元老の一角を占めていた古賀誠氏(80歳)が、かつて会長を務めていた宏池会(現岸田派)を離れるという。現宏池会の行き方にほとほと失望したのが本音のようだ。読売新聞(7月26日付)に岸田文雄氏の心境が詳しく語られている。これを読んで古賀氏の言動を知り、正直、こんな無知蒙昧が国を引っ張っていたのかとぞっとする思いがした。
古賀氏は岸田氏に次の総裁選に出馬するのは止めろと強く言ったそうだが、岸田氏は納得しなかったようだ。それが動機で岸田氏との仲を絶つことになったらしい。古賀氏の言い分は、池田隼人氏が作った宏池会の基本が「軽武装、経済重視」だというもの。岸田氏は保守本流の良い派閥を引き継いだ訳だから「右往左往して考える必要はない」。保守本流路線に現状を「改めていかなければならない」と言う。確かに池田時代は年成長14%という驚異的成長があり、防衛費はほぼ全部米国が負担するという、良い時代だった。しかしこの経済は対米貿易依存で支えられ、防衛もソ連に対して米国一国で対峙できる国際情勢だった。「経済重視、軽武装」という国家の目標があって、日本がそれを可能とする国際情勢を作り出したわけではない。
安倍晋太郎氏に政権のチャンスがあった頃、当時私が勤務していた時事通信政治部で次期政治部長を約束されていた男が「安倍氏を首相にすれば中国が怒る。相手が怒ることをすべきではない」と主張した。かつてフィンランドはソ連が気に入る首相ばかりを起用して「フィンランダイゼーション」(フィンランド化)という外交用語が生まれた。福田康夫元首相は「相手の嫌がることをするのは外交の下策」と称していたが、今中国が日本に求めていることを全部受け入れれば、日本は潰れるだろう。私は件の男の政治部長就任に断固反対し「彼が政治部長になるなら私は辞める」と断言した。
保守本流とは吉田茂首相の跡を継いだ池田勇人、佐藤栄作の両派閥を言ったものだが、池田時代の高度成長は二度と来ない。佐藤時代は池田の高度成長が残した大気や河川の環境悪化を浄化するのが主たる仕事だった。安倍時代は仮想敵国がソ連から中国に代わり、現実の脅威がひしひしと身近に伝わってくる状況になった。古賀氏は「軽武装、経済重視」の金看板の時代が来るまで宏池会は待っていろと言う。看板通りの時局が向こうからやってくると本気で思っているとしたら度し難い。憲法が意味しているのは「非武装・中立」だと言う人は、皆が願えば理想通りの国際情勢が向こうからやってくると思っているのか。
中国の膨張と侵略の野心は止まらない。これを防御するのが国策である。安倍氏は日米豪印(クアッド)の枠組みの他に英仏独の加勢も期待している。戦後、初めて日本人は外界が平和でないと気付いたのではないか。自民党から脱会者が増えているのも、想定外のことに反応できないからだろう。
(令和3年8月11日付静岡新聞『論壇』より転載)