今回の総選挙には、ここ30年ほど見られなかった現象がある。それは「体制変革」の選挙だということだ。佐藤内閣の頃は“自社対決”の時代だったが、1969年の総選挙で、社会党が後退して共産党が前面に出てきたことがある。当時の川島正次郎自民党副総裁は「この選挙を“自共対決”の選挙だ」と定義し、恒例の自社対決と違うのは、政治体制が変わるかもしれないことだ、と解説した。そのせいかどうかは分からないが、川島氏の思惑に反して妙に共産党が伸びた。
以来、自民党は「体制を問う選挙」を口にしなくなった。今回がいつもの選挙と違うのは、立憲民主党と共産党との間で候補者の一本化が図られたことだ。日経新聞の見出し(10月18日)によると「立・共一本化、選挙区の7割超」「自民、共闘を批判、『体制選択』訴え」ということになる。選挙の性格を的確に指摘しているのは見事である。通常、政党が連立する時は合意事項を条文で示して、両党の全員が分かるようにするのが常だ。しかし立憲民主党の中には「あまり公然と共産党にかかわらないでほしい」という勢力がかなり居る。そういうこともあり、両党の政策合意は曖昧な表現のものとなっている。
政党のこのような漠たる集合の姿は、日本以外にはあまり見られない。なぜなら日本共産党のような「専制主義的」政党は日本以外の先進民主主義国にはないからだ。志位和夫氏は21年間、党委員長を務めており、その前の10年間は党書記局長だった。この人事は誰がどのように決めたのか。「自衛隊は認めない」と断じながら「仮に攻められたら自衛隊を使う」という論理に、党員の何割が賛成したのか。東西冷戦がソ連の敗北に終わった後、民主主義諸国の共産党は軒並み解散した。日本共産党だけが「共産党」を名乗り続ける理由を聞きたい。
この共産党と連立した立憲民主党副代表で参院幹事長の森裕子氏は、先日テレビの各党代表インタビューで、中国問題についてこういう趣旨の発言をした。「アメリカや日本が軍事力を増強するから中国が焦るのよ。軍備増強なんかやめて中国と話し合うのが外交というものよ」
共産党もこの手で外交を操るつもりか。これは事実認識が違うのではないか。中国はこの20年間、軍事費を増やし続け、21年には約22兆6千億円を予算化している。日本の軍事費の4倍にも及ぶ。習近平国家主席は27年に米中のGDPを逆転し、「米国より軍事強国になる」道を歩んでいる。その軍事強国化に対抗する軍備を持つことを抑止力という。
中国からはるかに遠い英国は、キャメロン政権時代には「英中関係の黄金の10年」と言われた。しかし今やAUKUS(米英豪の軍事的枠組み)に加わって、対中軍事同盟を形成しようとしている。独は、メルケル氏の中国好きで特に中国と仲良くしていたが、メルケル退任と共に中国離れである。外交は、周囲の情勢に反応して動くもの。森裕子氏の考え方は日本人が長い間信じていた非武装中立に通ずる考え方だ。
(令和3年10月27日付静岡新聞『論壇』より転載)