自民党総裁選、派閥の悪慣行を払拭
―首相の思想・信条を反映し、安定した政権維持に期待する―

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会長・政治評論家 屋山太郎

自民党総裁の任期延長が話題になっているがその前に、中選挙区制度を小選挙区制度に代えた意義を弁えた上で議論するべきではないか。中選挙区制時代の悪慣行や考え方を払拭した上で、新たな近代的な政治理念を共有すべきだ。
 中選挙区制時代も総裁は形の上では多数決で選ばれていたが、その基本は派閥である。投票前に既に派閥の親分が談合で総裁を実質的に決めていた。親分の発言権はもちろん持っている子分の数で決まるが、子分の数を決めるのは親分の集金力である。田中角栄氏は集金力で党内最大派閥を築き、他派の親分をも金やポストで釣った結果、総裁の座を射止めた。ロッキード事件で自民党を離党したのちも自民党“周辺居住者”として140人もの派閥を維持した。離党してからも派閥を拡大した理由について角栄氏は「巨大な派閥には検察も手は出せない」と信じていたという。金集めの惨状と巨大派閥の出現は国民にとっても、他の派閥にとってもショックだった。
 この事件をきっかけに、党内から選挙制度改革論が浮上してきた。金権政治になる元凶は同じ政党の候補者が同一選挙区から立候補することである。このためいの一番に決まったのが「中選挙区制度廃止」である。次に政権交代が“絶対に必要だ”ということで小選挙区制度になり、公明、共産の小政党を救うために比例制との並立制となった。
 中選挙区制度で親分が議員に与えていた“特権”は当選5回にもなれば、大臣ポストを世話し、選挙になれば選挙資金を与えることだった。組閣の前夜に親分が総裁に怒鳴り込む場面すらあった。子分は親分の努力の様を見て納得したものだ。
 しかし小選挙区制度となると今まで親分が握ってきた公認権、大臣ポスト、選挙資金を配分する権限が全て総裁に移った。総裁の政治姿勢や信条によって内閣を構成するから、各派に満遍なく大臣ポストを割り振ることにならない。
 こうなった結果、派閥の吸引力は一気に薄れ、目下は無派閥の議員が100人近く、大臣待機組が70人も存在する。派閥は尚残存しているが、昔と比べれば“仲良しクラブ”のようなものだ。
 総裁は組閣に当たって閣内に同志を糾合することができ、自らの政治思想を国民に伝えることを目指す。これまでの総裁は自らの思想が無いか、有っても他の領袖に強要しない。総裁は思想、信条を殺して政治を行っているが如くだった。特色がないから党内の適齢者が隙あらば「代われ」と言う。日本の総理大臣ほど在任期間の短い国は珍しかった。その結果存在感は薄れ、日本の主張は世界のどこにいても浸透しないことになった。安倍内閣は中国、韓国に対する姿勢を明確にし、日本の外交空間を次々に埋めた。これは長期政権だからできたことで、これで十分と言うことはない。“代われ”と言う人は「何は不足だから代われ」と明確に説明する責任があると知るべきだ。
(平成28年8月17日付静岡新聞『論壇』より転載)