東アジアにおけるテロ情勢の再考と協力の可能性

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マノハール・パリカル国防研究所東アジアセンターセンターコーディネーター兼リサーチフェロー ジャガンナート・パンダ

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 2021年8月に起きた米軍のアフガニスタン撤退とタリバン政権の誕生は、世界中に波紋を広げており、それは東アジアも例外ではなかった。アフガニスタン内外におけるテロリズムに関する最近の動向はこの国際情勢の変化から生じ、これによって地域のアクター達が様々なテロ対策のアプローチを有していることが分かるだけでなく、テロ対策が協力の1つの媒体となる可能性も指摘される。
 現在の国際秩序において、このような推論は南アジア情勢から導かれ、中国、日本、インド、韓国といった影響力の強いアクター達の地域的アプローチを伴う東アジアの安全保障体系において実現し得るものである。
 
中国の国内脅威認識に見るアジアのテロ対策展望
 2001年に米国で発生した同時多発テロと、その後の米国の「対テロ戦争」の影響は、しばらくの間、東アジアのほとんどの国、特に韓国と日本で顕著に見られた。米国の重要な同盟国である両国は、自国内におけるテロ行為を強く警戒していた。韓国はテロリストの脅威をイスラム過激派の脅威と北朝鮮とを含めて広く定義付けており、物議を醸した2016年の「テロ防止法」はこれらに対する1つの反応であった。
 この政策は、その過程の中で自由と人権を損なうことなくテロ攻撃から一般市民を守るというテロ対策を巡る、現在進行中のジレンマを再び浮き彫りにしている。
 
 アジアは、東西南北の区分があっても、非常に繋がりが強く相互依存的な地域空間である。日本政府は自国に対するテロの脅威を強く認識している。日本国内で近年発生した最も悲惨な事件は、1995年に東京で起きた地下鉄サリン事件であり、死者12名、負傷者数千名を数えた。2018年、この事件を引き起こしたオウム真理教の元幹部らの死刑が執行されている。
 国際的な観点からは、例えばアフガニスタン国内の安全は、南アジア地域だけでなく、東、東南及び北東アジアにとっても脅威の前兆となる。こうした中で日本は2021年9月、テロ攻撃の可能性が高まっているとして、東南アジア6ヵ国(インドネシア、フィリピン、シンガポール、マレーシア、タイ、ミャンマー)に滞在する邦人に対し、宗教施設に近付かないよう警告を発出したが、これはこの6ヵ国にとって大変な驚きであった。
 
 中国にとって、アフガンの首都カブールがタリバンの手に落ちたことは、自国と国境を接していることもあり、潜在的に大きなインパクトを有していた。アフガニスタンにおける、つまりそこでイスラム聖戦士の武装組織が拡張し増長する場での政情不安は、中国の新疆ウイグル自治区への「波及」のリスク、そして、ウイグルのイスラム教徒が過激派に接触しテロリズムが北京で拡大する懸念を増幅する。中国政府は時間をかけながら少数民族であるウイグル族を安全保障上の問題とし、過激派阻止の名目で弾圧的措置を合法化するためにこれを利用している。カブール陥落の後のタリバン2.0の再来はこのような政策に脅威をもたらす。
 
 中国の監視、傍受及び「再教育キャンプ」制度とウイグル族の政治的自由の制限は、新疆ウイグル自治区における「予防的テロ対策」の名目で行われているが、100万人以上のウイグル族に対する恣意的な拘束によって、中国政府の人権侵害行為を巡る国際的な非難が噴出している。
 また、パキスタン国内でのテロ行為が増発しており、中国はイスラム教徒によるテロリズムに対する懸念を強めており、事実、一部のテロ行為はパキスタン国内でプロジェクトに関わっている中国人が標的となっている。
 
北東アジアにおけるテロ対策の国際的相乗効果
 中国はパキスタンのイスラム聖戦士と反政府グループの標的となり続けるかも知れず、これによって中国はテロ対策をより強化したい欲求に駆られるだろう。これは国際社会にとっても憂慮することであり、国際連合の範囲を越えた地域的及び国際的枠組みの中でも同様の声が上がっている。
 
 例えば、2021年9月のクアッド共同声明では、アフガニスタン情勢に鑑みた脅威認識から「テロ対策と人道支援の深化」に努めるとしている。同様に、北朝鮮に挑発行為と不法行為の自制を強く要求するクアッドの注力は、クアッドの地理的な努力と、インド太平洋とアジアの他地域とが繋がっているとの認識を促進させる。それ故に、テロ対策はアジアにおいて極めて重要な協力手段として現出しつつあり、そこではより広範な相乗効果をもたらすために日本のような東アジア諸国が国際的な連携で先頭に立っている。
 
 ASEANも同様に、2007年に発足した「対テロ条約」への関与に基づき、テロ対策に資源を集中させており、国連のテロ対策グループへの継続的なサポートも続けている。重要なことは、現在のASEANは「急進派と暴力的過激主義の増加防止のためのアクションプラン2018-2025」に従って行動していることであり、このようなテロに対する相乗効果を、クアッド、ASEANメンバー国及び対話のパートナー国とリンクさせることにも重点が置かれなくてはならない。
 
 インド太平洋情勢におけるASEANの重要性は、ASEANが防衛協力分野での地域協力の原動力であり、テロ対策への取り組みが構築されてきたことを意味している。「ASEAN専門家作業部会」では2010年、テロ対策に取り組むメンバー国への共通の脅威に基づき、対処すべき5つの非伝統的安全保障問題が認識された。2021年6月には、第15回ASEAN国防相会議(ADMM)と第8回拡大ASEAN国防相会議(ADMM+)が開催され、地域の平和と安定を損ねている要因としてテロリズムが議題に上がった。各国の国防相は地域的なテロリズムの拡大へ懸念を表明し、テロ対策の協力を拡大・深化するためのADMM及びADMM+の開催を求めている。
 
アジア諸国による安全保障の展望
 個別的にアジア諸国は以前よりも速いペースで国内の安全保障と地域のテロ脅威とを結び付けている。例えば、日本はアラビア半島のアルカイダを最大のテロの脅威と見做している。全体的には、日本での外国テロリストの過激化は最小に留まっているが、日本はイスラム国(ISIS)が関わる事象への取り組みを継続している。2015年、ISISと戦う国々へ日本が2億ドル(約228億円)の非軍事援助を供与する意向への報復として、日本人2名がISISに殺害された。これは、過激派の暴力に対処する国々へ大規模な包括的援助を行うASEANとの共同の取り組みの一部であった。日本は二国間対話と日・ASEANテロ対策対話のような地域プラットフォームを利用しながら国際的なテロ対策を講じることを選んだ。
 
 同様に、韓国の対テロに関する姿勢は法的アプローチに従うものであり、それには「国民保護と公共安全のためのテロ防止法」がある。韓国史上最長の議事妨害といった激しい反対を押し切って2016年に成立したこの法律は、北朝鮮のテロ活動から国家を守ることに主眼を置いている。韓国と日本にとってテロ攻撃は、米軍のアフガニスタン撤退の影響、対中関係の緊張化、北朝鮮の核武装及び米中関係の悪化に応じて拡散していくと予想されるものである。従って、テロ対策においてインドのような国との二国間で相乗効果を見出すことは、日韓両国にとって成功への1つの手段となり得る。更に、日韓のテロ対策が類似していることに鑑みると、悪化している日韓関係の緩和のために協調する余地がもたらされ、ここでもインドが強力な第三国として現れる。日本とインドは既にテロ対策協議を開催しており、また両国はクアッドでもテロ対策の取り組みに更なる相乗効果をもたらす役割を果たす。同様に、インドと韓国は2019年にテロ対策に関する覚書に署名した。総じて言えば、印日韓3ヵ国でのテロ対策を描くことが出来るだろう。
 
 しかし、地域の安定性を巡る懸念は、中国がもたらす地政学的戦略、経済、そして軍事における挑戦に左右されるものであるため、恐らくテロ対策は地域的アクターと共に二の次となり、協力的な対応は他に優先順位が置かれていることで資源と能力が限定的となるだろう。特に米国が中国に集中しているため、日本やインドのような国々がリーダーシップを強化し発揮する機会があるかも知れない。協力を媒介するものとしてのテロ対策は、中国も含めたアクター間の信頼と信用を高めることを通じて、現実的に地域関係及び国際関係を向上させることが出来るだろう。