中露艦隊の日本周航(海上合同パトロール)

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政策提言委員・元海自自衛艦隊司令官(元海将) 香田洋二

プロローグ
 去る10月17日から25日にかけて中国とロシア(露)海軍軍艦が日本海から津軽海峡を通峡の後、三陸沖、伊豆諸島南部海域を経て、南九州の大隅海峡を航過して長崎県沖まで北上の後、両国艦隊は分離した。露艦隊はその後、対馬海峡西水道を経て母港に帰投したとみられる。中国艦隊も長崎県沖から各艦がそれぞれの母港へと向かった公算が高い。中露両国は今次周航を中露海軍による「海上合同パトロール」と呼称した。なお、本パトロール直前の14日から17日にかけて、両国部隊はウラジオストック北東沿海州沖のピョートル大帝湾において合同軍事演習「海上連合-2021」を実施した。本演習は2012年以来10回目の中露海軍の合同演習である。
 両活動への参加艦は次のとおりである。
 
◆中国海軍
 ●レンハイ級ミサイル駆逐艦 1隻 Nanchang(南昌、101、北海艦隊)
 ●ルーヤンIII級ミサイル駆逐艦1隻 Kuming(昆明、172、南海艦隊)
 ●ジャンカイII級フリゲート 2隻 Binzou(浜州、515、東海艦隊)、Liuzhou(柳州、573、南海艦隊)
 ●フチ級補給艦 1隻 Dongpinghu(東平湖、902[旧番号960]、北海艦隊)
 
◆露海軍
 ●ウダロイI級駆逐艦 2隻 Admiral Tributs(564)、Admiral Panteleyev(548)
 ●ステレグシチー級フリゲート 2隻 Gromkiy(335)、Hero of the Russian Federation Aldar Tsydenzhapov(339)
 ●マーシャルネデリン級ミサイル観測支援艦 1隻 Marshal Krylov(331)
 
 特長は、中国海軍部隊が艦齢10年未満の最新の航洋型戦闘艦4隻及び近年の海外訓練の定型となった大型補給艦1隻による編制(ただし所属の異なる3個艦隊からの派出艦)であったのに対し、露海軍部隊は2隻の駆逐艦が艦齢30年超の旧式艦、フリゲート2隻は艦齢10年未満の新型ではあるが小型の沿岸戦闘艦であった。また、カムチャッカ半島のペトロパブロフスクを定係港とするミサイル観測支援艦が参加したが、その任務は不明である。
 本艦は昨年も露太平洋艦隊の戦闘艦の外洋活動に参加している。両軍の構成からは、中国部隊が正に「伸び盛り」中国海軍の威容を見せつけたのに対し、露部隊は冷戦後著しく停滞した海軍近代化が近年漸く始まったものの近代化の範囲は沿岸戦闘艦に留まり駆逐艦等の本格的戦闘艦までは手が回らない「悩める」露海軍の現状が読み取れる。
 以下、今次パトロールに関し考察する。
 
1.海上合同パトロールの意図(狙い)
①西側諸国の対中露政策への反発と対抗
 上海協力機構設立以来の流れ(反米、対民主主義が底流)とウクライナ問題以後の米及び欧州NATOと露の深刻な対立及び近年のQUADや日米欧主要民主主義諸国の厳格な対中政策を背景とした国際社会が協調した対中露姿勢に反発し、対抗するための中露のより緊密化した関係を誇示したものである。
 
②台湾問題への明確な立場の表明
 日米首脳会談や今年のG7及びQUAD並びにAUKUS(細部はいまだ不明)が特に注目する台湾問題に対する関心深化の「事務局長(仕掛け人)」と目される我が国に焦点を絞った中国の不快感、更には「これ以上台湾に口を出すな(内政干渉をするな)」という意味の警告や威嚇である。
 
③中国版「航行の自由作戦」
 米国が実施する「航行の自由作戦」では、これまでは「一方的にやられっぱなし」であった中国が、米国と同等の作戦を実施し得る能力と意思を持ったことの表明の場である。今後は、米軍艦の台湾海峡通峡への対応措置として、我が国の周航も含めた各国の沿岸海域や海峡部における行動(中国版「航行の自由作戦」)が定常化する公算は高い。
 
2.海上合同パトロールに対する一次考察:領海法等との関係
①特定海域を定めた我が国の領海法
 我が国は、昭和52年の「領海法」により基線の外側12海里までを領海としたが、例外として国際航行に使用される、いわゆる国際海峡である「宗谷海峡」、「津軽海峡」、「対馬海峡西」、「対馬東水道」及び「大隅海峡」の5海峡は特定海域として、同海域に係る領海は基線からその外側3海里としてきた。海上合同パトロールに参加した中露両国軍艦は、津軽と大隅海峡では我が国の3海里の領海で挟まれる狭隘な公海部分を領海侵犯なく通航したとされており、国連海洋法条約(以下「海洋国際法」)に照らしても違法性はないと判断される。
 
②「なぜ今実施するのか?」という疑問
 我が国の領海法や海洋国際法上疑念のない行動としても、友好国や健全な関係にある隣国に対するこのような軍事行動は実施しないのが通例であるが、あえてそれを実施した狙いは前1項で示した通りである。そのうえで「なぜ今」という更なる疑問が残る。勿論、大きなコンテクストとしての米中関係及び一方的なアフガン撤退による米国の威信の失墜と国内の混乱や北朝鮮情勢等、ここ数ヵ月の混沌とした国際情勢がその一因であることは明白である。
 
 その前提で軍事的考察を試みると次が明らかになる。中国は9月上旬にアラスカ沖まで4隻の艦隊を展開して米国EEZ内を航行、帰路に今回と同じ大隅海峡を通峡したが、これと時を一にした中国原潜による種子島南方の我が国接続水域潜没航行が確認された。当該原潜の行動の細部は不明であるが、原潜である以上アラスカ展開は能力的には全く問題なく、この原潜が水上艦部隊と共に米国を強く意識した作戦行動を実施した公算は極めて高い。
 その僅か1ヵ月後の今次海上合同パトロールであるが、その意味するところは、中国が最優先としてきた海軍力整備が、主敵である米国とその最強同盟国である日本に対して遠隔海域も含め一定規模の「ショーザフラッグ」活動を継続的に実施できる水準に「今」、つまり2021年上半期に到達したという事実である。つまり、西側の地理的概念であるインド太平洋のあらゆる地域に対する中国の影響力行使活動を中国海軍が支援できる体制が概成したことを国際的に示したものと考えられる。
 
3.海上合同パトロールに対する二次考察:特定海域と主権
①海洋の自由利用という人類普遍の大原則
 我が国が定めた特定水域である5海峡の大前提は、これらの海峡を両岸から12海里を領海とする場合、公海部分が無くなることから、通峡する外国船舶は海洋国際法による我が国領海内の無害航行の義務が生ずるとともに、治外法権を有する軍艦等を除く大多数の外国船は我が国国内法の適用対象ともなる。このことは主権を強く主張する立場からの「理」はあるが、同時に国際社会の営みに大きな影響を与える重要海峡の利用における「より高い自由度」を持った航行、つまり海洋の自由利用という人類普遍の大原則に反するという背反する事態が生ずる。また、現在の海洋国際法では、国際的に重要度の高い狭隘な海峡における継続的かつ迅速な通過(航行及び飛行)を行うことを条件とする通過通行権(注)を認めているが、本制度に関しても長短が存在することから、我が国の特定海域はこれらの長短を総合的に斟酌した我が国なりの回答であると言える。
 
《注》
 通過通行権は、軍民の別なく全ての外国船舶と航空機に認められた重要海峡通過時の自由度の高い権利である。例えば、無害通航では認められない領空における航空の飛行に加え、危険物質搭載、極端な場合の核兵器を搭載した船舶や航空機の通航や飛行も妨げられるものではないとされている。また、潜水艦の浮上航行および国旗の掲揚も義務付けられていない。このように、外国領海における無害通航に比べて、通過通行権は他国船舶と航空機に大きな自由を保障する制度である。また、当該海峡の沿岸国は、航路帯または分離通航帯の設定や通過通航に関する法令制定を行うことができ、通過通航を行う外国船舶や航空機はこれに従わなければならないが、沿岸国がこれに対する違反を取り締まること(国内法執行)が可能か否かに関しては論議が分かれている。
 
②特定海域と主権
 今回の中露軍艦の「海上合同パトロール」が、日本海や太平洋の公海のみならず、我が国が制定した特定海域で行われたことは、単なる通峡とは別の問題を顕在化させた。つまり、両国が公式に「海上合同パトロール」と呼称した活動は、両軍部隊がパトロールという任務を付与された軍事作戦であることから、我が国の特定海域における中露の軍事作戦の実施と我が国の主権との関係の整理が必要となることである。
 今回の事案の特定海域である津軽海峡と大隅海峡の公海部の通峡は、中露軍艦にも公海自由利用の大原則が認められることから海洋国際法上の問題が生じないことは明白である。
 今、我が国の一部で問題視されていることは海洋国際法の観点ではなく、前1項で述べたような軍事力を使用した警告や威嚇と解釈し得る「海上合同パトロール」と称する中露の軍事作戦が我が国領土と領海の目と鼻の先で実施されたことの是非に関するものと考えられる。この主張は、主権国として座視し難い今回のような事態を防止するために、外国海軍活動の自由、言い換えれば沿岸国である我が国に対する「荒っぽく独善的な」軍事活動さえ容認する(せざるを得ない)現在の特定海域制度の限界を強く憂慮した結果であると推察される。
 代案は、海峡部を我が国の領海(12海里)とした国際海峡としたうえで通過通行権を認めるものがあるが、この場合でも、外国軍艦が通過通行と称して「海上合同パトロール」のような軍事作戦を強行する場合、通過通行権の基本である「継続的かつ迅速な通過」の解釈の食い違と対立が我が国と通過国に間で生じる公算が高くなる。この場合、結果的に我が国が、このような軍事活動を止めさせることが極めて困難であるという現実が立ちはだかる。つまり、自衛隊による軍事活動の阻止という手段も考え得るが、現在の我が国には、そのような任務を自衛隊に付与する法律はなく、海上保安庁(海保)には法定任務以前の問題として、このような事態における海保と外国軍艦との関係さえ定かではない、という大きな穴がある。
 
③主権の維持と我が国の制約
 前②の主権論議は健全な国民の感性として当然であるが、直前の②の最後に述べた制約も存在する。同時に、主権は国際社会の理性により尊重され守られるのが常であるが、主権国の努力なくして主権が国際法で自動的に保証されるものではなく、必要な場合には自らの主権の主張に加え「力」による強制が必要となる場合があることもまた当然である。
 我が国の場合、現在の法律の下でこの体制は整っておらず、自衛隊による外国軍艦の強制、つまり我が国の主権の維持は不可能である。理論上、防衛出動の下令または特別措置法等の制定に基づく自衛隊に対する任務付与はあり得るが、現実には「可能性は零」であろう。結局、この問題は現行憲法論議にたどり着くこととなるが、この観点からの国家的な論議を避けてはならない。
 とはいっても、やはり特別海域を領海化して主権を強く主張することに一定の意義は認められるが、我が国の主権を守る強制力が伴わない体制は「有言不実行」そのものであり、結果的に国際社会における我が国国威の失墜以外の何物でもないことは明白であることを踏まえた論議が肝要である。
 
④非核三原則との関係
 本項の最後として、現在の特定海域設定の大きな理由として非核三原則を指摘する論議がある。特に否定的な論議として、核搭載艦の我が国領海通過に関連した措置、つまり「持ち込ませず」違反事案を避けるための「長い物には巻かれろ」論がある。その中で特徴的なものに、核搭載米艦の領海通過を黙認するための対米配慮を強調する向きがある。領海法制定時に非核三原則との関係が考慮されたことは事実と推察されるが、米中ソ(露)北朝鮮(?)という核保有国に囲まれた我が国として、非核三原則、特に領海に関わる海峡通過時の「持ち込ませず」の定義と我が国が採り得る実効性のある措置を考慮した場合、③でも述べたように、現行の特定海域の設定が単に現実的という長所に加え、我が国としての戦略的政策であることは自明の理である。
 海峡部における非核三原則は単に米国だけではなく中露等にも等しく適用されなければならないことも明白であるが、仮に特定海域を変更して領海海峡とした場合でも、対象国の通峡軍艦の核搭載有無に対する日本側による独自の確認は軍艦の国際法上の立場から困難であることから、領海海峡における主権の維持がたちまち崩れ、我が国の主張が袋小路に入り込むことも確実である。
 同時に、この観点からの非核三原則に関する論議を避けてならないこともまた明白である。
 
結言:しからば我が国は
 今回の中露艦隊による「海上合同パトロール」に際し、中国国防省は「他国の領海に侵入せず、第三国をターゲットにした活動ではない」として「法と秩序に則り、合法かつ適正なものである」と主張している。同時に、中国は10月19日の米軍艦の台湾海峡通峡に対しては「航行の自由を名目に軍事的に威圧し、地域の平和と安定を損なっているのは誰か国際社会はわかっている」と中露の「海上合同パトロール」を棚に上げた、矛盾する主張を強弁している。今次中国海軍の活動は国際法と我が国領海法に基づく合法的活動ではあるが、その活動内容は挑戦的であり、その実施意図と実施時期には大きな疑問が残ったままである。
 このような中国の独善的な主張に対する我が国の現実的な対応は、中国が主張する「他国の領海に侵入せず、第三国をターゲットにした活動ではない」と全く同一の活動、つまり、中間部に100km以上の公海部を有する台湾海峡公海部の自衛艦による済々とした通峡であろう。鍵は政府の決心次第である。
 最後に、今回の事案から我が国の実利的かつ最善の選択である特定海域方式に内在するいくつかの問題も明らかになった。現在の環境では本方式が最適であると考えるが、同時に憲法にまで立ち返った法制問題と非核三原則の真摯な論議と検討が必要なことを指摘して擱筆する。