「台湾関係法の持つ力」

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会長・政治評論家 屋山太郎

 1970年代、米国は台湾との米華相互防衛条約の終了に伴い「台湾関係法」を制定した。武器の売却などを約束した文書だが、一方的な約束であり、米国が各国と結んでいる「防衛同盟」とは違う。このためこの文書は「曖昧戦略」と呼ばれてきたが、果たしてどれほど実効性のあるものだろうか。
 ロシアがウクライナの侵略を公言し、実行した。中国の習近平主席も、過去に何度も「台湾奪取」を公言している。中国がなぜ台湾を奪取したいのか。ここを獲れば中国は太平洋に門戸を開き、将来、太平洋の主として、米国をも支配できるとの思惑がある。対する米国は、かつて日本を破ったのと同様の動機だ。太平洋の覇権を維持することが米国の安定につながり、同時に、自由民主主義体制を拡大するためにも役に立つからだ。
 21年10月21日、「米国は台湾を守るのか」とCNNに問われた時、バイデン大統領は「その通りだ。我々は(台湾を守る)誓約をしている」と答えた。実はバイデン大統領はその前の8月19日と、来日した今年の5月23日にも、同様の質問を受けている。
 3問とも質問は巧妙で、いわゆる“ひっかける”意図が込められている。このためホワイトハウスは直ちに「我々の政策は変わっていない。大統領は『一つの中国』政策、ならびに台湾海峡の平和と安定を目指す我々の公約や、台湾に軍事手段を提供する台湾関係法の下での公約を繰り返しただけだ」と記者団に説明した。
 しかし今、世界はロシアのウクライナ侵略をきっかけとして2陣営に二分されようとしている。NATO側の自由主義陣営と、中露が守ろうとする共産・専制主義体制の2陣営だ。この中で台湾について米国がとるべき道筋は明らかであろう。安倍元総理も「米国が進路を指し示す必要がある」と述べている。
 米国は2012年1月、オバマ大統領が国防戦略で「戦争は一度に1つしかしない」と宣言した。戦後の米国は、欧州、中近東、アジアで三方面での戦争を抱えていた。戦争大国終結宣言である。また21年8月バイデン大統領はアフガニスタンからの米軍引き揚げを断行した。これによって現実の戦争から全て引き上げたことになる。今回NATOにも兵を出さない思惑は中国だ。ロシアはすでに中国の下僕に成り下がっている。れっきとした独立国を占領によって併合し、かつてのソビエト連邦を目指すというから、ロシアの味方は現れないだろう。
 バイデン大統領は中国を敵に回すことはやめたという説があるが、米国が引っ込んだら、その日の内に太平洋は中国に席巻されるだろう。米国人は、中国人といえども話し合えば片が付くと思っているようだ。しかしこれは中国人の“中華思想”を全く理解していない。中国人が気に入らなければ、あらゆる解決は最終解決とはならず、新たな中国問題に置き換わるにすぎない。
(令和4年6月3日付静岡新聞『論壇』より転載)