岸田首相には、聞く力だけではなく、説明する力を示して欲しい

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政策提言委員・元参議院議員 筆坂秀世

 今日、10月4日に岸田文雄内閣が発足した。自民党総裁選挙で岸田文雄氏は、自らの特徴、強みとして、「聞く力がある」ということを再三強調した。だが「聞く力」ではあまりにも心許ない。菅政権がなぜ短命に終わってしまったのか。「聞く力」にも問題があったかもしれないが、何よりも「説明する力」が欠けていたことだ。記者会見で記者の再質問を拒否する姿や自信なげな目を見れば、この人が日本国のトップなのか、誰しも疑問を抱く。
 菅氏の説明能力の無さは官房長官時代から際立っていた。これをあたかも安定感のある対応などと評価してきた一部の政治評論家は、大いに反省するべきだ。
 ただ、岸田氏の記者会見も心許ない。首相に就任した4日の記者会見で、記者から「総理の掲げる政策に総花的という批判もあるが」と問われて全く頓珍漢な弁明的な回答をしていた。私なら、「どなたが総花的と批判されているのか知らないが、国政の課題は多岐に亘っている。それをシングルイシューにしろというのですか。それこそ無責任ではないのか」と言うだろう。
 ただ真面目さは伝わってくる。13人もの新しい閣僚を任命したことや高市早苗さん、野田聖子さん、牧島カレンさん、堀内詔子さんなど女性を重用したことも大いに結構なことだ。世の中の半分は女性なのだから、女性が重用されないことこそ不自然である。日本はタリバンが支配しているわけではない。アフガニスタンのタリバンの女性差別を見る度に思うのは、「お前達は誰のおかげで生まれてきたのか」ということだ。
 今回の自民党総裁選でも、論戦で際立っていたのは、第一に高市早苗さんだった。次には野田聖子さんだ。この2人の女性のおかげで総裁選挙は盛り上がった。自民党の男性議員はこのことに大いに感謝すべきである。
 岸田新首相は、「今、民主主義の危機である」ということも強調した。それが何を意味しているのかは、全く語っていない。ただ私も同じように思う。それは野党があまりにも脆弱だからだ。立憲民主党など、まるで子どものような政党だ。自民党総裁選が始まると「政治空白」だとか、「総裁選よりコロナ対策を」などと批判していた。これに国民が同調すると思っていたとすれば愚かと言うしかない。
 自民党は政権政党である。その総裁が辞めるということは、首相がいなくなるということだ。これこそが政治空白である。真っ先にやるべきは自民党総裁選なのだ。かつて私が在籍していた日本共産党は、さすがに総裁選そのものは否定していない。候補者が代わり映えしないという批判である。まあ誰がなっても批判するのが共産党である。今の立憲民主党に政権をまかせられるとは全く思わないが、しかし弱すぎる野党というのも困る。政治から緊張感をなくしてしまうからだ。
 この点で立憲民主党と日本共産党が、仮に立憲民主党が政権に就いたときにも、日本共産党は閣外協力にとどめるという合意をしたことは画期的である。野党にも大いに健闘してもらいたい。