大山鳴動して鼠一匹も出ず

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政策提言委員・元参議院議員 筆坂秀世

 今回の選挙は世論調査や出口調査が大外れした。当初、自民党には厳しい見方がほとんどだった。野党は、立憲民主党、日本共産党、れいわ新選組、社民党が217の小選挙区で候補者を一本化して選挙戦に臨んだこともあって、自民党の危機感は強まっていた。だが結果は、まったく違っていた。自民党は、甘利明幹事長など大物と言われた人が何人か小選挙区で落選したが、野党統一候補もさほどの前進を図ることは出来なかったうえに、比例では大幅に議席を減らした。
 岸田首相は、選挙後、報道陣に対して、「政権選択選挙で単独過半数を確保できたことは、信任を得たということだ」という趣旨の発言をしていたが、この発言には疑問符を付けざるを得ない。今度の選挙を政権選択選挙だと見ていた有権者はほぼ皆無であろう。
 今度の選挙に明確な争点はなかった。テレビ朝日のある記者が、「岸田首相は、あえて争点らしきものを作らずに選挙を行った」と語っていたが、それが成功したのだ。岸田首相は選挙戦で「新しい資本主義」、「成長と分配」ということを大いに語ったが、その中身は意味不明だった。
 そもそも岸田首相の実績は、衆院の解散総選挙で衆院議員の首を切っただけなのだ。まだ何もしていないのだから、批判にさらされることもなかった。これも勝因の1つだろう。
 開票日翌日の紙面には、「野党共闘不発」という文字が躍った。立憲民主党も共産党も議席を減らしたのだから、この指摘は間違いではない。だが立憲民主党などはもともと実力以上の議席を持っていたのだ。この党は4年前に結党された。小池百合子東京都知事が希望の党を立ち上げ、そこから排除された旧民進党の議員が中心になって作られた。この時の解散総選挙で立憲民主党が獲得した議席は55議席だった。希望の党は50議席だった。その後、希望の党は四分五裂していった。その結果、立憲民主党は109議席まで膨らんでいただけなのだ。
 共産党も野党共闘が実現して浮かれてしまった。志位和夫委員長の演説でも、上から目線で「今度の選挙は政権交代選挙」だと強調するものだった。立憲民主党も枝野幸男代表らが、「変えよう!」と染め抜いた青マスクをしていた。有権者がこれらの党の連立政権など望んでもいないし、実現できるとも思っていないという当然のことがこの2党には分かっていなかったのだ。
 この2党と違っていたのが日本維新の会だった。維新の会は、大阪府・市政の実績を全面的に打ち出した。実際、淀川がきれいになったとか、さまざまな改革・改善が実行に移されているそうだ。大阪府民はそれをよく知っている。だから大阪の19の小選挙区で15人立候補させ全員当選を果たしている。
 しかも開票日の松井一郎代表の言葉には、感心した。「大躍進ですね」と聞かれた松井代表は、「いいえ、そんなことは思っておりません。94人立てて半分以上が落選しているのですから」と言うのだ。負けても責任逃れをする共産党の志位委員長らに聞かせてやりたい。