させる覚書を交わした10。また、2018年の「印日ビジョンステートメント」の一部として、両国は特にアフリカの第三諸国におけるデジタルインフラ建設の共同支援を計画している11。このようなアフリカ諸国への尽力によって、今後着手予定にある「アジア・アフリカ地域における印日ビジネス協力プラットフォーム」が活性化されるだろう。
 
 新興技術管理の指針設定に向けたクアッドの重要・新興技術作業部会により、インドと日本はクアッドで定めた基準を促進することで両国の関連する資金援助を拡大することが可能となり、これは豪日印または日米印の三国間関係においても一層の拡大が可能となろう。同時に、クアッドが技術サプライチェーンのレジリエンス(復元力)構築に注力することは、印日豪で提唱した「サプライチェーン・レジリエンス・イニシアティブ(Supply Chain Resilience Initiative:SCRI)」との相乗効果に繋がるだろう。このイニシアティブは、より多くの国々や産業界、学術界との協力によって「範囲が拡大」することがすでに見込まれている12
 
 同様に、2018年12月に署名された覚書にある環境保護、クリーンエネルギー、気候変動における印日間の協力は、クアッドの気候変動作業部会の下で拡大していくだろう。インドが持つ太陽エネルギーの専門知識と、環境にやさしい選択肢を生み出す日本の技術イノベーション能力は、温室効果ガスの低排出ソリューションを促進するクアッドの目的を拡大することができる。日本は2050年までに温室効果ガス排出をゼロとする目標を掲げ、またインドも現在同様の目標設定を検討しており、2060年までのCO2排出ゼロ実現を目指している中国に対抗しようとしている。印日両国は、それぞれの専門知識に基づいた再生可能エネルギーソリューションにおいて、発展途上国を支援することができる。
 
 印日関係は未だグローバルな将来性を手にしてはいない。両国間の特別なリーダーシップの相乗効果は、現時点では弱いように見受けられる。安倍晋三前首相の退任後、このリーダーシップは存在感が低下しており、ナレンドラ・モディ首相と菅義偉首相はこのことを十分考慮する必要がある。すでに成熟し確立した印日関係を礎にするべき時である。もし両国がインド太平洋とグローバルな枠組みをこの印日関係に当てはめるならば、両国はクアッドの要となり地域におけるクアッドの進化を実現できるだろう。ワクチンや気候変動分野から科学技術分野に至る実用的な協力は、この印日関係の地域的な側面を確実に形成し、そしてクアッドのプロセスを強化するものとなるだろう。

 

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1  “Japan-India Relations (Basic Data).” Ministry of Foreign Affairs of Japan. January 4, 2021. https://www.mofa.go.jp/region/asia-paci/india/data.html.(May 25, 2021 retrieved).
2  “Japan-Australia-India-U.S. Leaders' Video Conference.” Ministry of Foreign Affairs of Japan. March 13, 2021. https://www.mofa.go.jp/fp/nsp/page1e_000310.html.(May 25, 2021 retrieved).
3  “Quad Leaders' Joint Statement: “The Spirit of the Quad”” Ministry of Foreign Affairs of Japan. March 13, 2021. https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100159230.pdf.(May 25, 2021 retrieved).
4  Mathew, Joe C. “Japan offers 30 billion yen loan to India to fight COVID-19 crisis.” Business Today. January 8, 2021. https://www.businesstoday.in/current/economy-politics/japan-offers-30-billion-yen-loan-to-india-to-fight-covid-19-crisis/story/427426.html.(May 26, 2021 retrieved).
5  Ibid.
6  “Exchange of Notes concerning Grant Aid Project in the amount of 1 Billion Yen conducted.” Embassy of Japan in India. August 31, 2020. https://www.in.emb-japan.go.jp/itpr_en/11_000001_00052.html. (May 26, 2021 retrieved).
7  “Japan pledges $130 million for fair access to COVID-19 vaccines.” Japan Times. October 9, 2020. https://www.japantimes.co.jp/news/2020/10/09/national/fair-access-covid-19-vaccines/(May 26, 2021 retrieved).
8  “Japan to give $41 million aid to Asian nations over vaccine supply.” Kyodo News. March 9, 2021. https://english.kyodonews.net/news/2021/03/1cbb65032a6e-japan-to-give-41-million-aid-to-asian-nations-over-vaccine-supply.html. (May 26, 2021 retrieved).
9  Rai, Joseph. “India, Japan jointly float $187-mn fund-of-funds to back Indian tech startups.” VCCIRCLE. June 25,2019. https://www.vccircle.com/india-japan-jointly-float-187-mn-fund-of-funds-to-back-indian-tech-startups. (May 26, 2021 retrieved).
10  Singh, S Ronendra., Sen, Amiti. “India, Japan sign MoU to enhance cooperation in ICT, including 5G tech.” BusinessLine. January 15, 2021. https://www.thehindubusinessline.com/info-tech/india-japan-sign-mou-to-enhance-cooperation-in-ict-including-5g-tech/article33582217.ece.(May 26, 2021 retrieved).
11  “Japan-India Vision Statement” Ministry of Foreign Affairs of Japan. October 29, 2018. https://www.mofa.go.jp/files/000413507.pdf.(May 26, 2021 retrieved).
12 Pattanayak, Banikinkar. “India, Japan, Australia are planning to widen the ambit of proposed supply-chain pact to counter China.” Japan Times. November 9, 2020. https://www.financialexpress.com/economy/india-japan-australia-are-planning-to-widen-the-ambit-of-their-proposed-supply-chain-pact-to-counter-china/2124008/(May 26, 2021 retrieved).