中国のデジタル覇権に対抗する「半導体同盟(Chip4)」

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政策提言委員・経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員 藤谷昌敏

 これまで中国は、「一帯一路」構想のデジタル版「デジタルシルクロード」構想を打ち出して、米国のデジタル覇権に挑戦してきた。この構想は、電子決済や電子商取引などのITプラットフォームのグローバルな展開を目指すものであり、こうした中国の「テクノオートクラシー(技術独裁主義)」に対して、米国は半導体、AI、次世代通信ネットワークなどを主軸とする「テクノデモクラシー(技術民主主義)」をアジア戦略の中核に位置づけようとしている。
 こうした米中対立を受けて日本は、アジア太平洋安全保障協力の枠組みである「クァッド」、民主主義国家10ヵ国で構成される「D10」、中国の半導体崛起に対抗する「テクノデモクラシー12」、主要7ヵ国の会合であるG7に加盟している。このうち、「テクノデモクラシー12」は、先進的な民主主義国12ヵ国から成り、先端科学技術など高度な技術を保有している国が集まっている。現在、米国、日本、英国、カナダ、フランス、ドイツ、インド、オーストラリア、イスラエルが参加する予定だ。
 さらに今回のバイデン大統領の日韓歴訪により、米国、日本、台湾、韓国が参加する「半導体同盟(Chip4)」の結成を目指す模様だ。自動車や携帯電話などから最新兵器に至るまで、生産に必要な半導体が世界的に不足していることから、バイデン政権は、この半導体同盟結成を加速化している。
 我が国もこうした米国の歩調に合わせて、経済安全保障の根幹として半導体のサプライチェーンの確保と安定供給のために、台湾積体電路製造(TSMC)の日本誘致などを積極的に進めている。
 
中国のテクノオートクラシー(技術独裁主義)とは
 ブリンケン米国務長官は就任前の上院公聴会で、中国を「技術独裁国家」と非難し、「強固に対抗すべきだ」と発言した。サリバン大統領補佐官は「人工知能(AI)や量子コンピューターなどの新興技術でどの国が世界をリードするかが重要であり、米国が中国との競争に打ち勝つためには同盟国との緊密な協力が不可欠だ」と訴えた。こうした米国の態度に中国は強い警戒感を見せる。中国は、巨大な消費市場をバックに環太平洋連携協定(TPP)参加を表明したほか、EUとの投資協定実現を急ぎ、経済のデカップリング(切り離し)阻止を図っている。
 また、中国政府は2015年に発表したハイテク産業育成戦略「中国製造2025」で、半導体自給率を2020年に40%、2025年には70%にまで高める目標を設定した。しかし、巨額の補助金を受けていた半導体製造の有力国有企業・紫光集団がデフォルト(債務不履行)に陥るなど目標には遠く及んでいない。現在、中国には「半導体企業」として登記されている企業が5万社以上あり、政府は過去30年以上にわたって半導体産業育成のために数百億ドル規模の支援を行ってきたが、急速に拡大し過ぎたことや技術力が不明の企業の乱立で、産業の育成は失敗に終わっている。中国は第14次5カ年計画(2021~2025年)に「科学技術の自立自強」を盛り込んで、挙国体制を訴えているが、計画の実現はかなり難しい。  
 
台湾積体電路製造(TSMC)の日本誘致のメリット
 TSMCは、韓国のサムスン電子と並ぶ、最先端半導体生産の2強であり、世界の半導体生産能力の約8割が韓国、台湾、中国、日本のアジア4ヵ国に集中している。米国は半導体設計と電子ソフトウエアツールで依然として圧倒的な地位にあるほか、オランダのASMLホールディングは最先端の半導体を生み出す製造装置メーカーとして欠かせない。日本は機器や化学製品、ウエハーの供給で世界有数の企業を多数抱えている。
 現在、10ナノメートル以下の最先端半導体製造能力の92%が台湾にあることから、米国は外国政府による敵対的行動や自然災害など電子機器のサプライチェーンを阻害し得る事案が発生した場合、経済・軍事面において戦略的な脆弱性がもたらされると危機感を強めている。例えば、台湾海峡有事の際には、台湾の半導体製造施設が攻撃の標的になることや、台湾側が半導体施設を中国に接収される前に自らの手で破壊することが予想され、台湾は、半導体供給のチョークポイントと化している。
 米国半導体工業会(SIA)によれば、半導体のサプライチェーンを台湾と韓国に依存せず、自国だけで完結させるには世界全体で最大1兆2,250億ドル(約133兆5,000億円)、米国だけでも最大4,200億ドル(約45兆8,000億円)の初期投資が必要と発表している。これは世界第一位の経済大国である米国でさえも簡単に支出できる金額ではない。
 今回のTSMCの誘致により、日本にとっては半導体チップの確保だけではなく、自国の半導体素材をTSMCに輸送などのリスクなく供給できるようになり、そのメリットは大きい。米国などにとっても、半導体不足に陥っても台湾だけではなく日本という選択肢が増え、緊急時には相互に供給可能となる。
 
経済安全保障による半導体産業のリスク・コントロール
 米国、日本が半導体不足に対応する動きを強めている中、ドイツ、フランスなどEU加盟19ヵ国もこれに先立つ2020年12月、半導体産業などのテコ入れのため「欧州半導体技術イニシアチブ」の発足を宣言している。半導体をはじめとする超小型電子技術を対象に向こう2~3年で官民の資金最大1,450億ユーロ(約19兆3,000億円)を投じる計画が盛り込まれた。だが、拡大の一途を辿る世界的需要を直ちに満たすことは難しい。今回、世界的な半導体不足の一因となったのは、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)だが、今後、最先端のコンピューター技術や新型機器の開発や普及が予想され、半導体チップは長期的に不足するという見方もある。
 一方で、過剰投資の結果いずれ需給がだぶつき、値崩れを起こすリスクも否定できない。半導体産業はブーム・アンド・バスト(好不況)のサイクルに陥りやすく、生産能力の増強が将来的には大幅な供給過剰に陥る可能性もあると指摘されている。供給過剰の結果、値崩れすれば、企業の大きな負担となり、廃業や撤退する企業も出てくる。こうしたリスクを回避するためには、政府が半導体を一定基準価格で買取る、半導体を使用する産業を奨励するなどの対策が必要となる。
 いずれにしろ、これまで我が国の産業に許されてきた自由な経済活動をできるだけ阻害せず、かつ企業を守っていく姿勢が経済安全保障上、重要となることは言うまでもない。