二階俊博氏を自民党の幹事長に据えるのは相応しくない。氏は党内随一の親中派だが、内閣、党は必死の対中対抗政策を展開している。日本は「自由で開かれたインド太平洋構想」で、日米豪印をまとめ、G7では対中政策で協力をとりつけた。国の基本方針、外交方針とはかけ離れた人物を幹事長に就けるのは間違っている。党内では、二階氏の意志を忖度して「中国が不満の時は、その注文を米国に取り次ぐのが日本の役割」と語る人物がはびこっている。現在のような曖昧な人事によって、こういう見当違いが育ってくる。日本の同盟国は米国一国であって、中国は敵対する国である。わざわざ荒げることはないが、自覚すべきだ。かつて日米中の「正三角形」論が唱えられたが、これは日本外交の根本的誤りだった。なぜこのような誤りがはびこることになったのか、先日、NHKテレビで中国特集を見て理解した。
土光敏夫、稲山嘉寛といった大物財界人が中国の上海宝山鋼鉄(現宝武鋼鉄集団)を精魂込めて造った。「世界一の製鉄所を造る」動機は「戦争で迷惑をかけた償い」だという。日本中に国民総戦犯という意識が強かった。これでは真実の歴史を間違えると痛感したものである。中曽根内閣の時代、藤尾正行氏が文部相に任命された。氏は「歴史教育を見直すべき」という論者だった。文芸春秋がインタビュー記事を載せたいというので立ち会ったことがある。その中で氏は、韓国問題に触れ「日韓併合は韓国側にも責任がある」と述べた。当然の言い分と聞いたが、なんと懲戒罷免になった。
この事件に先立つ1971年、朝日新聞の本多勝一記者が「中国の旅」を連載した。そこでは「歴史上まれに見る惨劇が2ヵ月ほど続けられ、南京では30万人が虐殺された」旨の記述があった。中国側から聞いた話を書いたまでと言っていたそうだが、日本中に総反省の気分を呼び起こした。吉田清治が書いた韓国での従軍慰安婦狩りの“小説”も朝日新聞で史実のように取り上げられた。嘘でもデマでも日本人が皆、本気にして委縮していた時代であった。外交、内政に亘って「周辺の国が許容するかどうか」が決定の基軸とされた。中曽根首相の靖国参拝中止も中国の胡耀邦総主席の顔を立てた結果だ。
日本の政界や財界は中国への謝罪の気持ちを表明するために懸命だった。戦争の賠償金は支払っていないことになっているが、日本から中国へのODA供与や公的援助を加えれば、総額6兆円以上が献上されている。中国が豊かになれば民主主義国家になるだろうとの期待があった。米国を含めて西側全体が中国を豊かにしようとWTO(世界貿易機関)に加入させた。
その結果、成長し続けた中国の軍事費は30年間で44倍となった。日本の5倍である。中国の地上配備型弾道ミサイル発射機の数は533機と、約20年間で2.7倍になった。その力を背景に香港を蹂躙し、さらに「台湾を獲る」と言明している。経済の世界のグローバリズムも調整中だ。二階氏の存在は国民の時局判断を誤らせる。
(令和3年6月23日付静岡新聞『論壇』より転載)