中国の軍事力は日米を合わせた軍事力をはるかに上回る状況になった。主力戦闘機は1146機で日本の3.7倍、米インド太平洋軍の5倍にもなる。主力戦闘艦艇の71隻は日本の1.5倍、米の5倍もある。主力潜水艦は52隻で、これも日本の2.5倍、米の5.6倍ある。数字は日本が防衛白書、米軍は米インド太平洋軍の資料である。
この日本劣勢の状況を何とか挽回しようと、政府は13年末に作られた国家安全保障戦略、10年毎に作られる防衛大綱等を改訂しようとしている。この動きに合わせて自民党は、安全保障調査会の小野寺五典会長の下で提言をまとめた。ところがこの提言では、それまで活発に語られた非核三原則見直しやNATO5ヵ国が実施している「核シェアリング」などの議論がバッサリと抜け落ちているのだ。
岸田文雄首相の地元は広島市。しかも日本は核拡散防止条約に加盟している。それで首相は非核三原則の見直しや核シェアリングの話題を受け付けないらしい。国連の安全保障理事会は戦勝5ヵ国にしか核保有を認めていないはずなのに、現実には北朝鮮、インド、パキスタン、イスラエル、イラン等へ核は拡散している。この現状を含めて日本は見直し可能の地位に居ると認識すべきではないか。そもそも非常時に日本は核問題をどのように認識しておくべきなのか。
岸田首相のように非核三原則は「原則」だから手を触れてはならない、という態度は危うい。同盟国の米軍から見ると、核について論じない日本をどう見るだろうか。
国連安保理の常任理事国であるロシアが「核を使うぞ」と口走った事によって、国連の性格は全く変わってしまった。核保有国の常任理事国が、非核保有国に対し「核を使う」と脅したのである。これは国連の建前を完全に壊したことに他ならない。ところがこれを新しい事態と受け止めない輩がいる。岸田首相は3月2日の参院予算委員会で日本の領土内に米国の核兵器を配備し、共同運用する「核共有」(核シェアリング)について、「政府として議論することは考えていない」と答弁している。要するに非核三原則見直しも核共有の議論もやめろと言っているのである。しかし党がやるべき議論を政府が止めさせる理由はない。小野寺調査会長は、党側の意思の固さを知っておくべきではないか。
最近の世論調査を見ると、一頃と比べて世論は様変わりしている。顕著な特徴は、憲法9条に自衛隊を明記するという自民党の憲法改正への賛成が反対を上回っている点だ。
毎日新聞の調査では賛成58%・反対28%、読売新聞では賛成が58%で反対が37%。朝日新聞でも賛成が55%で反対が34%である。この急激な変化は、中国の台湾侵攻を予感させたロシアのウクライナ侵攻によってもたらされたのだ。
核を語らなければ核被害はない、と思い込んでいる首相は度し難いというべきだ。
(令和4年5月18日付静岡新聞『論壇』より転載)